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旅|陽の光|3

 雲に覆われた空。そこから吐息のように雨粒が落ちてくる。橙と緑の線が差す東海道本線の車両に乗り込んだ。目指すは静岡の地。異国情緒にあふれた車内の空気を吸いながら、揺れに身を任せる。島田、藤枝、焼津。見慣れない駅を通過するたびに、僕は車窓に眼を向ける。何も期待していないが、視線は新たな景色を無意識に求めているのかもしれない。

 ざわざわとした人の気配。起伏に富んだ壁とビルの連なり。静岡駅は想像の通り、都会だった。地下街を抜け、道路を練り歩き、雨を避けるようにしてカフェに入った。予約したホテルのチェックイン時間まで、チェコとデンマークの試合に見入った。サッカーに真摯に向き合うとはどういうことだろう。適切な言葉がすぐには見つからない。しかし、両チームは志の高いサッカーを展開する。失点を防ぎ、得点を奪う。単純極まりないが、競技が求める目標に向け、全力で走り、技術を披露する。そして、国の誇りがその熱量を高める。

 予約したホテルは中心部の只中にある。照明が落とされた煉瓦作りの空間を抜け、二階へと上がる。その奥に身を隠すようにしてフロントが構える。キーを受け取り、エレベーターに乗って上階へ向かう。いかなる旅先でも、自分にあてがわれた部屋に入る瞬間は興奮と落ち着き、二つの感情が心臓を包む。それは身を預ける「休息地」への期待であり、自らを守る空間に対する安堵なのかもしれない。デザインにこだわりを感じさせるその部屋は、僕に前向きな印象を与える。作りに無駄はないが、身体を伸ばせる余白は存在する。そして、定型化されていない、人間の手垢も随所に浮かぶ。ここを選んでよかった。僕は心からそう思った。

 旅の心拍を整え、僕は再び外界へと身を投じる。電車に乗り、腹を満たす。バスに乗り、坂を上る。細部は違うかもしれないが、基本的には一緒だと思う。何気ない一連の流れ、日本平とそこで展開されるサッカーは時間を特別なものにしてくれる。スタジオジブリの作品に登場しても不思議ではない、鉄の要塞。それがアイスタに対する僕の印象だ。まとわりつく雨がその印象を強めたことは確かだろう。歩いて、食べて、全身でサッカーを受け止める。僕にはそれがあれば、自分が自分であるアイデンティティを満たすことができる。大袈裟なのはわかっている。しかし、その言葉に偽りはない。

 慣れない土地で仕事をした。仕事は場所を選ばない。技術は人と人の距離を埋め、好むと好まざるとに関わらず、意思をつなげる。ラーメンとマグロ丼で埋めた腹を抱え、僕は新幹線に乗り込んだ。身体はいくばくかの疲労を抱える。しかし、それ以上に内なる僕はたっぷりと新鮮な空気を吸った。行き先は彩りを増した日常だ。


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