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【開催記録】『敵とのコラボレーション』読書会:いかに私たちはネガティブ・ケイパビリティを発揮できるか?

今回は、アダム・カヘン著『敵とのコラボレーション―賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法』を扱った読書会の開催記録です。


今回の読書会開催のきっかけ

今回、本書を扱う読書会を企画したきっかけは、ソース原理(Source Principle)という人の創造性に関する知見について探求・実践していたことが直接のきっかけです。

ソース原理(Source Principle)とは、イギリス人経営コンサルタント、コーチであるピーター・カーニック氏(Peter Koenig)によって提唱された、人の創造性の源泉、創造性の源泉に伴う権威影響力創造的なコラボレーションに関する洞察を体系化した知見です。

2019年の来日時、『ティール組織』著者フレデリック・ラルー氏(Frederic Laloux)によって組織、経営、リーダーシップの分野で紹介されたことが契機となって初めて知られることとなったソース原理(Source Principle)。

このソース原理について初めて日本に初めて紹介した『すべては1人からすべては1人から始まる―ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』は、日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門に入賞するなど大きな注目を集めました。

私は縁があって邦訳前に原著の『Work with Source』と著者のトムに出逢うことができ、このソース原理(Source Principle)というアイデアはその後の私の人生を大きく変えました。

あるアイデアの実現に向けて動き始める際に感じる「自分が無防備になるリスク」を感じつつ、最初の一歩を踏み出して行動する個人』を『すべては1人から始まる』ではソースと呼びますが、このソースとして活動していく中で重要に感じられた要素の一つが『敵とのコラボレーション』でした。

自分の思い描いたアイデアを実現しようとする、それも、より大きな規模や範囲に影響を及ぼすものに取り組みたいと思った時、アダム・カヘン氏の言う『賛同できない人、好きではない人、信頼できない人』とも時に協働する必要が出てきます。

そんな時に改めて探求しようと思ったのが今回、読書会で取り上げる『敵とのコラボレーション(原題:Collaborating with the enemy)』でした。

アダム・カヘン氏について

アダム・カヘン氏のこれまでの歩み

アダム・カヘン氏(Adam Kahane)は現在、人々が最も重要かつ困難な問題に対して共に前に進むことを支援する国際的な社会的企業であるレオス・パートナーズのディレクターを務められています。

レオスは、互いに理解、同意、信頼がない関係者の間でも、最も困難な課題に対して前進できるようなプロセスを設計・ファシリテーションを実施し、アメリカ、ヨーロッパ、中東、アフリカ、オーストラリアなどでセクター横断的な対話と行動のプロセスの支援を実践されています。

これまでに出版された5冊の書籍はいずれも邦訳されています

カナダ・モントリオール出身、ミドルネームをモーセ(Moses)というアダム・カヘン氏は、1990年代初頭にロイヤル・ダッチ・シェル社の社会・政治・経済・技術に関するシナリオチームの代表を務め、その頃に南アフリカの民族和解を推進するシナリオ・プロジェクトに参画しました。

以降、これまでに世界50カ国以上において企業、政府、市民社会のリーダーが協力して困難な課題に取り組むプロセスを整え、設計、ファシリテーションを行なってきた第一人者です。

1993年、後にU理論(Theory U)、Uプロセスを発見することになるジョセフ・ジャウォースキー氏(Joseph Jaworski)オットー・シャーマー氏(C.Otto Scharmer)らとジェネロン社での協働が始まった他、学習する組織(Leraning Organizations)で有名なピーター・センゲ氏(Peter Senge)の立ち上げたSoL(Society for Organizational Learning)として登壇するなど、現在の組織開発における様々なキーパーソンとのコラボレーションを行なってきた人物でもあります。

今年3月には氏の5冊目の書籍である『共に変容するファシリテーション(原題:Facilitationg breakthrough)』出版に合わせて来日された他、7月には氏の処女作である『Solving Tough Ploblems』が『それでも、対話を始めよう』という新訳版として英治出版から出版されるなど、日本にいる私たちにも積極的にメッセージを伝えてくださっています。

アダム・カヘン氏と私の出会い

私とアダム・カヘン氏とのご縁は、まだファシリテーションというものに出会って間もない2013年に遡ります。

友人の1人が、氏の初めての書籍である『手ごわい問題は対話で解決する(原題:Solving tough ploblems)』を紹介してくれたことが始まりです。

本当に、タフな問題を「対話」で解決できるの?』と紹介してくれた友人は語っていましたが、そこに書かれていたカヘン氏の事例やプロセスは衝撃的なものばかりでした。

また、2014年にはアダム・カヘン氏3冊目の著書となる『社会変革のシナリオ・プランニング(原題:Transformative Scenario Pranning)』が出版され、その際に東京で開催された出版記念ワークショップの会場で初めてお目にかかりました。

