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等距離恋愛。_2丁目2番地 特売日のスーパー

20歳、女一人暮らし。

社会人一年目の夏は想像よりも、もっと、ずっと、貧乏で平凡。

学生時代に社会人の先輩に飲みに連れて回された時、奢ってもらうのは申し訳ないからと財布を出そうとしてとめられたことがある。

居酒屋を三軒ハシゴしたにも関わらず一銭も出させてはくれなかった先輩に対して、「今度なにかご馳走します」と頭を下げる私。

「社会人になったら、時間はないけど金はあるから気にすんな!それに今回連れ回したのは俺の方だし黙って奢られときなさい(笑)」と営業マンらしい嫌味のない、爽やかな笑顔で応える先輩。

その姿を見て以来、「社会人ってかっこいい。私も働いたら後輩にご飯奢れるようになりたいな。」なんて思っていた。

しかし、いざ働いてみると忙しさは格段に増したせいで自炊する時間が減り、外食やコンビニが増え食費がかさむ。

衝動買いやエステ、それにやけ食いヤケ酒と散財してストレスを発散しようとするという負のループに陥ってしまったせいで「時間もお金もない」という最悪の生活を強いられていた。

休日もお金がなくなるのが怖くて旅行にも行けずまして、後輩にご飯を奢ることさえ躊躇してしまう自分のお金の使い方の呆れていた。

反省の念とダイエットの意を込めて、この夏はなるべく自炊をし食べ物でストレス発散するのをやめようという傍から見たら小さな、だけど私にとっては大きな目標を掲げた。

その甲斐あって、先月よりも食費も体重も少しずつではあるが右下がりになっていった。

今日も、仕事終わりに家までの帰り道にある24時間営業のスーパーに寄り何を食べようかと考える

「うーん...昨日はサラダチキンだったから今日はお魚かな。」

いつも、疲れている時は簡単に済ませられるセール品のお刺身やカット野菜、それにお惣菜を買って帰っていた。

週末はおかずを作りおきし、1週間で組み合わせを変えたりして食費を抑える。

この日は、ちょうど金曜日の夜。

「明日の作り置き用の食材も買おっかな」と頭の中でリストアップする。完全に自分の世界に入っていたその時、

ドンッ!

「痛ァァッ〜...」

野菜コーナーに向かおうと足早に角を曲がった瞬間、誰かの背中に鼻をぶつける。

映画や漫画の世界でよくあるような『曲がり角でぶつかって転んだところを手をひかれて恋に落ちる』というようなドラマチックな感じではなく、ほんとに地味に、鈍く、衝突した。

ジンジンする鼻を抑えながら、「ごめんなさい、前方不注意でした。大丈夫ですか?」と後ろ姿のその人に謝る。ゆっくり振り返り、目があう。

いや、正確にいうと、
目があった、かもしれない。

その人のかおを見た瞬間、びっくりしておかずの材料のことなんてすっかり飛んでしまった。

目の前にいたのは先週、ふらっと立ち寄ったライブハウスで演奏していたバンドのベースの「マッシュくん」。

「ああ...僕も考え事しててぼーっとしてたんですみません。それより鼻、大丈夫です?」

中腰になり心配そうに顔を覗かれる。

「あ、その、いや。なんともないです!鼻だけは頑丈なんです!!」

挨拶をしようかと思ったが、「ライブを遠目から見ていた観客の顔なんて覚えてるはずないか」と思い、咄嗟によく分からないことを口にする。

「頑丈って(笑)骨折れやすいし、毛細血管多くて鼻血も出たりするので気をつけてください。...ってぶつけた後に言うことじゃないですね(笑)」

マッシュくんは相変わらず目は見えなかったがはにかむような表情を見せ、「では。」と言って歩いて行ってしまった。

あんな細い体で普段どんなもの食べてるんだろう...と気になりつつも、野菜コーナーにむかう。

ピーマン、人参、ほうれん草...。

特売と書かれた表示に安易に騙されないよう値段を見るようになったのは、我ながらいい奥さんになれそうだと心の中で自画自賛する。

自賛したにも関わらず、つい目がいってしまうアボカドの売り場。この時ばかりは値段よりも、大きさをと硬さにフォーカスしてしまう。

「これ、ベストコンディション!」というアボカドを発見した時は、それだけでテンションが高まり、1日の終わりを左右するバロメーターという重要な役割を果たしてくれる。

つまり、アボカド最強。

本日のベストオブアボカドに巡り会えて気分はるんるんでお魚コーナーへ。「サーモン、まぐろ、サーモン、まぐろ...」と頭のなかで究極の選択を迫られる。

「はあ、幸せ。このために生きてる」と、大げさな独り言をこぼした。

「ふはっ。スーパーで幸せのため息ついてる人なんて初めて見ました。」

運悪く、さっきぶつかった黒髪マッシュくんにその姿を見られてしまい、

「違うから!アボカドごときで喜んでないから!」

なんて、心の中でアボカド様に深く謝罪しながら必死に否定する。

しまった、また笑われる...!

墓穴を掘るような事言ってしまったと恥ずかしさにその場から逃げようと身体ごと180度回転させる。

「あ、わかります。今日最高のコンディションですよね。」

「え?」

想像してた反応とは打って変わった言葉が返ってきたので、逃げようした足を彼に向け身体を捻り視線をマッシュくんの持つカゴにうつす。

「えっ!これひとりで食べるの!?!」

思わず口に出てしまったつっこみ。

それもそうだ。

彼の買い物かごには無数の黒緑色をしたゴツゴツした姿のあいつらが大量に入っていたのだ。

「最低でも1日一個は食べますね。今日は頑張った御褒美に2個。」

私を上回るアボカド好きに会うなんてなかなか無かったので、嬉しいよりも悔しいの方が大きくなった。

勝ち負けも何も無いのに何故か少し、対抗心を抱く。

「そ、そうなんだ。私も好きでアレンジとかもたくさんしててさー」

と、なんとなくアボカド上級者ぶる。

「サーモンとかマグロを調味料かけて和えると美味いですよね。」

アボカドについての話にノリノリなまっしゅくん。どうやら私が探してたものと同じものを狙ってるらしい。

「セール品は譲らないから!!」

アホみたいに宣戦布告し、魚コーナーのブースを覗く。その威勢に驚きながらも、

「おお。負けないですよ。」

と、マッシュくんは反対のブースを覗き探しはじめた。キラキラと目を輝かせながら、まるで宝探しをしているかのように...

ひと通り見渡したがお目当てのものは結局見当たらなかった。

ため息をついて振り返ると、片手に30%OFFの値札がついたサーモンを持って、満面の笑みで微笑むマッシュくんがいた。

「あーくっそー!悔しい!(笑)」

「今回は僕の勝利ですね。」

「次は負けないから!」

「僕だって負けませんよ〜」

「「...あはははは!」」

お腹を抱えて笑う。

「なんでこんな必死になってるんだろおかしー」

「ほんとですよね。僕もう笑いすぎてお腹痛いです(笑)」

「じゃあ、あたしは諦めて生ハムでも買って帰ろうかな。またね。」

セール品のサーモンは手に入れられなかったけど、こんなに心から笑えたの久しぶりで。とても幸せだった。

だから、いきなり腕を掴まれて

「ちょっと待ってください。よかったらこれ1人じゃ食べきれないんで一緒に食べません?」

と誘われるなんて思いもしなくて。

わたしは一瞬、マッシュくんに彼の姿を重ねてしまった。

__ネット恋愛がダメなんて、誰が決めた?_2丁目3番地 サーモンとアボカド

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