ドライブのワクワクはアメリカが教えてくれた
Netflixを解約してからお世話になっているのがNHKBSシネマ。
古すぎてモノクロのものから、若かりし頃にときめいたラブロマンスものまでわんさか放送されている。
興味がなくてもとりあえず見てみると思わぬ名作に出会えるのもうれしい。
今回みた映画は「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」
一流シェフが一流レストランにハンティングされるも自分が作りたいものが作れずパワーブロガーにボロカスにかかれ、プライドも名声もずたぼろ。
再就職先も見つからず、始めたのがフードトラック。
といった内容の映画なのだが、内容うんうんではなく、フードトラックをドライブしながらアメリカを横断しているシーンがとてつもなく心惹かれた映画だった。
アメリカ横断ウルトラクイズで憧れたアメリカンロード
荒野にまっすぐ伸びる道をバカでかいフードトラックが爆走するシーン。
これぞザ・アメリカで見ているだけでわくわくする。
なぜ、わくわくするかというと、小学生のとき秋になるとものすごく楽しみにしていたアメリカ横断ウルトラクイズがきっかけ。
第何回かわからないが、
押しボタンを乗せた車を追っかけながらクイズに答える意味不明なシチュエーション
そもそもこんな道の真ん中でクイズなんてしていいのかという疑問
何より見たこともない惑星のような光景が続くシュールさ。
いつかあの場所に行ってみたいと思った矢先、大好きなバックトゥーザフューチャーを見ているとモニュメントバレーの奇岩をぬう道に目が釘付けに。さらにフォレストガンプをみてノックダウン。
いつかいつかアメリカのあの道に行きたいと恋焦がれるようになった。
アメリカ横断ウルトラクイズに出たいと思わないあたり、自分の無知さを認識しているところがエライ!
海外=アメリカと植え付けられたがゆえ、初めて行った海外はアメリカ。
サンディエゴ大学の友人たちと車でグランドキャニオン行った時の感動は今でも忘れられない!
この時は初めてのアメリカで、国際免許証も持参せず、しかも友人の車がマニュアルというハードルの高さからちょろっと体験程度に運転させてもらったくらいで、ドライブしたぜ!と自慢できる代物ではなかった。
いつかいつかと思いつつ、結局、アムトラック(全米鉄道)で横断したりとなかなか機会を得られなかった。
が、なんだかんだ先伸ばしているともっとビビッて運転できなくなるに違いない!と思い立ち、ラスベガスからグランドキャニオン、モニュメントバレー、そしてあのルート66をドライブするぞと勢いでいってきた旅程がこれ
リンクを貼って久しぶりに読んだら、レンタカーを借りる編で終わっている。これを機会にこのドライブ旅を振り返るべく、続きを書くことを決意したので、お楽しみに(←と自分に言い聞かせる)
何を言いたいかというと、アメリカの大自然がやっぱりすごかったことよりも、ドライブがとにかく楽しすぎたことだ。
車の運転とは、田舎に住んでいるとしなければいけないもので、別に楽しいわけではない。まだまだ運転したい!楽しすぎる!という感情を始めて抱いたのがアメリカンロードだった。
免許を取得した理由
そもそも免許を取った理由は
みんなが18歳になると取るもの
という同調、まったくもって日本人らしい理由から。
車を運転したい、もしくは運転する必要があるというわけでもなく、さらにいえば、身分証明書になるかもしれないというどーしようもない理由。
そんなどーしようもない理由のために、免許取得に必要だった30万くらいだろうか、それをイオンのパートでためたお金を出してくれた母親には感謝の気持ちでいっぱいである。
しかも、免許を取得したくせに、車の運転は男がやるべきというジェンダー平等とは程遠い考えを持っていた。
いや違う。高校時代、大学生の彼氏を車で校門に迎えにこさせていた女子に対するあこがれともいうべきか。
とにかく助手席に座ることに憧れを抱いていたのだ。
ということは、車の運転は男がせねばならないことになる。
20~30代くらいは必要に迫られないと、ほぼ運転せず実家に帰省すれば、お父さんが、東京にいるときは弟に運転してもらい、もちろん彼氏がいるときは彼氏が運転するのが当然とばかりに助手席でふんぞりかえり
「わたし、ペーパードライバーなの~」
と言っていた。
お父さんが助手席で寝ていた
時は過ぎ、両親もそろそろ免許を返納したらどうなの?と心配する年齢になってきた。
若いころは私が運転すると、助手席の上にある手すりのようなものをぎゅっと握り
「お前が運転しているときは寝ないし、ちゃんとボディーガードせねば」
なんていっていたお父さん。
先日、両親を連れて温泉にいき、1時間半かけて自宅に戻ったとき。
後部座席のお母さんが寝るのはいつものことだが、お父さんが頭を垂れて寝ていた。
あ~、お父さんも年を取ったんだな。
今までは車でいろいろ連れて行ってもらったけど、今度はわたしが連れて行かないといけないんだなとしみじみ感じた。
とはいえ、これも必要に迫られて運転するのであって別に楽しいといった感情はない。
お出掛けすることを喜ぶ両親の顔を見るのは幸せだが、だからといって楽しいかといえばそうではない。
ウィンカー必要なし!道は続くよどこまでも
仕方がないから運転をしていたのだが、アメリカでドライブに対する感情が一変した。
最初は、右側通行と左側の通行、右ハンドル、左ハンドルの違いにビビっていたが、ハンドル握れば、そんな不安もどこへやら。
なんとかなるもんである。
ラスベガスの街中は光と車の洪水で日本の渋滞のような感じだったが、少し走るとすぐに憧れの荒野に出た。
あれ?いつのまにハイウェイに乗りました?と勘違いするほど、信号がない。そしてどこまでも続くまっすぐな道。
まっすぐで視界良好なのに、前も後ろも車が見当たらず、映画撮影のために道路を封鎖しているかのよう。
赤茶けた大地にごつごつとした岩山が続く風景がどこかの惑星のような雰囲気。日本の高速道路でも100kmしか出さないのに、自然と140km出てたのに驚く。
曲がり角もないし、信号もないから、ブレーキもふまずウィンカーも使うことがない。
ただただアクセルを踏み続ける。
日本の高速道路のように味気ない風景だったら飽きるだろうが、惑星のような異世界に身を置いてることにドキドキするし、映画の中でみた世界を独り占めしている感覚がたまらない。
このアメリカドライブを経験してから、やたらと運転するようになった。
それも自然の中を走る、たとえば長野のビーナスラインとか秋田でいえば八幡平のアスピーテラインといった大自然をダイナミックに走れる道に出かけるようになった。
助手席でもドライブの楽しさは体感できる。
でも、ハンドルを握って自分でアクセルを踏むことで感じる、走る感覚。
また走りたくなってきた。
アメリカのあのエンドレスロードを。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?