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第五夜

 こんな夢を見た。

 或る晩に電話が来た。

「もしもし、月がまだなのですが」

「すみませんが、頼んでいただいた記録がないのですが」

「確かに注文しました、急いでください」

ガチャンときっぱり電話が切られた。お客は若い母親のようで、電話越しに赤ん坊の泣き声が聞こえた。頼まれた品物は注文リストに書くことになっているので忘れる筈はない。しかし、あれだけはっきり云われるとこちらの責任もあるような気がして、急いで月を届けなければならないという気になった。倉庫を調べると月が欠品になっていたので、支度をして、買い付けに行くことにした。深夜に小さな船に乗って、月の真下に船を乗り付け、「オーイ、月を頼む」と云うと月に住むウサギが船に月の欠片を投げ入れてくれる。こちらは代わりに地球の欠片を投げる。これは少々コツが要って、いくつか海に落ちたのが聞こえたが、気にせずに投げ続けた。ウサギが手で丸を作ったら、十分という合図である。自分はその足で依頼のあった家へ届けることにした。船着場に船を泊め、日の出と共に出発して、今度は山を越えて依頼のあった家に着いた。その頃にはもう太陽が沈みかけていた。西日で赤くなった玄関を叩くと、赤ん坊を抱いた女の人が出て、「お待ちしておりました」と云った。「こちらが品物です」と月を渡すと女の人はそれを受け取って、すぐに赤ん坊の口元にやった。赤ん坊はぴくりとも動かなかった。しかし女の人は赤ん坊の口に月を含ませて微笑んでいた。玄関口に飾ってあった風車がカラカラと回っていた。自分は間に合わなかったことを悟った。

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