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書評 #26|TUGUMI(つぐみ)

 『キッチン』を読んだ僕は『TUGUMI(つぐみ)』に手を伸ばした。子どもから大人への扉を開く、未熟と成熟が交わる一瞬を切り取っている。そこには読者を過去へと誘う懐かしい香りがあり、未来へと向かう期待と不安がある。

 『TUGUMI(つぐみ)』は鋭い感性の物語でもある。そこには多くの人物が登場するものの、主人公のつぐみとまりあにだけスポットライトが当たっているような感覚を覚える。吉本ばななが編む美しく、私的であり、詩的な文体は彼女たちのみずみずしさや力強さを鮮やかに描き出す。

 潮の匂いとコンクリート。まりあが生きる二つの世界が眼前に漂う。空気が生きているようだと思った。その感触は僕の記憶を浮かび上がらせる。

 学生時代の小さな冒険。そこには山があり、海があった。非日常があり、新たな出会いがあった。家に帰り、いつもの部屋を小さく感じた。孤独だとも思った。『TUGUMI(つぐみ)』は脳裏の深くに沈む思い出を呼び起こし、シンクロした。


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