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言葉つかい

実はこちら、フジテレビの「めざましテレビ」で募集していた新テーマソング用の原作小説に応募したショートショート。YOASOBIが小説をもとに制作した曲が、春からの番組のテーマソングに使われるというので、試しに応募してみたところ、玉砕。monogatary.comにて投稿したため、公開した状態ではあるものの、寂しいのでこちらでも公開してみる。

これも落選文学展への出展作品ということで、誰か反応してくれたら嬉しい。募集テーマは「おはよう。」だ。

言葉つかい

 魔法つかいになれなかった私は、いつの頃からか言葉つかいと呼ばれるようになった。
 空も飛べないし、猫もいない。薬も作れない。でも私には言葉があった。言葉には力が宿るという、言霊に近いのかもしれない。
 私の発する言葉は、現実になる。
 
 通常、魔法つかいは人間から離れた森の中に住むのが一般的だけれど、言葉つかいである私は、人間から離れては暮らせない。だから小さな町の片隅の、小さな小さなこの家に住んでいる。
 一日は、郵便受けを見ることから始まる。扉の外に置いている鳥の巣箱のような小さな箱を覗く。そこには毎日何かが入っている。小さなカードであったり、白く繊細な紙に包まれた手紙であったり、何かのチラシの裏に書かれたメモであったりと、様々。すべてが知らない人からの文字であり、すべてが助けを求めている声だ。蓋を開け、そっと手に取る。今日もまた。

 入っていたのは四つに折り畳まれた紙だった。開いてみると、動物や花の絵が周囲に描かれている便箋で、横書き用に引かれた罫線に沿って、一つ一つ、濃くはっきりとした文字が書かれていた。柔らかく、太い鉛筆で書かれたのだろう。文字が震えるように立ち上がっているのが見える。
――言葉つかいさんへ
 はなちゃんが、ずっとおこっています。話しかけても、なにも言ってくれなくなりました。わたしが、わるいことをしてしまったからです。だからはなちゃんの好きな花や、シールやおかしをあげようとしましたが、頭をぶんぶんとふって、走っていってしまいました。どうしたらはなちゃんと、友だちにもどれますか? たすけてください。