後に、私が京都を拠点とするhome's viに所属してからも、メンバー同士や組織を超えた研究会などで何度も話題に出ては、意識し続けてきた存在です。

ティール組織×アクティブ・ブック・ダイアローグ®︎というテーマの場での一場面

今年3月に来日された際には本当に久しぶりに再会することができ、書籍の出版に関してのあれこれや、彼のファシリテーターとしてのあり方、最新の研究・実践についても伺うことができました。

読書会を通じての気づき・学び

以下、今回の読書会についての気づき、学びをまとめていこうと思います。

読書会の運営方法

読書会の運営方法は極力、プログラム的な要素は削ぎ落としつつ、シンプルに対話を重視した構成を行おう、という方針を意識しつつ運営方法を考えることとなりました。

まず、以下のようなオンライン上のシートをJamboardで準備しました。

読書会が始まる前のJamboard

読書会を始める前の準備として、初めの一言(チェックイン)の際に、上記のオレンジ、黄緑のテーマについて再び1人ずつ話してもらいます。

その後、水色の付箋の書き出しの時間を設けた後は、その水色の付箋について対話・探求を進めていくことにしました。気づきがあった場合は、「その他」と書いた黄色の付箋で足していく形式です。

読書会の最後は、1人ずつ今回の感想を話して終了(チェックアウト)となりました。

この間の開催時間は90分。可能な限りお互いの関心や話したいことを話し切る、そのような充実した時間になったように思います。

コラボレーション以外の選択肢

まず、読書会の対話の中では『敵とのコラボレーション』の全容を掴むため、本書で紹介されているアダム・カヘン氏の知見について確認する時間がありました。

その1つが、困難な課題に向き合う際に取りうる4つの選択肢です。

本書の中でアダム・カヘン氏は、コラボレーションは唯一の選択肢ではないとして、コラボレーションも含めた4つの選択肢を紹介してくれています。

それは以下のようなものです。

コラボレーション(Collaborate)
置かれている状況を変えることを望み、かつ他者と協力して(多方向的に)変える以外に変化を実現する方法がないと考える場合に取りうる選択肢。

強制(Force)
今の状況を他者と協力せず(一方的に)変えるべき、あるいは変えられるかもしれないと考える場合に取りうる選択肢。

適応(Adapt)
今の状況を変えられないから、それに耐える方法を見つける必要があると考える場合に取りうる選択肢。

離脱(Exit)
今の状況を変えられず、もはやそれに耐える気もないと言う場合に取りうる選択肢。

アダム・カヘン『敵とのコラボレーション
Adam Kahane"Collaborating with the enemy"
上記をもとに作成

読書会の対話の中では、主に日常生活における人間関係、仕事上の人間関係の中で、どのような選択肢を取っているか?などについての対話が繰り広げられました。

特に結婚生活に関して、今回の参加者の皆さんそれぞれにご自身の経験から、上記の選択肢のいずれを選んで行動したか?などを深める機会となったように思います。

Power & Love(力と愛)について

読書会の対話の中で、集団の中において、うまく協力関係を築くにはどのようにすれば良いのか?という問いも浮かび上がり、そこからアダム・カヘン氏の一連のテーマである力(Power)愛(Love)についても取り上げることとなりました。

この力(Power)愛(Love)については、アダム・カヘン氏は主に『未来を変えるためにほんとうに必要なこと(原題:Power and Love)』の中で取り上げています。

そして、『未来を変えるためにほんとうに必要なこと』の記述を参照すると、アダム・カヘン氏の力(Power)愛(Love)の定義は、神学者であり哲学者のパウル・ティリッヒ(Paul Tillich)による定義に則っている、とのことでした。

曰く、

力とは、「生けるものすべてが、次第に激しく、次第に広く、自己を実現しようとする衝動」
"the drive of everything living to realize itself, with increasing intensity and extensity."


愛とは、「切り離されているものを統一しようとする衝動」
"the drive towards the unity of the separated."

アダム・カヘン『未来を変えるためにほんとうに必要なこと
Adam Kahane"Power and Love"
上記をもとに作成

そして、アダム・カヘン氏はこの力(Power)愛(Love)の活用について、愛を用いて『関わること』、力を用いて『主張すること』のバランスの重要性について述べています。

ようやく理解したのは、関わることと主張することは、複雑な問題を進展させるための手段として対立するものではなく、補完し合うもの、どちらも正当で必要なものだということだった。

