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短編小説「流れ星の願い」

 虹色の若草が果てしなく広がる草原で、星々の母は、微笑みを浮かべつつ遠く美しい空を見上げていた。そこには幾つもの流れ星が舞い降りて来て、止めどなく光の雨を降らせている。ある流れ星の一団が、星々の母の前に降り立つと、それらは小さな子供達に姿を変え、一斉に「ただいま!」と母の胸に飛び込んでいった。星々の母も両手をいっぱいに広げ、優しく子供達を抱きしめる。

「おかえり、私の可愛い子供達。地球への旅はどうだった?」

 星々の母が子供達にそう訊ねると、「楽しかったよ」と皆が同時に答えた。

「何か、お願いごとは聞こえたかしら?」

 しかし子供達は、その殆どが首を横に振った。

「何か言っている人達は居たけれど、上手く聞き取れなかったよ」

「人間って奴は普段せかせかしているくせに、チャンスが来たらもたもたしているからなぁ」

 そんな子供達の言葉に、星々の母はくすりと笑い、

「願いを言えない内に流れ星が消えたということは、もうその人は既に幸せってことなのよ。本人が気付いていないだけで」

 と囁いた。それを聞いた子供達は「そんなものなのかなぁ」と小さく呟いていた。そんな中、一人の小さな星の男の子が、

「僕、お願いごとを聞いたよ」

 と星々の母に言った。母はその男の子の瞳を優しく微笑み見て、

「どんなお願いごと?」

 と訊ねた。すると星の男の子は、

「お願いごとをしていたのは女の子なんだけれど、その子、いつも一人ぼっちでとても寂しいんだって。だから・・・」

 と彼が言った所で、母がそっと男の子の口に手を当てた。

「そうなのね。それなら、お前がその子の傍に行っておやり」

 星の男の子はしばらく母の瞳を見つめた後、こくりと静かに頷いて、自らの体を白く光り輝かせ始めた。

「母さん、僕、行って来るよ。今まで育ててくれてありがとう。皆もありがとう」

 光の塊になって浮かび上がった男の子がそう言うと、他の子供達は「行かないでよ」と言いつつ、哀し気な表情を浮かべていた。しかし、星々の母は微笑みを浮かべたまま星の男の子に頷いて、そっと地球の方角を指差した。

「いってらっしゃい、自分を信じて」

 星々の母がそう言った途端、極大に輝き放った男の子は、尾を引きながら地球へと向かって光の速度で飛んで行くのだった。
 その姿が小さくなるまで見守っていた星々の母に、残された子供達は不満気な顔を浮かべ、

「ねぇ、ママ。どうしてアイツを地球に行かせたりしたんだい? 僕ら、もっとアイツと一緒にいたかったよ」

 と訴えた。すると星々の母は、子供達の背丈まで身を屈め、一人一人の頭をそっと撫でた。

「寂しいけれど仕方ないのよ。お前達には一人一人生まれ持った使命というものがあるの。誰もその使命に逆らうことなんてできない。あの子には使命を果たす『その時』が来たのよ」

 星々の母が優しい声音でそう言うと、子供達はまだ少しだけ不満気な顔を浮かべていたが、次第に納得したのか頬を緩めていった。
 それから静かに立ち上がった母は、美しい空に両手を伸ばして淡い虹色の大きなシルクの布を取り出した。

「さぁ、私の可愛い子供達、もうおやすみの時間よ。次の流星群の時期までゆっくりエネルギーを蓄えて、長い旅に出る準備をおし」

 先程までキラキラしていた星の子供達は、一斉に目を擦りつつ欠伸をし、柔らかいシルクの布に包まれながら静かな眠りに就くのだった。

「おやすみ、ママ」


◇◇§◇◇


 柔らかな夜風に、窓辺のカーテンがふわりと揺れた。
 ベッドに座っていた私は、何かの気配にふと気が付いた。月明かりに染まる窓辺の方を見やると、そこに一人の男の子が腰を掛けていた。銀色の髪に、丸くて大きな瞳。私は驚いて「わっ」と声を上げた。慌ててベッドから逃げようとしていると、

