ゆるる

大学4年生~日々の気づきをゆるゆると~

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マガジン

  • 女子大生のキャリア考えまとめ

    キャリアに関して日々感じたことを。

最近の記事

久しぶりに「進路」について言語化してみた

そろそろ就活について本格的に考えなければならない時期が迫ってきた。5年後、10年後どうなっていたいのか?やりたいことは何なのか?考え続けることはとても苦しい。だってずっと考え続けてきたのに答えが出ていないのに、今更急に明確な答えが出るわけないのだから。 「進路」という途方もなく大きな問題に初めてぶち当たったのはいつだろう、と思い返す。きっと中学受験の勉強を始めた小5くらいなんだと思う。その頃は親から医者になることを進められていた。金銭的に安定だし、一度医学部に入ってしまえば

    • スマホが壊れたけど今日もなんだかんだ幸せだった

      タイトルの通り、スマホが壊れました。 床に落として拾ったらスクリーンがちかちかして電源も切れない状態に…。落とすことは日常茶飯事だったので、今回も大丈夫だろうと思っていたのに。油断してました。 手元にスマホはあるのに使えないという状況は何となく不安でそわそわして。スマホが完全に自分の生活の一部になっていることを実感。 帰りの電車ではいつも暇つぶしにスマホを握りしめていましたが、今日はただただぼーっとして時間が過ぎるのを待ちました。 音楽も聴けないので私の耳に入ってくる

      • 趣味は3種類あるといいらしい

        「趣味は3種類あると良い」というようなツイートを見たことがある。 ”良い”っていうのは、たぶん人生が充実するとかそういうことだと思う。 3種類の趣味というのは、 ①受動的なもの ②クリエイティブなもの ③人と交流するもの だそうだ。 ①受動的な趣味は、私の場合は小説や漫画を読むこと、音楽を聴くこと、ネットショッピングをすること。これらの趣味はあまり気力を必要としない。疲れたな~でも暇だな~っていうときにやることが多い。平日の夜とか。 ②クリエイティブな趣味は、こうやって

        • すずめの戸締りを見て

          ※ネタばれ少しあります。 本日12月1日は映画の日! ということで、新海誠監督の最新作「すずめの戸締り」を見てきました。 周りの評判が良かったのでかなりの期待値でいきましたが、それを上回る素敵な作品でした。新海誠監督の作品を見たことがある人ならなんとなく感じるだろう、監督「らしさ」が詰め込まれた作品でもありました。 これまでの作品との違いを上げるなら、思わず登場人物と自分を重ね合わせて考えてしまう、というところでしょうか。その分、感情の振れがより大きかったのだと思います

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        • 女子大生のキャリア考えまとめ
          3本

        記事

          塾講師4年目のつぶやき

          私は塾講師のアルバイトをしている。 大学1年生からやっているのでかれこれ4年目のベテランだ。 途中で死ぬほどやめたくなったこともあったし(大概は同期の人間関係が原因)、飽きてしまうこともあった。でも、なんだかんだ辞めずに今に至る。 時給が良いのも大きいけれど、それ以上にやっぱりこの仕事が好きなんだと思う。 「たかが塾講、されど塾講」 と最近思う。 塾講ってただ作業的に勉強を教えているわけではなくて、人間関係や人生相談をされることが多い。そんなとき、「ああ、今私はこの子

          塾講師4年目のつぶやき

          傲慢と善良

          「傲慢と善良」 辻村深月さんの著書だ。 この小説は、主人公の真実が婚活をして知り合った相手との結婚直前にとある理由で失踪してしまうという小説だ。 この小説を手に取ったのは、辻村さんの小説が好きだからという理由ももちろんあるが、それ以上に、ここに私が求めている答えのヒントが隠されているような気がしたからだ。 私は現在22歳でまだ周りから結婚を焦らされることはないけれど、なんとなくどんな人と人生を歩みたいか?とか恋愛と結婚は違うのか?とか考え始めている。 でも考えても明確

          傲慢と善良

          自分にとっての幸せを言語化する

          大人になるにつれ、生きる世界が広がった。 自分の中に形作られていた「正しさ」や「正解」がばかばかしくなり、かといってその全てを手放すことは当然できず、ピースを一つ外しては新しいピースをはめるということを繰り返していた。 この作業は、私にとっての”満たされた人生”を築くために必要不可欠な要素なのだと思う。 なぜなら、それができないとき私は無意識にもそれを達成するための行動をするからだ。 具体的には、考えが凝り固まっているな、自分とは全く違う角度からの意見をもらう機会が少

          自分にとっての幸せを言語化する

          カルチャーショック in Japan

          いつものようにバイトに行く電車に揺られていたら、 ある駅で、頭にスカーフを巻いた女性が6人ほど乗ってきました。 そのうち2人は4人掛けシートに座る私の向かいに座りました。 数人なら見かけたことはあったけれどちょっと人数が多かったのでびっくりしつつ、観光かな?在住しているのかな?と不審に思われない程度に彼女らを観察していました。(ちらちらっと) すると、なんと次の駅でも同じような格好をした人が乗ってきたのです。 頭にスカーフを巻いた女性と旦那さん、ベビーカーに2人のお子

