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等距離恋愛。_1丁目13番地 求めあうアパートの前


帰り道、さすがに真冬の夜ということもあってお酒で火照った体もすぐに冷え込む。
冷え性だった私は握られた手がどんどん冷えこんでいくのを自分では止められなかった。

手と手が触れているところは彼の体温でなんとか温かさが保たれていたが、指先と手の甲、それに反対側の手が猛烈に凍えて霜焼になっていた。

片手を必死に吐息で温める私に気づいた彼は、私の正面に向かい合って立ち残りの一つの手で反対側の手を握ってきた。
そのまま胸の前の高さで拝むように私の両手を包み込み何をするかと思えば

「摩擦熱〜!」

とお昼にしてくれたのと同じように私の手を必死に温めてくれた。

「だからその必殺技みたいに言う癖なんとかならないの?(笑)」

と笑いながら問いかけると

「言葉にすると効果が高まった気がするっちゃろ?(笑)」

なんて質問返しして来た。

実際にはこんなことしたってまたすぐに冷え切ってしまうんだからいっそのことずっとこの手を離さないでくれたらいいのになあ、と図々しい考えが脳裏によぎる。

数秒間こすった後、彼は再び私の横に並び、再び歩みを続ける。

片手は握られたまま。

思いやりなのか、自分が寒いからなのか、私のコートのポケットに繋いだ手を入れてくる。
すると、ポケットで何かがガサついたことに気づいた彼はあっさりと私の握った手を離しそれを指でつまみ出した。

「オレンジの味の飴...?」

こっちを見つめながら問いかけてくる彼。

「ああ、それ。さっき行った居酒屋のおじさんがくれたの。よくわかんないけど来店サービスでみんなに配ってるんじゃないかな。適当に選んだからオレンジだって今知った(笑)」

「え、俺金払ったのにもらってねーぞ。お前の5倍はいい飴もらってもいいはずだ」

「そんな高級な飴配ってるわけないじゃん、それに無料でもらったから5倍しても0円なのは変わりないよ」

「それもそうだな(笑)じゃあ言い方変えるわ。5倍美味しい飴。」

「これも十分美味しいよ」

「なら頂戴」

「えー、私がもらったのに」

「誰がご飯奢ったんだけ?」

「...しょうがないなあ」

そんなに欲しい程のものなのかと思いながらも人が欲しいと言うものは手放すのが惜しくなる現象に名前をつけたい。

きっと需要が生まれることでその物自体の価値が何倍にも、何十倍にも膨らむものなのだろう。

しぶしぶオレンジ味の飴を引き渡すと、彼は満面の笑みで

「へへっ、もらいーっ!」
とその飴の封を切り口の中に放り入れた。

「あっ...」
思わず声が漏れる。

大して食べたかったわけでもないのに、人から貰ったものが溶けて消えてしまうことに儚さを感じた。

「あ、もしかして本当は食べたかったとか?」

私が予想外に悲しい顔をしてしまったからか、彼は慌てて口を開け舌の上にのせた飴を溶かすまいと乾かす素振りを見せる。

「あはは(笑)」
その姿があまりにも必死すぎてお腹を抱えて笑う。

「なんだよ、いらねーならなんでそんな顔しちょっと」

「ごめんごめん(笑)なんか消えてなくなってしまうって思ったらすごく儚いなあって切なくなっちゃって」

「あーそういうことね。それなら何となくわかるかも。最後の消える瞬間とかあ、ちょ、待ってってなる」

「それはわかんないや!(笑)」

「おい(笑)」
飴ひとつでこんなに笑い合えるなんて...振り返ると彼といた半日間でココ1年分くらい笑っていた気がする。

「あっ、」

「ん?」

「ここ、私のアパート」

「ああ、ここなんだ」

「話してたらいつもの10倍くらい早くついた」

「なんかもっと面白いこと言えないの?」

「うるさいな(笑)ウケ狙った訳じゃないもん」

「それじゃあ1人前の芸人にはなれねえぞ」

「...。」

「無視すんな、俺がすべったみたいじゃん」

「すべったじゃん」

「わざとすべってやったんよ?」

「はいはい、ありがと」

「...。」

「......。」

沈黙が続いた。

「あの「じゃあ、行くね!」

「「「あっ。」」」

言葉を被せてしまったことにあたふたしながらも一呼吸置いてきき返した

「...な、なに?」

「あのさ、今日楽しかった?」

「うん、すごく。」

「そか、ならよかった」

「...かなたくん、は?」

「おれも。ずっと、写真と声だけで話してたから目の前にその人がいると思うとすっげえ不思議」

「わかる、ほんとにいたんだって感じ」

「...また、会える?」

「うん。...会いた」

言葉を全て言い終える寸前、繋いでいた手をぐっと引っ張られ気づけば彼の腕の中にいた。

吐息が頭にかかるのがわかって私にだけ一足もふた足も早い真夏日が訪れたようだった。ゼンシンが火照ったようにアツイ。

鏡を見なくても頭の先から爪先まで飲みすぎた時のように赤くなるのがわかった。

彼に顔を覗かれそうになり、思わず顔を伏せる。こんなたこ焼き職人さんもびっくりな真っ赤なゆでダコみたいな火を見られるくらいならシンダホウガマシ!!!!

そう思って思わず彼の背中に手を回し、胸に顔を突っ伏した。

_今振り返るとなんて大胆なことしたちゃったんだろうと自分でも驚く

彼のカラダは第一印象と相も変わらず華奢で、私の短い腕でも簡単に回った。でも思っていたよりも筋肉質腕は力強く私の体を包み、簡単に離してくれそうになかった。

無言で目が合う。私を捉えて離さないその眼差し。

こうなってしまったらもう後には引けない。

唇が触れた瞬間、何かスイッチを押してしまったかのように彼への感情が濁流のように押し寄せ溢れ出す。

お互いがお互いを必死に乞うようなキスを交わす。

アパートの目の前。

通る人なんて目に入らないほど夢中で求め合った

___buuu.buuuuu.buuuu...

「...はあ」

「ごめ、電話だ。ちょっと待って」

「...うん。」

「もしもし、どしたん?...うん ____

どのくらいの時間、触れていたのだろう

彼の携帯が鳴らなければこのままどうにかなっていたかもしれない

恥ずかしさと、幸福感と、色んな感情がぐちゃぐちゃに混じって絵の具みたいに私の心のキャンパスを塗りつぶした

__この時、彼がどんな表情で誰と話していたかなんて知る由も気付く余裕もなく

「ごめん。待たせて」

「あ、ううん。大丈夫だった?」

「うん。そろそろ終電なくなるかもしれんし帰るわ。」

「...そうだよね、送ってくれてありがとうね」

「当たり前やろ。遅い時間まで連れ回してごめんな。」

「私も楽しかったから謝んないでよ!(笑)寧ろ楽しい時間をありがと」

「それ俺のセリフ。部屋入るまで見届けてやるから行け」

「うん、わかった。」

「じゃあな、ゆっくり休めよ」

「今日はよく眠れそう、おやすみなさい」

「おやすみ」

そう言って彼は私の頭をポンポンと優しく撫で、肩を掴んで体の向きを変えさせた

私は彼の方に顔だけ振り返り、手を振ってアパートの階段を登った。



____これが彼との最初で最後の思い出。

この後、彼から連絡が来ることも、彼をこの町で見かけることもなくなった。

__ネット恋愛がダメなんて、誰が決めた?_1丁目FIN.

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