紫がたり 令和源氏物語 第二百五話 少女(十四)
少女(十四)
その年の暮れにあの舞姫が宮中に上がったと聞いた夕霧は物悲しく寒空を眺めておりました。それほど思い詰めていた恋ではありませんでしたが、やるせなく、気力も湧いてきません。
雲居雁とはあれから一度も文も交わすこともなくふっつりと縁が切れてしまったようです。
数か月も経つとさすがに心は落ち着いてきましたが、夕霧には人を愛するということがわからなくなっていました。
目を閉じれば雲居雁の顔がありありと浮かぶのですが、あの五節の舞姫の美しい顔(かんばせ)も恋しく思い浮かぶのです。
自分の心の中で一体何が起こっているのか、恋というものはいくら歳を重ねてもそうそう頭で理解できるものではありません。
ましてや夕霧はまだ幼いのです。
元服してからは世界が開けたとともにあらゆることが一変したように思われます。
三条邸にいた頃は大宮と雲居雁と女房たちだけが夕霧の世界でした。
殿上童として内裏に出ても大人たちの世界をほんの少し垣間見たばかりで、それほど大きな変化はなかったのですが、この二条邸に移ってからは毎日が違って見えます。
夕霧にとって今もっとも近しい人といえば花散里のお母様でしょうか。
この女人もまた夕霧には不思議に思われます。
源氏が側に使う者たちは見目形がよく、女房たちも洗練されている者ばかりです。
北の方と言われる紫の上もこの上なく美しい御方だと聞いておりますが、花散里のお母様はお世辞にも美しいとは言えないのです。
歳をとって髪がずいぶん少なくなり、痩せて皺もあるようです。
それなのに源氏は花散里のお母様を重んじて大切にしているのです。
もちろんその人柄は素晴らしく、父はお母様のそんなところを愛していらっしゃるのだとわかるのですが、そんな源氏を見ていると夕霧は自分が雲居雁の美しさだけに惹かれていたのではないか、とまた己の心がわからなくなります。
始まったばかりの恋を奪われていろいろと物思うことが多いのでしょう。
それでも夕霧は真面目に勉学に励み、その実力をどんどん伸ばしていきました。そもそも素養のある君なので、努力を重ねることで難関といわれる試験なども突破していきました。
夕霧は翌年の秋の除目では堂々と五位を叙位され侍従になりました。
親の威光ではなく、己の力で勝ち取ったものです。
雲居雁のことなどで思い悩んでいることを知りつつも、思惑通りに精進しているその姿を源氏は父として静かに見守っているのでした。
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