          カルチャーショック in Japan

          好きは動詞で見つける

          半年ぶりくらいに高校の友達からラインが来た と思ったら、学会用の英文添削をしてほしいというお願いでした。笑 高校時代はそれなりに英語が得意な人として認識されていたので、そのままの実力だと思われてたら困るなとは思いつつ、 でもやっぱり、得意なことで誰かの役に立てるのは嬉しいですね。 「好きなことがないこと」がずっとコンプレックスな私だけれど、別に好きなことは名詞じゃなくてもいいのだと思う。 笑顔を見ること、感謝されること、頼られること。 決して他人軸で生きているわけ

          好きは動詞で見つける

          あまやどり

          今日は朝起きたらすごぶる体調が悪くて、熱中症なのか精神的なものなのかはわからなかったけれど、熱ものどの痛みもなくてコロナではなさそうだなということだけが救いだった。 1時間ほど寝たら8割方回復したので、なんでもないように準備をし、「行ってきます」と家を出た。 でも私の向かう先は、大学ではなかった。 一緒に過ごしている友達や先輩のことは大好きだけれど、今は他人に囲まれて日々のルーティンを過ごせる心の余裕がなかった。心のもやもやを人に話して解決するという選択肢は、いつも私の

          あまやどり

          他人からの無償の愛

          「無償の愛」と聞いて思い浮かぶのは、一般的には「親」なのではないでしょうか。 私の親も無償の愛を注いでくれているように思います。幼少期には、将来困らないようにと熱心に教育や習い事に投資してくれ、健康であるようにと食事を作ってくれ、ちょっと過保護なくらい私の身の回りのあらゆる危険に目を光らせてくれます。 そして私はというと、親の期待に応えるように勉強も習い事も頑張り、いわゆる優等生として育ってきました。 だからこそ考えてしまうのが、「もし私が不良娘だったなら、同量の愛情を

          他人からの無償の愛

          名前のない関係

          私たちは、日々あらゆる人に囲まれて暮らしている。 そして私たちは彼らを、家族、友達、先生、同僚、先輩、後輩、恋人といった代名詞に無意識にジャンル分けしたがっているように思う。 第三者が聞いて分かりやすい関係、というのはなんだか安心する。 逆に、「なんだかいい感じだけれど、すぐに恋人になるわけではなさそうだな」って人だったり、「行きつけのカフェでよく会う人」だったり、 なんだかその関係がもどかしくて、関係性に名前をつけたくなるけれどつけれない。そうなると、少し不安になる

          名前のない関係

          好きなことを仕事にしてみたけれど

          「好きなことを仕事に」「好きなことで生きていく」というフレーズがポジティブに捉えられるようになり、多様な働き方が生まれつつある今の日本の雰囲気が好きだ。 そして私も、どうせ同じ時間を使うなら”好きなこと”を仕事にしたいと思い、当時一番面白いと感じていた動画作成を仕事にしてみることにした。 動画を撮影して編集する、ということ自体はインターン業務で経験があったものの、自ら顧客を探し0から作り上げることは初めてだった。ただの学生である私が社会人の方とうまくやっていけるのだろうか

          好きなことを仕事にしてみたけれど

          直感で生きてみる

          最近私は、「直感で生きること」を頑張っている。 それって頑張ることなの?と思われるかもしれないが、論理的で目的意識が強い私にとっては、意識しないと難しいことだ。 将来のビジョンとかミッションとかに向かって、直接関係する経験を積み上げていくことが理想だったし、それが正解だと思ってた。 今いる地点と、到達したい地点と、これから経験することがちゃんとつながっているような感じ。誰から見てもそうで、理にかなっていると思われるような。 でもこれを意識すると、私は全く行動できない。

          直感で生きてみる

          飼い猫になめられている

          猫を飼っている。 端正な顔立ちをしたスコティッシュフォールドの男の子だ。 私の友達にも人気で「かわいいね~うらやましい!」とよく言われる。 でもうちの猫は、見た目と中身のギャップがすごい。 飼う前にYouTubeを見て想像していたような、甘えて寄って来たり、頭をすりすり、なんてことはこれまで一度もない。 それどころか、私を人間として認識していないみたいだ。 なでると「触るんじゃねえ!」と噛んでくるし、夜になると「遊べ!!」と私を追い掛け回すし、ストレッチしていると

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          ちっぽけで安心したお話

          最近、自分に対する捉え方が大きく変わったような気がします。 以前は「私は他人よりもできる!」 っていう謎の確信が根底にあったのですが、 いろんな経験を経た結果、今は 「あ、私って大したことなかったわ。」 という気持ちでいます。 でもこれって、全然ネガティブなことだとは思っていなくて むしろ気づけて良かったなと感じているほどです。 「私なんて何にもできない…」ということではなく、 もちろん得意なこともあるけど 私の代わりはいくらでもいるんだから、 与えられる役割よりも

          ちっぽけで安心したお話