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脚本家が書いたショートドラマ『壁や植物が返事し出したらすぐ連絡して下さい』

<304号室>

不動産会社に勤める林田圭亮と、最近webライターとして独立した生明マキ。生明は『あざみ』と読む。

ふたりは付き合って1年。半同棲状態である。

ギターを練習している圭亮。なにやら気合が入っている。

圭亮は「プロポーズ」に向かって着々と準備を進めていた。

その夜、圭亮は一緒に暮らしているマキの部屋で、プロポーズした。
何気ない会話の中で、自然と口にしたのだ。

「マキ」
「うん?」
「林田マキに、なってくれませんか?」
「……」

───決まった。不意打ちのプロポーズに、マキも驚いている。
婚約指輪を模した、ビッグサイズの婚約「腕輪」をプレゼントする圭亮。

「ちゃんとした指輪は今度、一緒に買いに行こう」
「……」

あれ、笑ってくれない。
腕輪は笑うとこだぞ? なんでだ?
やっぱり指輪用意するべきだった?
ここでネタに走るのはよくなかったのか?
いややっぱり夜景の見えるレストランとかがよかったの?
記念日とか誕生日のがよかった? 
何が悪かったんだ!!!!!!??????

一瞬にして圭亮の頭を不安が埋め尽くす。

「───林田マキになって、って、何?」
「え?」
「なんであたしが、林田になる前提なの?」
「え……」
「圭ちゃんが生明になるって選択肢だってあるよね?」
「いやでも、普通は……」
「普通ってなに」
「……」
「お互いに名字を変えなくても結婚できる方法だってあるんだよ、わかるよね事実婚」
「(よくわからないが)うん」
「林田マキになってくれませんかって……」
「え、あのさ、じゃあ、俺が生明になってもいいよ」
「……」
「マキがそんなに生明姓にこだわるなら……」
「!? こだわりとかそういうのじゃないから」
「?? いやでも珍しい名字だし変えたくないのかなって」
「こだわりとか変えたくないとかじゃないの! 圭ちゃんが、私に確かめもせずに、そういう前提で言ってきたのが悲しいの!!」
「…………」

重たい沈黙。

「……マキってそっちの人、だったんだね」
「……え?」

「…俺はマキと普通に結婚したかった」
「……普通って、何?」
「こうやって普通にプロポーズして、普通に喜んでくれる女の子と結婚したかった」
「…………私は私のまま、結婚したかった」

×     ×     ×

ほどなくして、圭亮は自分のマンションに戻った。
緊急事態宣言が発令されたこともあって、距離を置くまでもなく二人は、自然と会わなくなっていった。

圭亮の荷物がなくなり、ガランとした部屋のなかに、マキがひとり。
二人がけのソファに腰掛ける。

「…………」

×     ×     ×

一ヶ月ほど経っただろうか。

マキは、マンションの下の住人に頭を下げている。
「本当に、申し訳ございませんでした……」
「いえいえ、それじゃあ……また」
「(ペコリと頭をさげて)また」

マキの部屋から下の部屋へ水漏れが発生してしまったのだ。
業者の工事を終え、部屋に戻ったマキは圭亮にメッセージを送った。

「会いたい」

返事はない。

「オンラインでもいい。話したい」

と、圭亮からの返信。

「今向かってる」
「え!?」

×     ×     ×

圭亮がやって来た。
ギターをかついで。

「色々、本とか……ネットの記事とか、読んだ」
「……」
「わかったことも、よくわかんなかったこともあった」
「……」
「けど、俺は結婚したい」
「……」
「生明マキさんと、家族になりたい」

