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紫がたり 令和源氏物語 第二百四話 少女(十三)

 少女(十三)
 
無事に舞を奉納し終えると舞姫たちには宮中に留まり、そのまま女官となるよう仰せがありました。
惟光も良清もこれで娘の未来も明るいものだ、と親として大喜びです。
舞姫たちは一旦実家に戻り、禊をしてから宮中に召されることになります。夕霧はあの舞姫の姿が忘れられずにおりましたが、宮仕えに出ると聞いてがっかりしてしまいました。
帝のまわりでお仕えすることになるので、手の届かない存在となってしまうからです。
夕霧にそれなりの官位があれば結婚を申し込んでもよいものですが、六位という位の低さでは娘の親も相手にはしてくれないでしょう。
どうして私の慕うものはみな離れていってしまうのか、と夕霧はまたせつなくなりましたが、せめて自分が想っていたことだけでも舞姫に知ってもらいたいと側近くに仕える殿上童を呼び出しました。
この子は惟光の息子であの舞姫の兄なのです。
「お前の妹はいつ宮中に上がるのだね?」
「詳しくは存知ませんが年内だと聞いております」
「会うことはできないだろうか」
童は驚きましたが、父親(惟光)からは娘への取次などは決してするなときつく言われているのです。
しかし相手はお仕えしている邸の若君なので、そうそう無下にも断れません。しどろもどろとしていると、夕霧はせめて消息だけでもと無理やりに手紙を握らせたので、仕方なく童は妹の元へこっそり手紙を持っていくことにしました。
濃い緑色の料紙を美しい色合いで重ねた文が上品で、二条邸の控えの間で漂ってきた香が焚き染めてあります。
舞姫はあの時裾を引いたのが夕霧であったことを知りました。
 
日かげにもしるかりけめや乙女子が
       天の羽袖にかけし心は
(天の羽衣を翻して舞っていた姫君よ。あなたの美しさに想いを懸けた私の心がわかっていただけたでしょうか)
 
美しい手跡でさらりと書いてあるのが貴公子らしく、乙女は胸がどきどきして頬が高潮するのを覚えました。
するとそこに折悪く父親の惟光がやってきたので手紙が見つかってしまったのです。
取り次ぎをした兄はこっぴどく叱られましたが、手紙の差出人が夕霧だと知ると惟光はころりと態度を変えました。
「なに、若君?夕霧の君からの手紙なのか?それならそうと早く言え」
惟光はにこにこと手紙を見ます。
「立派なお手ではないか。お前たちも少しは風流を理解しなさい」
などとうって変わってご機嫌な父親を兄妹は訝しく頭を傾げました。
惟光は娘を帝に差し上げられるようならばこれ以上のことはないと、宮仕えを希望しておりましたが、帝のお手がつくことがなければ身分の高い貴公子に縁付かせるのがよいと考えておりました。
源氏の気性をよく知っている惟光は、女人をけして見捨てない心映えをかねてから尊敬していました。
夕霧は源氏に輪をかけて真面目なので、娘を差し上げればきっと大事にして下さるだろうと思うのです。
「若君に姫を差し上げたら、わしも明石の入道のようになれるかもな」
そう妻に漏らしてご機嫌です。
「あなた、馬鹿な夢をみないで下さいよ。もう宮仕えに出す日が近づいているのですからね」
妻に厳しく一喝されて、髭を情けなく垂らす惟光なのでした。

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