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おんなのひと 六

 私は真夜中の雪の中を、必死に探した。自分の悲しみを探した。しかしもう悲しみなんてなかった。あるのは自分への憐憫と底無しの不条理だった。不条理なんて私が思うのはおかしいけど。だって私が殺したのだから。どうやってやったかは忘れてしまったし、どうして、とは何度も思ったけど、わからない。でも私が悪いんだ。あなたが死んだのは私のせい。だから死んでお詫びをしなきゃいけないのに、どうしても死ねない。むしろ生きている方が地獄なのに、死ぬことができない。もう、あなたの思い出は擦れてしまって、正しく思い出すことができない。それも最低だ。夜には毎日こうやって泣きながら、もっと苦しめるように祈るけど、日中は平然と生活している。狂っている。死にたいなんて願いながらこんなに着込んで、馬鹿なんだろうか。
 私は疲れ果てて交番のお巡りさんに話した。私があの人を殺しました、と。でもお巡りさんは首を傾げて、「その人ならそこの道でおやじの飲酒運転で轢かれて死んだよ」と言った。「そんなはずはありません」と言ってから、そうかもしれない、そうだ。と思った。あなたは、そうやって、車に轢かれて亡くなった。それはずっと前から知っていた。テレビもニュースも知り合いもそうやって言っていた。
 あなたが轢かれて死んだ日に、私は何もしていなかった。何も知らないで遠くに遊びに行っていた。それできっと亡くなった時間、笑っていた。それだけだった。だから私は、もうあなたの顔を思い出せない。あなたの声は何度も再生しすぎて、もう擦り切れてゆがんでしまった。罪も罰も私には与えられない。なにもないことほど、哀しいことがあるのでしょうか。

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