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がん闘病青年の強さに触れた

今、彼が好きだったバンドSUPER BEAVERの音楽をおもい浮かべる。私が彼に会う口実に名古屋ライブにいくため予習で覚えようと購入したアルバムが視界に入る。 ツイッター@0430kuroクロさんについて、今から書いていきたい。わたしは彼に一度しか会ったことがない。でも、確かに私の目の前でキラキラ笑っていた、今は亡き青年。私の気持ちの整理のためも含め、ご家族にお願いして執筆させていただいている。私の無理なお願いに、ご家族は、本人はきっと了承するはずですと、メッセージをくださ

    • 社会福祉⑤

      あれは、私がケアマネジャーの資格を取得した一年目。 確か、27歳だったかな。 私はケアマネジャーとしてではなく、支援センターのソーシャルワーカーとして、67歳の末期癌の男性家族に関わった。肺がんの末期で、モルヒネを机に置いていたイメージがある。 名前は赤川さん。もちろん、偽名だ。 赤川さんは、次男さんと二人ですごしていた。長男さんは家をでており、次男さんは、救急救命士という立派な専門学校に、20歳後半でかよわれていた。 ふと、奥さんのことが気になったが、あまり話題にでない

      • こちら精神科相談室です③

        時計は早くも、昼過ぎをしめす。 大森主任も、南相談員も、相談室にもどり、午前中の記録をかきながら、病棟などと内線しながら、連携を図っていた。 そろそろ、休憩にしましょうか。大森の声を待ってました、とばかりに、南は、机の引き出しから、コンビニ弁当をだす。 幸子は、横目で、小姑みたいなことを言う、いつもの、太陽の光が入る相談課。 「コンビニ弁当ばっかりじゃん、いつか、体こわすよ。たまには、彼女の手作り弁当とかさー」 いつもここで、あえて、話をとめる幸子。 南は、無愛想に

        • 社会福祉④

          中里くん。 もちろん、本名ではない。 ここでは、中里くん、にして、出会いをかきたい。 わたしは、20代の前半、地域のゴミ屋敷や、地域の福祉を担当していた、今でいう、包括支援センター、その前段階、在宅支援センター、ちなみに、在宅支援センターは、いまでもある。 そのころは、ある市からの委託で、予算てきにも、病院併設の老人保健施設の在宅介護支援センターの専属職員は私だけだった。 ある日、電話が鳴った。 わたしが担当している地域の民生委員の方からだった。 町内の、ある男性、

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        がん闘病青年の強さに触れた

          こちら精神科相談室です②

          南は、青色のスニーカーで、スーツにはあまり似合わない格好をしている、時々、ナースステーションでは、青色のスニーカーの人、などと言われるくらい南相談員のトレードマークだ。 南にも、こだわりがあるらしく、院内を走ることはダメだが、急ぐ時はスニーカーが丁度いいと、彼なりの仕事へのポリシーが隠れていた。 えーっと、西病棟、2階、、 カルテをみながら、足早に階段をかけあがる。 おはよう御座います、 南のあまりにも元気のいい声に、一瞬、ナースステーションの看護師たちは、彼にきづいた

          こちら精神科相談室です②

          こちら精神科相談室です①

          大きな道路から、一つ道がそれた山の麓に、それは建っている。遠くからみれば、何かの古いリゾート旅館にでもみえるかもしれない。いや、そんなことはないよな、要らぬ思考を巡らせて、車を走らせる。思うよりも早く、職員駐車場についた。少し暑くなってきた気候に、照らされながら、気分を仕事モードにするべく持参したペットボトルのお茶を喉にくぐらす。 さて、そういうと車をおり、大きく病院名前が記載されている入り口をくぐり、院内でも片隅においやられているようにみえる木製のギシギシ音のなるドアをあ

          こちら精神科相談室です①

          自分から苦しみにいく辛さ

          まさか、自分から、苦しみたいとおもうなんてない。と、皆はゆう。 だって、みんな苦しいことが嫌じゃない。そんなこと、分かり切っている、なんて簡単にいう。 つくづく、浅いな、なんて思う。 苦しみたくて、苦しみをつかむのではない。 苦しむことでしか、生きる、を実感できない人間がいるということ。 この部分だけみると、 苦しむ、と、生きる、は、真逆に持っていきたいはずなのに、どうして?と疑問をぶつけられることも多い。 でも、確かに、存在する、人たち。 苦しみ、の、先に、 苦

          自分から苦しみにいく辛さ

          隙間の埋め方がわからない

          心理的な、話かな。 特に、白か黒が得意なひと。 曖昧さが苦手なひと。 衝動性が優位なタイプ。 などなど、なにも、弱みや弱さを書きたい訳じゃなく、大切な視点、強みの一面も必ずあることを、念頭に、かいていきたい。 隙間の埋め方の難しさ。 かなり昔、窃盗壁がとめられない少女にあった。彼女は、もちろん、盗むことは、いけないことだとわかっている。でも、やめられない。周りは理解にくるしむ。 本人の努力が足りないんじゃないか、なんていう。本人だって、辛い。 彼女が、いつも窃盗をして

