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書評 #30|フットボール哲学図鑑

 欧州の名だたるクラブを西部謙司の知識とセンスを駆使して簡潔に言い表していく。核心を突きつつ、その力の抜け具合は二十年近く前に眼を通したダイヤモンド社の『大学図鑑!』を思い起こさせる。

 一つ一つのクラブとその歴史を読み込むだけでも面白いが、俯瞰して捉えると大河の流れのようなものがそこに浮かぶ。一斉を風靡したリベロは現代のゼロトップや偽サイドバックなどに通じ、ポジションの固定観念を打ち破ることが時代に左右されない、成功への一つの道筋であることが見て取れる。

 そして、哲学という根源的な概念も突き詰めれば、人によって生み出されていることを痛感させられる。フランツ・ベッケンバウアー、ヨハン・クライフ、ディエゴ・マラドーナ、アリゴ・サッキ。それぞれで時代、ポジション、立場は違えど、どの人物も所属したクラブやチームに理念を築き、それは源流のようにして未来へと受け継がれていく。ジョゼップ・グアルディオラがアヤックスのジャック・レイノルズとマンチェスター・シティを介してつながっていることは思いが思いを呼ぶ、奇跡的な必然のように思える。

 もう一歩踏み込むと、人はその土地の風土や歴史によって形成されてもいる。例えば、ボルシア・ドルトムントの血には反骨心が刻まれている。アスレティック・ビルバオにはマッチョイズムを尊ぶ伝統がある。

 バルセロナに対する「理詰め」という表現は、波に乗った時の強さと対策された際の脆さを的確に突いている。時にクラブと選手の間で大きな軋轢が生じるのも型が決まり過ぎているからだろうか。クラブの成功は人について考え抜くこと、人と土地と歴史の三つを掛け合わせ、そのすべてを押さえることが大切であることを再認識した。

 それだけではなく、モナコを『グレート・ギャツビー』と評した比喩を筆頭に、著者のシニカルなユーモアは最後まで読者を楽しませてくれる。


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