 最後の方の文字は少しにじみ、便箋はわずかに波打っていた。私は便箋を再び四つに折り畳むと、依頼人の元へ向かった。届いた依頼の手紙は、私を依頼人の元へ導いてくれるのだ。だから私は手紙を手に、歩くだけでよかった。
 依頼人は、町の南に住む小学生だった。
 ちょうど通学の時間で、依頼人は大きな鞄を背負い、一人で朝日を浴びて歩いていた。
「こんにちは」
 私が声をかけると、依頼人はびっくりしたように立ち止まった。見知らぬ人に声をかけられたら警戒しなければならないが、私は便箋を見せて話しかけた。
「この手紙をくれたのはあなたですね」
 相手が子供であっても依頼人は依頼人。私は丁寧に仕事をするだけだ
「はい、あの、おねえさんが、言葉つかいさん、ですか?」
 小鳥のように高い声で、ゆっくりと見上げる女の子の目は大きく見開かれ、揺らいでいた。
「ええ、私が言葉つかいです。あなたに言葉の力を差し上げるために来ました」
「本当にいたんだぁ。すごい。はなちゃんとまたいっしょに遊んだり学校に行ったりするにはどうしたらいいの? まほうの言葉を教えて」
 女の子は私のスカートをぎゅっと握って見上げた。私は膝を折って依頼人と同じ目線になると言った。
「あなたは、はなちゃんと喧嘩してしまったんですね。お手紙にはあなたが悪いことをしたと書かれていましたが、本当ですか」
 すると女の子は小さく頷いた。
「では、はなちゃんにこう言ってみてください。ごめんなさい、と」
「えっ、それだけ?」
 驚く女の子に私は言った。
「それだけです。自分が悪かったと思ったら、まず、謝るんです。ごめんなさいって」
「でも、わたし、わるいと思ったからおかしをあげようと・・・でもはなちゃんが受け取ってくれなくて」
 女の子は目を潤ませながら呟いた。
「お菓子をあげようとする時に、ごめんなさいって言いましたか?」
 女の子は首を横に振った。
「では、何もあげなくていいので、まず言ってみましょう。はなちゃんの目を見て、ごめんなさいって。そうすればあなたの真剣な気持ちが伝わりますから」
「ごめんなさいが、まほうの言葉?」
「はい。あなたが使える魔法の言葉です。私が力を込めたので、この言葉を使えば、仲直りできます。私は言葉つかい。私の言葉は本当になるんです」
 女の子は一瞬下を向いたあと、顔を上げた。
「わかった。言葉つかいさん、ありがとう。わたし、はなちゃんに、ごめんなさいって言う」
 そして女の子は駆けて行った。小さくなっていく依頼人の姿を目で追いながら、帰りかけたその時、何かの気配を感じて振り返る。
 そこには、大きな箒を肩にかけるように持つ女性が立っていた。黒のスーツを身にまとい、足元には黒いハイヒールを覗かせている。
「掃除の方、というわけではありませんよね?」
 念のために訊いてみると、
「違うわよ。私は魔法つかい。そんなことより、あなた、言葉つかいね。初めて見たわ」
 そう言うと、彼女は私を足元から頭まで見まわした。
「あなたの言葉には力があるって聞いてるけど、さっきの女の子にあげた言葉って、ごめんなさいってだけ?」
 私は依頼人の姿がまったく見えなくなっていることを確認すると、目の前の魔法つかいに答えた。
「いいえ。正確には違います。ごめんなさいって言えば、相手に真剣な気持ちが伝わる、と言ったことです」
 すると魔法つかいは、からからと笑った。
「なんだぁ。ちょっと詐欺みたいね、あなた」
「違います。失礼なこと言わないでください。もう帰りますので、さようなら」
 魔法つかいになれなかった私は、魔法つかいが苦手だった。彼女に背を向ける。すると背中に声が当たった。
「嫌いじゃないわよ、ワタシ」
「えっ」
 弾かれるように、思わず振り返った。
「魔法もそうだけど、気持ちの入っていない言葉なんて、ただの記号。言葉だけをもらって何でもできるなんて思うのはただの傲慢。どんなに綺麗な言葉だって、使う人間に心が入っていなければ美しくもなんともないじゃない」
 彼女はそこで、にっと笑った。
「だから、あなたの仕事、結構好きよ。ワタシも魔法つかいじゃなかったら、言葉つかいになりたかったかも」
 魔法つかいが苦手だった。今まで……
「ああ、でもあなた、さっきの仕事、もしかして相手が子供だったからって無料にしてない? 何か受け取ったようには見えなかったけど。ワタシはやっぱり仕事に見合った対価はいただかないとやってられないわ」
 魔法つかいは苦手だ。でも……
「いただきましたよ。気づきませんでしたか?」
 そう言って、私は手のひらを開いて見せた。
「それ、なあに? 何か光っているけれど、宝石、じゃないわよね。光の粒みたいな?」
 私は手の上できらきら光っている小さな欠片をじっと見つめた。
「これは、ありがとうの結晶なんです。さっきの依頼人の女の子は、別れ際、私にありがとうって言ってくれました。ありがとうは世界で一番美しい言葉の結晶なので、私はこれを集めることを仕事にしています」
「ふうん。不思議なものを集めているのね。でもそれがたくさん集まったら、きっと世界はもっと明るくなるんでしょうね」
 全身を黒で包まれながらも、彼女の顔は明るかった。
「よかったら、お茶でもいかがですか? 私はこの町に住んでいるんです」
 自分でも驚く言葉が出ていた。魔法つかいは苦手なはずなのに。
「嬉しいお誘いだけど、これから仕事なのよ。もう行かなきゃ」
 そう言うと、まるで絵本に出てくる魔女のように、担いでいた箒に足をかけ、跨がった。
「魔法つかいって本当に飛ぶんですね。遠くに行かれるんですか?」
「そうね、ちょっと西の果ての方。日照りが続いて困っているっていう村からの依頼でね。ばばっと雨降らせてくるわ」
 そして彼女は一瞬屈み込むと、ジャンプして飛び上がり、そのまま空中に止まった。彼女の周りに風が巻き起こり、包まれているかのようだった。
「会えてよかったわ」
「私も。またいつか会いましょう」
「言葉つかいがそう言うなら。じゃあ、また」
 彼女は一陣の風になって空へと消えていった。魔法つかいは苦手だ。ひとつのところにはいてくれない。でも同じ空の下、どこかで虹を呼んでいるのだろう。

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