夢十夜

はじめまして。夏目漱石「夢十夜」のようなショートショートを書いています。 読んでいただ…

夢十夜

はじめまして。夏目漱石「夢十夜」のようなショートショートを書いています。 読んでいただけたら嬉しいです。

最近の記事

おんなのひと 九

 こないだ時間に自由が利くからって、私、あのときのあなたのところに行って、あなたが一番美しいところで時間を止めてじっと見てきたの。それが全然美しくないの。びっくりしたわ。思い出すたびに惚れ惚れするほど、あんなに美しかったのに。この子誰なのかしら、って思ったほどなの。端正な顔立ちなのは、そうなのかもしれない。二重で、鼻が高くて、横たわっていたけど脚も長かった。でも、だからってなんとも思わないの。これじゃあ、見なければよかったって思ったわ。時間を旅するのも、止めるのもバカみたいに

    • おんなのひと 八

       この人は、どうしてごめんなさいが言えないのだろう。騙しておいて、こんな明るいファミレスで「いや、それは悪かったと思ってるよ」って笑いながら言えてしまうのだろう。奥様にも結局、私をあざ笑うことにだけ専念させて、この人はヘラヘラしている。なんなら奥様とも別れてもいいやという。誰が復讐すればいいのだろう。誰かが、この場面で怒らなきゃいけない。ドラマでは、女の人が男の人の顔面に水をかけていた。そうか、このコップの水をかけよう。でも、変な視線を集めるよな。この寒空の下、水をかぶって帰

      • おんなのひと 七

         小学生の頃、デパートに久しぶりに行って、母親にワンピースを買ってもらった。決して裕福な家庭ではなかったから、デパートでワンピースなんて初めて買ってもらった。かわいいワンピースを買ってもらったことに心躍らせながら歩いていると、裕福でいつも華やかな服を着ている友達がいるのが見えた。自分はとっさにトイレに入って持っていた紺色のワンピースに着替えた。せめて会ったときは、格好のいい姿を見せたいと思ったからだ。着替え終わって鏡で見てみるとそのワンピースは小学生には上品で、白い丸襟がかわ

        • おんなのひと 六

           私は真夜中の雪の中を、必死に探した。自分の悲しみを探した。しかしもう悲しみなんてなかった。あるのは自分への憐憫と底無しの不条理だった。不条理なんて私が思うのはおかしいけど。だって私が殺したのだから。どうやってやったかは忘れてしまったし、どうして、とは何度も思ったけど、わからない。でも私が悪いんだ。あなたが死んだのは私のせい。だから死んでお詫びをしなきゃいけないのに、どうしても死ねない。むしろ生きている方が地獄なのに、死ぬことができない。もう、あなたの思い出は擦れてしまって、

        おんなのひと 九

          おんなのひと 五

           貴方が地球儀を赤く染めていくのに見惚れていました。薄暗くて埃っぽい部屋の中で、貴方は黒い大陸がある地球儀の海を赤に染めていきます。マジックで塗っていくんですが、几帳面に外枠を赤で囲って、線の内側も丁寧に規則的に赤の線が延びてゆきます。やっとのことで地球儀に赤と黒しかなくなると、パッと目を見開いて、指先が神経質に震わせます。次に塗るものを探しているようです。ありふれていますが画用紙を差し出すと、赤の線を大きく引いて、それが私の指にかかりました。すると貴方は私を赤く染めようと思

          おんなのひと 五

          おんなのひと 四

           毎日、同じ時間に起きること、そのために同じ時間に寝なければならないこと、そういうのは慣れていくようでだんだん辛くなる気がします。いつも、なんだかいろんなことがおかしいと思いながら、でも何がどうおかしいかよくわからないので、とにかく歩いたり、謝ったりしています。  ある日、買い物に行くと、れもんが売っていました。いつも売っているのでしょうが、いつも通り過ぎていたのに、その日はたまたま目に入りました。買う理由もないのに、私はそれに引き寄せられて、れもんを手に取りました。それは

          おんなのひと 四

          おんなのひと 三

           第二次世界大戦中、大日本帝国は戦力となる男児が必要であるとして、軍事用の男児製造機を実験的に導入しました。私はその機械に栄養となる粉を水で溶いて流し込む作業をしていました。工場の中には、二百五十三個の青い液体の入った大人の人が一人入りそうな程の大きな筒状の水槽があります。それにはしごをかけて登って、一つの水槽に一日一回栄養の入った液体をバケツ一杯流し込みます。バケツを持って広い倉庫を行き来するのは手が痛かったけど、最初は何もなかった水槽の中に小さな生物が見えて、それが大きく

          おんなのひと 三

          おんなのひと 二

           或る若い夫婦が寒い地方で細々とだが仲良く暮していた。或る日、夫が病気になった。なんでも重い病気で治る方法がないらしい。元々病気がちだった夫は日に日に弱っていって働けなくなった。妻は昼も夜も働くようになった。働きに出ると、若くて綺麗だったから、すぐに金持ちが妻を気に入った。金持ちは太っていて立派な髭をたくわえていた。金持ちは妻に髪飾りを贈って、妻の肩を撫でながらいつでも付けているようにと言った。妻は言われた通りにいつも髪飾りを付けていた。金色に白い花のかわいい髪飾りだった。妻

