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パリこでかけモロッコ編② 市場と驢馬と香辛料

パリこでかけモロッコ編① 砂漠とピンクとコバルトブルーに続き第2弾は“市場と驢馬と香辛料”編です。第1弾でご紹介した通り、マラケシュ随一の観光名所である“ジャマ・エル・フナ広場”と近接するモスクは、ユネスコ世界遺産“マラケシュの旧市街”であると共に、“ジャマ・エル・フナ広場の文化空間”はユネスコ無形文化遺産でもあると言う、観光業お墨付きW受賞という稀有なエリアです。今回は、どこまでも収束する広場と、どこまでも拡散する迷路を持つ魅力的なマラケシュの市場をご紹介します。

◆ジャマ・エル・フナ広場

ジャマ・エル・フナ広場(以下フナ広場)は、11世紀ムラービト朝時代に首都となった際に開発された広場で、アラビアンナイトの世界観そのままに現存し、その独特の文化空間はユネスコ無形文化遺産となっています。かつては公開処刑が行われていたという事で、その名はアラビア語で「死者の広場」という意味だそうです。
直径1km程の広場には夕方から夜にかけて店や人が所狭しと集まってきます。ジュースを売る屋台、ゴザに帽子や土産物を並べる若者、パラソル1本でヘナアートをするおばさん、猿遣い、蛇遣い、両手にiPhoneの箱持ち売ってるお兄さん、食堂の客引きおじさん、スリの子ども達…ひしめき合うピンク色の建物の真ん中にぽっかりと空いたフナ広場は、カタチは無くとも千年前と変わらない魅力を発し続け、いや増し続け、人々が集い、需要と供給・欲望と幻想がどこまでも収束したり拡散したりして、とてつもない引力を感じます。

◆市場

市場(いちば)という言葉の意味は知っていても、マラケシュのマーケットを歩いて初めてその意味を体感した感じがします。どこまでも参入障壁が低く、どこまでも双方向で、モノとモノ・モノとオカネを交換する事で市場全体の価値がどこまでも増大していく…そんな教科書で読んだかもしれない知識が、強烈な実感を伴ってそこにありました。

まず参入障壁ですが、店を構えるだけが商売ではなく、店が無ければ屋台で、屋台を揃える金が無ければ手持ちで、商売をしている人が沢山います。服・玩具・高級(風)時計・iPhone・Simカード、何でも手売りで売っています。裸一貫でこの市場に来た若者は、最低限の在庫だけを資産とした流動性の高い商売をしているようです。更に、在庫を仕入れる金も無いなら技能で稼ぐ、という事で、ヘナアートや細かい三つ編みをしてくれるおばさんがパラソル1本で40℃の熱風吹き荒ぶ中、盛んに客引きをしていました。

次に双方向性ですが、このマーケットは必ずしも観光客だけを目当てに営業している訳では無く、通りが1本変わると地元の人が集うカフェや小売店や屋台がひしめき合っています。最も感銘を受けたのは、虫プロダクション製作「千夜一夜物語」でシンドバッドが最初にバクダットで始めようとした商売、そう“水売り”が現存すると言う事です。しかも其処彼処に。上の写真右側は水売りのお兄さん達で、注文すると丸い陶器のマグカップに貯め置きの水を汲んでくれます。当然観光客がこの水を飲む勇気は無く、注文するのは地元の皆さんですが、40℃の熱風吹き荒ぶマラケシュでは水も需要があるので商売が成立します。この水売りのお兄さん達も、お腹が空いたらバイクの後ろにクスクスを乗せて売っている叔父さんからご飯を買い、そのおじさんは疲れたら謎の果物を売っている少年から買う、と言うように、地元の人達も含めて双方向に需要と供給が成立し、この市場自体の勢いは千年前から絶える事なくいや増していくようでした。

◆驢馬

フナ広場を中心に広がるマーケットは細い路地が広がり繋がり行き止まり、さながら迷路のよう。石畳の路地は凹凸も激しく、狭い通りや段差のある通りもあり、結果として千年前から変わらず驢馬や手押し車が日常的な運搬手段として利用されています。もちろん自動車やバイクも行き交いますが、現実的な運搬手段としてこれらが活用されているようです。作り物でも張りぼてでも無い生身の生活が、11世紀と同じ姿でそこにある事こそ、無形文化遺産としての広場とマーケットの価値なのでは無いかと思います。

◆香辛料

フエ広場周辺のマーケットの中でも有名なのがスパイスマーケット。写真の様に円錐形に積み上げられたスパイスが有名です。中世にムスリム商人によって独占され、欧州貴族を魅了し、大航海時代の引き金を引いた真犯人であるスパイスは、ここマラケシュで今でも存在感を示しています。

◆市場とは何か

フエ広場と周辺のマーケットをあてもなく徘徊すること数日、ピンク色の壁を背景に目紛しく展開される色・香り・音・手触り・味わいに触れて、この広場と市場全体がまるでスパイスの様だと感じました。それ自体は主役では無いけれど、スパイスごとに色や香りや味わいがあり、組み合わせる事でまた新たな魅力を生み出していく。1つ1つの店や屋台やお兄さんは生業として商売をしているだけなのに、フエ広場と周辺の市場の強力な引力に寄り集まって商売が拡大し、また新たな人が惹きつけられ広場に収束し、街全体の魅力が高まる事で市場が拡大していく…

世界遺産や無形文化遺産というお墨付きは得ても、誰も保存しようとも維持しようともしていなくて、只々この広場と市場の魅力に魅了されて集まった各時代の人々がそれぞれに自分の色や香りを発散して、千年前から今まで一度たりとも同じ味付けになった事はないけれど、確かにフエ広場という魅力的な料理が沢山の人達によって作り上げられている…市場の喧騒と客引きの中で、そんな事を考えました。

以前仕事をしていた際に、世界遺産という強力な“お墨付き”を獲得したが故に一部の人(や組合・協会)が増長し、誇張し、あるいは過度に保護し、規制する事で、わずか3〜5年で魅力を失ってしまう観光地をいくつか見てきました。世界遺産や無形文化遺産を獲得した後の観光政策というのは大変難しく、押し寄せる観光客に最大限対応しながら観光価値を減損させないという荒技が要求される大変難しい仕事ですが、このマラケシュの広場と市場を見ていると、難しい事は考えずに人の営みに任せておく事も、一つの観光資源や観光政策の在り方なのだと感じました。

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