アダム・カヘン『敵とのコラボレーション』p102

本当に実現したいアイデアを実現しようとするとき、対話的に関わるだけではなく、自身の意見を強く主張することも時には必要です。

しかし、相手のことを尊重する姿勢を一切見せずにただ主張することは、相手から反感を買うこともあります。

この力(Power)愛(Love)の活用についてもまた、私たちは日々の生活の中でどのように活かすことができるだろうか?といった対話も行われました。

ネガティブ・ケイパビリティ

読書会終盤に扱われることとなり、その中で印象に残っているのがネガティブ・ケイパビリティについての対話です。

このテーマに移る前に、読書会の中では『ここ最近で、最も印象に残っている対立は何か?』という問いが場に投げかけられていました。

そして、その問いを扱う中で浮かび上がってきたのが、長期にわたる人間関係や家族関係の継続におけるネガティブ・ケイパビリティの重要性でした。

ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)とは、英国の詩人ジョン・キーツ(John Keats)が生涯に一度だけ使ったとされる、「事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」を意味する言葉です。

この言葉は、同じく英国の精神科医のウィルフレッド・R・ビオン(Wilfred Ruprecht Bion)に再発見され、現在では「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」、「負の力」といった表現で、文学、精神医学の領域を超えて、ビジネスの分野でも注目されるようになりました。

キーツはネガティブ・ケイパビリティを説明するときに、シェイクスピアはネガティブ・ケイパビリティを備えていた、と兄弟に当てた手紙に書いています。

さらにキーツは、詩人そのものについて以下のように述べていました。

詩人はあらゆる存在の中で、最も非詩的である。というのも詩人はアイデンティティを持たないからだ。詩人は常にアイデンティティを求めながらも至らず、代わりに何か他の物体を満たす。神の衝動である産物である太陽や月、海、男と女などは詩的であり、変えられない属性を持っている。ところが、詩人は何も持たない。(中略)自己というものがないのだ。

帚木蓬生「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」p6-7

これはつまり、シェイクスピアはそのようにアイデンティティを持たない曖昧な状況下においてもネガティブ・ケイパビリティを発揮して留まり続けたからこそ、後世に遺る創造的な作品を生み出すことができたのだ、とキーツは述べたかったのかもしれません。

そして、精神科医であるビオンはこのネガティブ・ケイパビリティを治療者と患者の関係性の中で保持し続けることで、人と人との素朴な、生身の交流が生まれると説いたのでした。

このようにネガティブ・ケイパビリティは詩人としての創造的な活動という範囲から、人と人との関係性の中の曖昧さ・不確かさについて応用され、現在ではビジネス、プロジェクト運営の領域おいても注目が集まりつつあります。

アダム・カヘン氏も、ネガティブ・ケイパビリティについて以下のように言及しています。

進むべき道を創造的に見つけるために必要な行動原則は、何かを試し、一歩下がって結果を見てから、それを変更する、というのを何度も何度も繰り返すことだ。(中略)このように仕事をするには、まだ不十分でまだ不完全な結果(「自分は失敗者だ!」)を怖がらずに、あるいは執着(「これが正しいに違いない!」)せずに見ることができなければならない。こうなってほしいことではなく、実際に起きていることに向かって存在する必要があるのだ。また、いつ、どういう成り行きになるかも、成功するかどうかさえもわからない葛藤のある、不快な状況でも心の平静を保てなければならない。詩人のジョン・キーツは、これを「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼び、「短気に事実や理由を求めることなく、不確かさ、不可解さ、疑惑がある状態に留まれる能力」と定義した。

アダム・カヘン「敵とのコラボレーション」p141-142

読書会においては、困難な状況の中で離脱、適応、強制ではなくコラボレーションを選択した場合、それも、従来型のコラボレーションではなく、ストレッチ・コラボレーション(stretch collaboration)を選択した場合には、このネガティブ・ケイパビリティが重要な役割を果たすのではないか?との投げかけがありました。

端的に言えば、従来型コラボレーションは、焦点、目標、計画をコントロールして、その目標に到達することができる、その計画を実行するために各自が行わなければならないこと(チームがロードマップに従うなど)もコントロールできるということを前提にしている。対照的にストレッチ・コラボレーションは、コントロールせずに前進する方法だ(複数のチームが川をラフティングするように)。

アダム・カヘン『敵とのコラボレーション』p92

ストレッチ・コラボレーション(stretch collaboration)においては、相手をコントロールすることができないという前提の上で、それでも変化を起こすために他者と協力・協働するという選択肢です。

置かれている状況をそのままにしておくことができず、それでも予測不可能な協働をしながら前進するには、ネガティブ・ケイパビリティは不可欠です。

私自身は、家族のトランジションの中で取り組むことになったストレッチ・コラボレーションについて、皆さんに紹介しました。

さらなる探求のための参考リンク

毎月一度。この指とまれ方式で、少人数の探求読書会を始めた経緯

【読書記録】コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装―スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04

レポート:ソース・プリンシプル&マネーワークの提唱者のピーター・カーニック、ビジョンワークのバーバラを迎えて、吉原史郎さんと探究する学びの場


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