          隙間の埋め方がわからない

          優しさの中で人は逝く

          わたしが、おもっている極論。 医療、でも、 お金、でも、 名誉、でも、 肩書き、でもなく、 最期に囲まれるもの。 それは、 目にみえる 人の優しさ、や、 一見、孤独死に、扱われる死でも、 記憶、という、 あたたかい、人との交わりがある。 そんな、 優しさ、 優しさ、に、囲まれて、人は逝く。 わたしは、 わたしが、長年人に介入してきて、 人生に、介入してきて、 わたしは、そう思えてならない。 苦しみ、も 悔しさ、も 突然死、も 死、に付随する いろい

          優しさの中で人は逝く

          人への期待は80%

          大切で、 信頼してる相手にこそ、 最近思うのが、 信頼する「値」は、80%設定が大切ということ 大事だから、 いろいろ知っているから、 わかってくれるから、 好きだから、 嫌われたくないから、 だからこそ、 好きをつづけるために 100%は無いと、 しらなきゃならないなと、おもう。 どんなに信頼してる人にも、 その人の感情があり、 背景があり、 気分がある。 だから、 わかってくれるだろう、とか、 反応してくれるだろう、とか、 つきあいは長いんだから、とか、 あ

          人への期待は80%

          自分の中に生きる

          福祉について書こうと思っていたが、やめた。 ふと、自分と生きる、ではなく、 自分の中に、生きる、を思った。 だった一文字の違いだし、 何が違うのかもわからないが、 自分と生きる、ではなく、 自分の中に生きる、に強くひかれた。 自分と、生きていく。のは、なんとなくイメージしやすい。自分と手をつないで、なんか共存というか、共に、みたいな感じがする。 より、深いもの。 より、深淵。 人生を、自分舞台にとらえて、 どんな人生場面とも どんな感情とも どんなシーンとも

          自分の中に生きる

          何者にでもなれる?

          がんばれば、前にいけると思ってた。 がんばれば、前をみれば、前の景色が今より広がると思ってきた。 間違っていないかもしれないが。 はたして、何かにならないといけないのだろうか。 そんな根底が動く。ギシギシと。 何者にもならず、我が道を、我がと共に生きれたら、 大したことはできないが、小さな幸せをみつけ、感謝をし、日常を丁寧にいきれたら、 そんな、タンポポみたいな、何者があってもいい。 そんな。足元にある草みたいな、何者があってもいい。 立派な木や、歴史に残るよう

          何者にでもなれる?

          社会福祉③

          あれは、いつ頃だったかな。 まだ、社会福祉士になって五年以内だったとおもう。 黒い傘 ヘッダーの絵柄も、タイトルを考えながら選ばせていただいた。ご縁に感謝したい。 黒い傘、を彼女は、若い彼女は、晴れの日も雨の日も、曇りの日も、いつどきも、さすようになった。 いまはもう、お母さんになってるだろうか、いや、キャリアウーマンかな、いや、平凡な時間を過ごしていてほしい、苦労したのだから。苦労、じゃないかな、辛い思いを思春期にしたのだから。 幸せ、なんてカテゴリーは、よくわか

          社会福祉③

          社会福祉②

          あれは、わたしが医療系のデイケアで、現場と相談員をしていた20代初期。だった、と記憶している。 記憶は、曖昧だ。いらぬことには鮮明なのにな 私は、在宅支援の窓口。 一方、やり手の、40代前半の元ナースは入所の相談員。どこからどこをみても、キャリアも人生経験の幅も、スキルも、私なんか比べものにならない。どっしりと構え、少しのことては翻弄されない。さすがだ、人間的にも優しい。勝負ではないものの、、若さもあり、わたしは、私は福祉を学んできたという、今から思えばただそれだけの、と

          社会福祉②

          認知症

          ふと、この繁華街の写真をみたとき、思い出すのは、認知症を患った方が、県外をまたぎ、大阪の繁華街に紛れ込んで、おどおどと不安な様子をみせていた、あの日。 私は、不思議と、仕事ではなく、本当にプライベートな時間だのに、いわゆる、徘徊、という認知症の核の部分の障害ではなく、周辺症状により、困ってしまう結果となる行動で、不安そうな高齢者に出会うことがある。 別に意識している訳でも、じろじろみている訳でもない。わたしは、どちらかというと、根暗だし、俯くか、一点をみつめてがむしゃらに

          認知症

          ロストケア

          不眠とも友達だ。 朝というか、夜というか、わからない。 あいだっこ。 嫌いじゃない。空気が澄み切って、生まれるようで、でも冷たくて、死んでいくようで。。 嫌いじゃない。 自分の歩んできた福祉をかくつもりが、天邪鬼だから、早速寄り道。わたしらしい。まっすぐすすめない。 「ロストケア」 テレビでも宣伝している映画。背景は介護。 福祉だ。いわゆる、生きる、だ。それぞれのオリジナルの「生きる」が問われる作品だろう。 文字をよむ。なぞる。 ロスト、失う。 ことを、 ケア

          ロストケア