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名前のない関係

私たちは、日々あらゆる人に囲まれて暮らしている。

そして私たちは彼らを、家族、友達、先生、同僚、先輩、後輩、恋人といった代名詞に無意識にジャンル分けしたがっているように思う。


第三者が聞いて分かりやすい関係、というのはなんだか安心する。

逆に、「なんだかいい感じだけれど、すぐに恋人になるわけではなさそうだな」って人だったり、「行きつけのカフェでよく会う人」だったり、

なんだかその関係がもどかしくて、関係性に名前をつけたくなるけれどつけれない。そうなると、少し不安になる。

前者の関係の場合、一刻も早く「恋人」という立場になりたいと願うだろう。


でも、人と人とのつながりの深さって、タイミングがすべてだと思う。

自分の意志とは関係のない、お互いの環境やキャリアの方向性など多くの要因が絡み合うから、自分でコントロールすることは難しい。


だから、もし自分が願うタイミングで関係性に名前が付けられなかったとしても、無理やりあがいたり、完全に切ってしまったりせずに、

ただそのままの関係性で時間を置いてみるのがいいと思う。


「自分の人生に本当に必要な人とは再会する」と私は信じているし、実際これまで自分の人生を照らしてくれた方々とは、以前とは新たな関係性で再会して、人生が豊かになっている。


「名前のある関係」も「名前のない関係」も素敵だ。




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