気になる人。
今の部屋に引っ越してきて2年半。
運動不足を少しでも解消するために、パンクしたままの自転車を放置して、自宅から職場まで毎日徒歩で通勤している。
たまに遅刻しそうになる時以外は、歩きながら外の空気を吸い込んで、空を見たり、いろんな家を見たり、いろんな人を見ながらハイペースで歩く。
人とあまりすれ違わないように、なるべく最短ルートで、いつも同じ道を歩く。音楽は聴かない。無心で歩く。
とある日。まだ引っ越してきて間もない頃。
朝帰りの最中、前を歩くお爺さんが目に入った。
その後ろ姿が親戚のお爺さんにそっくりで、無性に会いたくなったのを憶えている。
そのお爺さんは愛犬の散歩中だった。
黒茶のミニチュアダックスフンド。
お爺さんはゆっくりゆっくり歩いていて、その横を連れ添うように愛犬もゆっくり歩いていた。時折お爺さんの顔を伺いながら、ゆっくりと。
愛犬の散歩というより、お爺さんが愛犬に散歩してもらっているようだった。
その光景がなんとも愛くるしくて、微笑ましくて、とても幸せな気持ちになった。
そんなお爺さんの横を通り抜けようと歩いていると、目が合った。
するとお爺さんは「おはようございます」と優しい笑顔で挨拶をしてくれた。
嬉しくなってすぐに僕も「おはようございます」と返した。
この日以降、何度も見かけるようになり、すれ違うたびに挨拶を交わすようになった。
お爺さんの優しい笑顔が大好きになった。
そしてコロナ禍になった。
自宅勤務が増え、僕はあまり外へ出かけなくなった。
しばらくお爺さんの姿を見かけることはなかった。
お爺さんのことをたまに思い出しては、元気かな、また会えたらいいなと考えていた。
それから一年後のある日。
あの微笑ましい後ろ姿を見つけた。
「おはようございます」
マスク越しでも分かる、優しい笑顔のままだった。またお互い元気に再会できたことが嬉しくて少し泣きそうになった。
見ず知らずの僕に、他人に、どうしてこんなに優しい笑顔を向けて、自然と挨拶ができるのだろう。
お爺さんのことは何一つ知らないけど、本当に心が綺麗な人なんだろうなと思う。僕もそんな人でありたいと思った。
日々忙しなく過ぎていくけど、いつも穏やかな心を大切に。
これだけで周りの人を幸せな気持ちにさせる事ができる。
焦ったってしょうがない。
自分のペースで、ゆっくり前へ。
そんなことをお爺さんから学んだ気がした。
2021.11.16
湯村 章平