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第七夜

 花火大会があるので、そこに行くまでに両側が土手になっている道を浴衣を着て、下駄で歩いている。隣には男がいて、なにかしゃべっている。とにかく愛想笑いだけはうまくなったので、愛想笑いだけはしながら遅れないようについて歩く。帯で締めあげられていて、浴衣は窮屈に感じる、足は鼻緒に擦れて痛い、相槌を除けば言葉なんか永らくしゃべっていない。人魚みたいだなあと思った。人魚の伝説からすると誰か恋しい人がいてその人に会いに来たのだろうけれど、誰か忘れてしまった。ただ誰かに会っていないと泡になったしまう恐れがあって、とにかく予定のない日を埋めることには神経を使っていた。そういう日なのだ、今日も。そんなことをぼんやりと考えていた。そうやってしばらく男と話しながら歩いていると禿の人とすれ違った、そうすると横にいた男が笑い出したので、「それはよくないわ」と軽く諭すように言った。「最近人と会わないから感情がおかしくてね」と男は笑って、私を土手に突き落とした。頭を打って首が痛い、吐きそうだ。周りの人が何事かと集まってくるのが横目に見えた。川の湿ったにおいがした。足をすくわれた。泡にもなれなかった。

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