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紫がたり 令和源氏物語 第百九十六話 少女(五)

 少女(五)
 
内大臣となり事実上政治を司る立場になったかつての頭中将ですが、ライバル源氏にいつも後れをとるのがやはり面白くありません。
ううむ、と腕を組み、一考。
 自分が源氏よりも優れているところといえば・・・。

源氏には子供といえば夕霧と明石の姫しかおりませんが(公には)、内大臣は子供を多く持っているのです。
男子は十人以上、すべて優れた子たちでそれぞれ出世して栄えている一門です。
しかし姫はというと弘徽殿女御と今一人、雲居雁(くもいのかり)と呼ばれる姫のみです。
雲居雁は弘徽殿女御の異母妹にあたりますが、血筋もけして賤しくはないものの、母君が内大臣と離縁して現在は按察使大納言の北の方となっておられます。
さらにそちらに姉妹が多く生まれているので、肩身が狭かろうと祖母である大宮のところで養育を任されているのでした。
弘徽殿女御を中宮に立てられなかったことから、内大臣は不意にもう一人の娘の存在を思い出したようです。
たしか今年で十四歳になる年頃、東宮に差し上げるにはもってこいではないか、と思い立ったら即行動の内大臣は早速三条邸を訪れました。
折りしも時雨がしとしとと庭の草花を濡らす様子がなんとも風情ありげで、楽などに適しているように思われます。
大宮は普段政務の忙しさになかなか訪ねてくれない愛息が訪問してくれたことがうれしくて、あれやこれやと気を遣いますが、内大臣は早く娘に会いたくて仕方がありません。
「母上、雲居雁をここへお呼びください。久しぶりに会いたくなりました」
大宮に呼ばれてやって来た姫は上品に愛らしく成長しておりました。
はにかみながらしずしずと几帳の影に座し、薫る香もなかなか品のよいものです。
これは思った以上に期待できそうだと内大臣は上機嫌で琴を姫の前に差し出しました。
「姫や、おばあ様直伝の琴の腕前をこの父に聞かせておくれ」
姫は静かに琴を爪弾き始めました。
大宮はかつて女ながらに琴の名人と謳われ、琵琶なども弾きこなす優れた人でしたので、姫にはみっちりと基礎を教え込んでおりました。
音色はなかなか悪くない、と内大臣が几帳の隙間から覗くと、小さくほっそりした指で可憐に爪弾いている姿が愛らしく、艶やかで黒々とした髪がはらりと額にかかるのも美しいのでした。

 これは、なんとも愛らしい姫に成長しているではないか。

内大臣はこっそりと大宮に耳打ちしました。
「弘徽殿女御は素晴らしい姫であったのに、思わぬ方(秋好中宮)にしてやられてしまいまして、悔しく感じておりましたが、母上がこのように雲居雁を見事にご養育下さったことに感謝いたします。東宮妃にと考えておりますが、いかがでしょうか?」
「まぁ、それはよいお考えだと思いますわ。そもそも我が家は正后が出てもおかしくない血筋ですもの。もちろん姫もそれに恥ずかしくないようお育て致しましたのよ」
大宮は雲居雁にこれまで愛情を注いできた日々が実を結ぶと、感激して言葉を詰まらせました。

そこへ夕霧が訪れたと聞いたので、内大臣は急いで雲居雁を下がらせました。品行方正の夕霧とはいえ、元服した男子を姫の近くに寄せるわけにはいかないのです。

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