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アランニットが生まれた島のこと/アランニット制作日記 1月前編

 YUKI FUJISAWAの“記憶の中のセーター”は、ヴィンテージのアランニットに染めと箔を施し、あらたなひかりをあてる。アランニットの「アラン」とは、小さな島々につけられた名だ。ゆきさんがアイルランドの西岸に浮かぶアラン諸島を訪れたのは、2014年の冬のことだった。

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「その頃にはもう、アランニットを扱うようになって3年近く経っていたんですけど、このニットを見ているだけでは知り得ないことを知りたくなったんです。どんなところで、どんな人が編んでいたのか、って。自分は手で作っているからこそ、憶測で作るのは絶対よくないと思っているから、アラン諸島に行って確かめようと思ったんです」

 ゆきさんが扱うニットも、誰かの手仕事で編まれたものだ。そこに染めや箔を施す過程も手で行っているからこそ、手触りを知りたかったのだとゆきさんは振り返る。

「私はなかなか人に仕事をアウトソーシングできないんですけど、それは人を信用してないってことではなくて、現場にヒントがあったり発見があったりすると思っているんですよね。アラン諸島に行くことで、自分が今やっていること以外のことがわかるんじゃないかと思って、思い切ってアラン諸島に行ってみたんです」

 成田空港からドバイを経由し、にたどり着く頃には20時間が経過していた。ゆきさんはまず、アラン諸島に渡るまえに、港町のゴールウェイにあるニットのお店に足を運んだ。

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壁一面に手編みのアランニットがうず高く積み上げられている。店主の後ろには古い写真や表彰された新聞の切り抜きなど。1938年に仕立て屋として開業

「そこは『オモーリャ(O'Maille)』というアランニット界では古くからある有名なお店で、そこのおばあちゃん店主のanneさんはアランニットの本にもよく出てくる方なんです。その方はアラン諸島のニッターさん――ニットを編む人をそう呼ぶんですけど――を束ねている方でもあるんですね。そこに私は“記憶の中のセーター”を何着か持って行って、『私はこういうものを作っているんだけど、実際にニットを編んでる人に会いたいと思ってきたんです』と相談したんです」

 ゆきさんはアイルランドにつてがあったわけではなく、飛行機の中では不安に駆られていた。イギリスに短期留学していたことはあるけれど、しばらく使わないうちに、英語もあまりしゃべれなくなっているような気がした。「ニットを編んでる人に会えたらいいな」と淡い期待を抱きつつ訪れた「オモーリャ」で、店主はゆきさんを温かく出迎えてくれた。

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左:実際に着ていったYUKI FUJISAWAのニット。 右:ヴィンテージのタグと編模様を見て、同じ人が編んだニットを出してくれた。それぞれの編み手が独自の編み柄で編んでいるため、誰が編んだものかが区別できる

「私が着ている記憶の中のセーターを見て、おばあちゃん店主の方がすごく喜んでくれたんです。店の地下からいろんなニットを出してくれて、『これは何とかさんが編んだやつ』、『これは何年ごろに作られたやつ』って、ひとつひとつ親切に教えてくれました。それだけじゃなくて、電話番号と名前を書いたメモをくれて、『まずはこの人とこの人に会いに行くといいよ』と話してくれたんです」

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左上:お店の中でも資料として取ってある特に古いアランニット。 右:手紡ぎの糸で編まれており、機械では作り出せない不揃いな編み地が愛おしい

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anneが持たせてくれたニッターさんの名前のメモと電話番号。アポイントもなく本当に会えるのか不安だったが杞憂に終わる。3つの島を合わせても人口は1000人ほど。島に住む人々はみんな知り合い!

 メモを手に、ロザヴィール港からアラン諸島を目指す。40分ほどでたどり着いたのは、アラン諸島のひとつ・イニッシュモア島だ。夏には観光客も訪れるが、冬は自然環境が厳しく、ほかに旅行者の姿は見かけなかった。

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「波がごおごおで、風もすごくて、ほんとに寒かったです」とゆきさんは振り返る。

「島には風を遮るものがないから、風除けのための石があるんです。ある文献によると、島は岩盤に覆われて菜園をするための土がなかったから、ハンマーで岩を砕いて藻を混ぜて、野菜を育てるための土を作ったそうです。その大事な土が風で飛ばされないよう、土地を固定するために石を手作業で積み上げて。その石垣が、海沿いにずーっと続いてるんです。その厳しい風景はこの島ならではと思いましたね」

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遠くに見える格子状になった畑の区画は、すべて積まれた石で作られたもの。こうした石垣で仕切られた畑は「Trellis(トレリス)」といい、この形を模した網目模様もある

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【アランニット制作日記 1月後編】 へ続く

words by 橋本倫史

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