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永遠の我々②

《遠い記憶と別の我々》

 遠い記憶が蘇った。水面に広がり散らばった我々は一定の間隔を保って、緩やかな波の上を漂っていた。
無数にいる我々は自然の摂理によって、一部は別の生き物の食べ物になり、一部は次の世代に向けて繁殖し続けていた。
そこで起きる細かなことは、長きにわたって同様に繰り返され、何事もないかのごとく我々は我々のままでいた。

ある時代に、徐々に水面の温度が上がり、それはほんの僅かなのだが、それによって無数の我々の繁殖スピードは少しだけ早まり、無限に広がっていると思われた水面の限界までたどり着き、ドロドロした我々の身体は折り返され、幾重にも重なりあい、一部は水面に身体を出せなくなり、そうした個体は腐っていった。

腐った仲間を好む生き物もいたらしく、それらは増え、水面下の我々はすっかり捕食され、残った我々は水面を伸びやかに薄く広がり、元の状態に戻っていった。
しかし、腐った仲間が減るとともに、それを好んだ生き物も減っていき、我々は増殖し続け折り重なり、厚みをもって密集し、水面下の仲間は腐り、シーソーゲームのように長い年月をかけて、そうした増減を繰り返していた。

こうした水面を漂っていた記憶が、今回のような個体が選別される現象につながっているのか、ルーツを辿る思い出が繰り返された。
そこには、私はいなかった。我々しかいなかった。

***

 別の共感が我々を駆け抜け、遠くにいる別の我々の意識が降りてきた。

 そこで、我々は時間を感じることもなく、生きている自覚もなかった。ここでは、先の我々と同様に個体ごとの区画があったが、赤い光や青い光が発することはなかった。光る間隔が長いためか、光が遠すぎるためか、何も見えなかった。

 ふと気が付いた。ここは、先の我々とつながる広大な地ではあるが、何か別のことに使われている場所なのかもしれなかった。
上下の選別は、あるエリアで起きており、ここでは起きていなかった。いつか起きるのか、それともこの平穏が継続していくのか。

***

 はるか遠くで青いような光を感じた。
 近くに長い壁の裂け目がちらりと見えた。深淵な地中の果てのように思えた。その記憶は長らく横たわっていた。

 あるとき、切り裂かれたような瞼を感じた。
突然、その果てしなく長い裂け目が広がり、恐ろしいほどの光が我々全体を照らし、もっともその裂け目の近くにいた個体は瞬時に蒸発した。

 蒸発した列に隣り合う数十列ほどの個体は、裂け目に近いものから順番に沸騰し、破裂し、蒸気になり、床に茶色の模様をつけて消えて行った。

 我々は一気に怒涛のように警戒した。
 裂け目はすぐに閉じられ、その奥に何があるかは知れなかったが、計り知れない世界がありそうだった。

 我々はその裂け目が再び開くのを恐れた。蒸発した個体の列付近は、中が煮えたぎり、既に生き残ってはいなかった。
しばらくすると皮は緩み、しょぼくれて平べったくなり、隣の区画まで広がり、火傷跡から体液を流していた。

 裂け目が開いたときに見えた、とてつもなく多くの整然と並ぶ我々の姿が目に焼き付いていた。

***

 右隣の個体が赤い光とピッ!という音とともに床下に落ちた。
我々の意識が、別の我々から元の我々に戻った。

 近くで感じる赤い光は少し暖かい気がした。下の階の床は近いのか、個体がつぶれるような音もせず、我々の大きさに近いような天井の高さなのかもしれなった。であれば、天井に吸い上げられる方が怖いのかもしれなかった。
 床下に落ちれば、そこを安住の地にしてもいいという、ゲームの規則なのかもしれなかった。

 暖かい光のせいで急に眠くなってきた。これまで落ちていった連中の位置を反芻しながら、あれほど戦慄したのはなんだったのだろうと思った。むしろ天井に吸い込まれていったものらこそ、歪んだり潰れたり破裂したり、残酷な目にあっているのかもしれなかった。

永遠の我々①《運命の選別》 
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