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書評 #18|半沢直樹 4 銀翼のイカロス

 ギリシア神話に登場する「イカロス」。蝋で固めた翼で空を翔ける、技術と勇気の人。一方で太陽へと接近し過ぎ、蝋の翼が溶けて墜落死した人でもある。素晴らしい技術も、そこに宿る人間の精神によって運命は変わる。

 『半沢直樹 4 銀翼のイカロス』では経営不振の泥沼にはまり込んだ巨大航空会社を舞台に、多様な人間たちの欲が交差する。鬱蒼とした森の中を「正しさ」で切り開いていく半沢直樹。「正しいことほど、強いものはない」。その言葉を再認識させられる。

 作中では「手段の目的化」が眼につく。帝国航空の再建ではなく、前政権の否定を目的としたタスクフォースの立ち上げ。付随する七百億円の債権カット要請。旧東京第一銀行が抱えた不祥事の隠蔽。そのどれもが私利私欲にまみれた手段であり、本来の目的から逸脱した。東京中央銀行の頭取である中野渡が掲げた行内融和でさえ、表層的と捉えることができる。

 働く者たちは欲を抱えた多くの理不尽に苦しめられるのではないか。立場によって変わる大義。しかし、大義の対立は正誤の争いとは言い切れない。客観的に見れば、相手の主張が正しいこともあるからだ。本作は理想の姿勢を読者に示す。相手の立場に関係なく、伝えるべきことを伝える。目的に邁進する。それこそが、人間が創造する仕事の核なのだ。

 己の大義を通すために論理を考え、根回しをすることも重要だ。しかし、債権カットを望む主要な登場人物である旧Tの紀本は半沢が担当となった時点で負けだった。また、タスクフォース立ち上げの名分である「航空行政の安定化」も、銀行への債権カット要請によって「金融行政の不安定化」につながるとは考えられなかったのだろうか。稚拙な対応。脆弱な論拠。半沢の敵として据えるには、役者不足と言わざるを得ない。

 作中で銀行の闇を暴く一翼を担った、検査部の富岡の言葉が本作を一言で表しているように感じた。これほど結びの言葉として適したものはない。

「欲を捨てれば、真実が見えてくる」


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