「待って、怖がらないで。僕は君の声を聞いて、ここに来たんだ」

 と透き通る様な声が言った。私はベッドの端までやって来ていたところで、ゆっくりと男の子を振り返った。

「・・・私の声?」

 男の子は静かに頷いた。

「君が寂しくない様に、僕が傍にいてあげる」

「・・・あなたは誰なの?」

 訝しみつつ私が訊ねると、彼は小さく微笑んで、

「遠い遠い、気が遠くなるほど遠い星から、君に会いに来たんだ」

 と言った。私はしばらく彼の美しい瞳を見つめた後、

「どうして私に会いに来たの?」

 と訊ねた。

「お願いごとをしたろ? 『私も早く、外でみんなと一緒に遊べますように』って」

 男の子はそう答えた。私は、優しい笑みを浮かべた彼の顔を見ている内、次第にいつだったか自分が流れ星に願いごとをしたのを思い出した。半ば信じられない気持ちで、

「あなたは、流れ星なの?」

 と訊ねてみた。彼はそんな私に一切眉を顰めることもなく、

「そうだよ、君の願いを叶えに来た」

 と答えた。
 私が次の言葉を捕まえられない内、男の子は窓辺から静かに降りて私の近くまでやって来た。

「外に出よう。今日は綺麗な満月の夜だよ」

 そう言って、綺麗な手を差し出して来た。私は彼の手をしばらくぼんやりと見た後、小さく首を横に振った。

「ダメなの。私、ずっとベッドで眠っていたから、歩けなくなってしまったの」

 すっかり痩せた自分の足を擦りながら言うと、男の子は躊躇いもなくぐいと私の手を掴んだ。

「おいで、君は自分の足で歩ける。僕を信じて」

 そう言う彼に引っ張られるまま前のめりになると、いつしか私はベッドから降りて自分の両足でしっかりと立ち上がっていた。信じられない気持ちと途方もない喜びが、一斉に私の胸を満たしていく。「立てた!」と思わず声を上げてしまう私を、男の子は「ほらね」と言って笑いながら見ていた。

「おいで、外に出よう。一緒に遊ぼうよ」

 彼はそう言った。私は「うん」と頷いて、男の子と手を繋いで共に部屋を飛び出した。

 それから私達は近くの公園で遊んだ。真夜中なので誰もいないし、街の灯りも落ちて静かだったけれど、とても綺麗な月が夜を照らしていたので、人間が作った光なんて私達に必要なかった。一緒に滑り台を滑って、シーソーをして、流れ星の男の子は鉄棒がとても上手で、私には雲梯うんていの才能があった。ベッドで寝たきりになってからずっと一人ぼっちだったので、私は彼と公園で息を切らしながら遊び回るのがとても楽しかった。

 やがて私達は並んでブランコに乗った。ぎこぎこと錆び付いた支柱が音を立てていたが、私と流れ星の男の子は同じペースで、同じ高さでブランコを漕いだ。

 少し疲れて地面に足を付き、ブランコに座ったまま休んでいると、男の子も同じように私の隣でブランコを止めた。しばらく静かに夜空を見上げる。
 そして、

「君の願いを叶えてあげる代わりに、僕の願いを聞いて欲しい」

 と私に言った。

「いいよ、あなたの願いって何?」

 彼にそう尋ねると、流れ星の男の子は優しく微笑んた。

「僕は消えてしまうけれど、君はこれからも精一杯生きるんだ。それが、僕から君への大切なお願いごとだよ」

 そして静かに私の手を取った星の男の子は、甲に優しくキスをした。

——§——

 気が付くと、私は口元に酸素マスクを付けられ、仰向けになったベッドの上で色んな機械とモニターに取り囲まれていた。左腕には点滴の針が刺さっている。徐に太陽の光が差し込む窓の方を見やると、傍にいた若い看護師さんと目が合った。彼女の目は次第に驚きで丸くなり、

「・・・嘘」

 と小さく息を飲むのが聞こえた。慌てふためいた様子の看護師さんは、ナースコールをすぐさま押して、

「村田先生を呼んで下さい! 202号室の小林さんが目を覚ましました!」

 と言っていた。
 私が目を覚ました病室は、目が眩む程の真っ白な光に包まれていた。

 その約3週間後。私は少しずつ体力を取り戻し、リハビリをしながらなんとか歩行器を使って補助的に歩けるようになっていた。普段仕事で忙しいお父さん、お母さんは半年以上も昏睡状態にあった私をいつも見舞いに来てくれていて、妹のさゆりも私のために沢山の折り紙のリボンを折って病室に飾り付けていた。幼稚園で作り方を習ったのだろう。
 私が長い眠りから目を覚ました時、三人とも光の雨の様に涙を降らせていたことを今でも覚えている。

 病室に灯っていたTVで、現在地球に大接近している今までに類を見ない程の大規模な流星群が、今夜極大になることを報道していた。私は家族の皆が帰った病室でしばらく文庫本を読んだ後、頃合いを見計らって窓辺に身を寄せてみた。そこには満天の星空が広がっており、赤い火星に、大きく煌めく木星も見えた。夜風が私の頬を撫で、お母さんが念入りに解いてくれていた長い髪を優しく流す。
 
 小さく息を吸った、その時。

 視界を覆う広い夜空に、幾つもの流れ星が姿を現した。細い線を描くもの、最後に一際輝くもの、時には同時に流れてクロスするものもあった。私はそんな流れ星たちを溢れんばかりの笑みを浮かべて眺めていた。

流れ星を見ている人達は今頃、お願いごとをしているのかな。
だけど私の胸は、あの流れ星の男の子への想いでいっぱいだった。

「私、生きるよ。これからもきっと、生きてみせるよ」


〈 終わり 〉

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