          おんなのひと 二

          おんなのひと 一

          七月二十四日 だって、あのひとの振るう暴力の奥には何かがあるんです。だから、ただの暴力じゃない筈です。毎晩、毎晩、帰って来ては何が気に入らないのか、私を殴って、体勢の崩れたところをなんども蹴りあげられる。あのひと、私のことほんとうに嫌いなのだと思います。たまに口を開いては出てくる、侮蔑も軽蔑も本物です。だからあのひとが私を愛していないことははっきりと判っているつもりです。でも、きっと何か理由がある。だから暴力や、罵倒から逃げようとは思わない。それに、私は逃げられない。あのひと

          おんなのひと 一

          第十夜

           本を読んでいると、縁側に置いた文鳥がピコピコ鳴いているのが気になってそちらに目をやった。白茶の猫が鳥籠の中の文鳥を捕まえようと手で空を掻いている。文鳥は灰色の体に黒い頭で真っ白な頬をしてピンクの嘴をしていて、体に似つかわしくない長いピンクの指で器用に鳥籠の中を逃げ回っていた。逃げるといっても鳥籠には段違いになるように二本の棒があるだけで逃げようにも逃げ切れないといった感じだが、鳥籠の細い格子に猫の手が入るわけもないので黙って眺めていた。猫は空を掻いたり、たまには格子に爪が引

          第十夜

          第九夜

           テレビ画面に映った死亡の文字に愕然とした。ニュースは友人M君が交通事故で亡くなったことを告げた。一か月もしないうちに高校生になるというところで亡くなったので同級生やその親たちは騒然とした。運転手は飲酒運転だったそうだ。僕はテレビを見て、知り合いの名前がテレビに出ているのをこれまで見たことがなかったので、きっと別の人の名前だろうと信じなかった。信じていない割にちゃんと泣いているのがまたちゃんと嚙み合っていなくて変だった。  亡くなったのが夜だったから、次の次の日に葬儀があっ

          第九夜

          第八夜

           深夜にトイレに行きたくなって目が覚めた。寮で寝泊まりしているので、トイレは部屋を出て突き当りにある。部屋を出て、非常口の緑の明かりを頼りに、両側にある生徒の部屋のドアを5つ通り過ぎてやっとトイレについた。どのドアも開かなくてよかったと思った。トイレの電気をつけ、用を足して、手を洗おうと洗面台に行くと、蛍光灯に虫がたかっていて、何匹か蛍光灯の中で死骸になっていた。トイレを出て、電気を消すとさっきより暗くなったように思えた。廊下の反対側の端にステンドグラスがあり、街灯の光にのっ

          第八夜

          第七夜

           花火大会があるので、そこに行くまでに両側が土手になっている道を浴衣を着て、下駄で歩いている。隣には男がいて、なにかしゃべっている。とにかく愛想笑いだけはうまくなったので、愛想笑いだけはしながら遅れないようについて歩く。帯で締めあげられていて、浴衣は窮屈に感じる、足は鼻緒に擦れて痛い、相槌を除けば言葉なんか永らくしゃべっていない。人魚みたいだなあと思った。人魚の伝説からすると誰か恋しい人がいてその人に会いに来たのだろうけれど、誰か忘れてしまった。ただ誰かに会っていないと泡にな

          第七夜

          第六話

           エプロンを着たせんせいがいそいそと新聞やトイレットペーパーを持ち出して廊下に出ていく後ろ姿が見えた。子供ながらに興味がわいて、水色のクレヨンで雲を描くのをやめてせんせいのあとを追うことにした。廊下の角を曲がったところでせんせいの姿が見えた。せんせいは廊下の隅にいた男の子の前でしゃがんでなにかしているようだった。男の子はびくびくしていた。何をしているのか見ようにも回り込んだらせんせいに見つかってしまう。それだけはまずいので好奇心を抑えて廊下の曲がり角のところで体を隠して見てい

          第六話

          第五夜

           こんな夢を見た。  或る晩に電話が来た。 「もしもし、月がまだなのですが」 「すみませんが、頼んでいただいた記録がないのですが」 「確かに注文しました、急いでください」 ガチャンときっぱり電話が切られた。お客は若い母親のようで、電話越しに赤ん坊の泣き声が聞こえた。頼まれた品物は注文リストに書くことになっているので忘れる筈はない。しかし、あれだけはっきり云われるとこちらの責任もあるような気がして、急いで月を届けなければならないという気になった。倉庫を調べると月が欠品

          第五夜

          第四夜

           こんな夢を見た。  男は会社に行くために駅に来た。地下鉄に乗って、片道30分の道のりを満員電車の中で押し潰されないようにしながら何個か駅をやり過ごし、周りの人の足並みに流されて歩けば会社はすぐのところにある。知っていて、電車に乗ることができない。できないから、大勢の人に押し込まれようとするのを「すいません、すいません…」と言いながら何度も逆流した。誰にもわからないように、電話をとるふりをして、忘れ物を取りに帰るふりをして。もう何本も電車を見送って、電車を待つ人も数人になっ

          第四夜