圭亮は、ギターをかき鳴らして自作の曲を歌い出す。
マキにはちょっとバカにされていた音楽活動。
近所迷惑も顧みず、歌おうとする圭亮。

「ちょ……ちょっと……やめてよ!」
「やめないよ。俺は俺のままで結婚したいから」

歌い出す圭亮。

陳腐な歌詞に陳腐なメロディー。
二人は家族になることを決めた。

*  *  *
<204号室>

「───お前さ、外とか会社でオネエ言葉使うのやめろよ」

和也と倫太郎は、もう1年ほどこの部屋で同居している。
同じ会社に勤める二人は、実は恋人同士だ。

和也は倫太郎に、ここ最近気になっていたことを指摘したのだ。

「……別に、わざわざ意識する方がおかしいじゃん」
「聞いてて気分悪い」
「和也は隠してるけど、俺は隠してないもん」
「隠す隠さないとかはいいんだよ、個人の自由だろ。そのステレオタイプな振る舞いをやめてくれって言ってんの」
「別にそれだってこっちの自由でしょ」
「女子の相談とか乗ってアドバイスとかしてさ、お前そういうタイプじゃなかったじゃん」
「……だって、その方がわかりやすいじゃん」
「は?」
「その方がわかってもらいやすいんだよ!」
「わかってもらってるって言わないだろそれは」
「なんでそんな小さいことこだわるの? 方言みたいなもんじゃん私たちにとっては」
「括るな。俺は違う。てか私とか言うないつも言わないくせに」
「その方が生きやすいんだよ!」
「……」
「……和也はさ、何で言わないの?」
「え?」
「俺と付き合ってんの、何で言わないの?」
「だって俺ら会社一緒だし、面倒だろ影で色々言われんの」
「そんなのほっとけばいいじゃん。堂々としてりゃいいじゃん」
「……」
「和也は恥ずかしいの? 俺といるの」
「そんなんじゃ……」
「じゃあ何で隠すんだよ! もうそんな時代じゃないじゃん!」
「その方が生きやすいんだよ!」
「……」
「そっか」
「……」
「……ごめん。生きづらくして」

最小限の荷物だけ持って家を出た倫太郎。
ウィークリーマンションに住むという。
会社では顔を合わせるが、目も合わせない二人。

帰り道、倫太郎にメッセージを送る和也。
「メシいかん?」
待てど暮らせど、返事はない。
「……」

一人、帰宅する和也。
玄関を開けると、ポタ、ポタ、と水の落ちる音がする。

「……ん?」

×     ×     ×

こんなときに、上の部屋からの水漏れ。
業者の作業中、上の304号室に住んでいる生明マキは平謝りしていた。

「このたびはほんとに、すみません」
「いえ、仕方ないですから……」
頭を上げないマキ。
「あの……本当に大丈夫ですから……」
マキ、微かに震えている。
「うう……うええええええええ」
突然泣き出すマキ。
「(え!?) えええっと、え? 生明さん!?」
「すびませんうええええええ」
「…………」

×     ×     ×

マキの部屋。なぜか和也がマキに麦茶を出す。
「すみません」
「いえ……(鼻水を拭きながら)さいあくです、知らない人の前で、こんな」
「大丈夫です、なんか、あれですね、しんどかったですね」
「さんざん後悔したけど、曲げられなかったんです。自分を」
「……」
「曲げるとか曲げないとかじゃなくて、もっと話し合えばよかった。押し付けるんじゃなくて、私はこう思ってるって、いつも伝えてればよかった……」
「……」
「プロポーズ。よく考えたらおかしいですよね、結婚したいなら、待ってないで私から言ったってよかったのに。男だからって相手に言わせて、ちょっとズレてたからって文句言って」
「……」
「すいませんほんと」
「……俺も、あんな言い方しなくても、伝わったのに」
「……?」
「すいません、電話してもいいですか」
「え? あ、はい」
「すいません、俺、今から、プロポーズしますので」
「は!?」
「生明さん、俺のプロポーズうまくいったら、生明さんも! してください!」
「……はい!?」
「ちょっと、お待ち下さい」

倫太郎に電話をかける和也。
電話に出る倫太郎。

「何? どうしたの」
「結婚しよう」
「……は?」
「結婚しよう、倫太郎」
「今さら何言って……」
「俺は……病める時も健やかなる時も時も水漏れの時もお前といたい、いる。結婚する。決めたから」
「……水漏れ?」

二人を見届けているマキ。

×     ×     ×

「すいません、変なもの見せて」
「いえ、うまくいってよかったです」
「……がんばってみます」
「……がんばってください」
「本当に、申し訳ございませんでした……」
「いえいえ、それじゃあ……また」
「(ペコリと頭をさげて)また」

304号室に戻っていくマキ。

その夜、下の部屋、203号室で上の階から聞こえてくる歌を聞いている和也。

ポツリと

「おめでとうございます」

<305号室>

「───長引く外出禁止の結果、壁や植物に向かって喋る行為は正常であり、相談に来る事はない。そのかわり、壁や植物が返事し出したらすぐ連絡して下さい。」


305号室に暮らしている、優と若菜。
二人で頭金を出し合い、この部屋を購入して約1年だ。
9月には結婚式を予定している。

緊急事態宣言後からリモートワークになった二人は、室内で一緒に過ごすことが増えた。
そんな中でも、時には小さなことで喧嘩しつつ、折り合いをつけながらやってきた。やってきたつもりだった。

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