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紫がたり 令和源氏物語 第二百六話 少女(十五)

 少女(十五)
 
源氏は身分が高くなるにつれ、背負うものが多く、二条邸を手狭に感じるようになっておりました。
いずれ明石の姫が大きくなればより間取りの大きいところに移すようにしますし、姫の為の女房も数を増やさなければなりません。
そして養女である秋好中宮を宿下がりとして迎えるにもゆったりとした空間をしつらえなければ畏れ多いものです。
そこで広々とした邸の造営を考えました。
この二条の辺りでは広い土地も望めないので、いっそ中宮の住まわれていた六条のあたりに邸を新築しようかと検討しています。
 
源氏の計画は驚くべきものでした。
六条御息所が住まわれていたあの土地の周りを買い、四町にもなる広大な邸の大造営です。
一町の邸というのも維持費がかかり、大掛かりなものですが、それをあと三つも手に入れようというのです。
過去にそのような貴族は例がなく、今この源氏の財力ではけして無理ではないことがこの世にも稀なる人の栄華の証でしょうか。
源氏は大井で寂しい思いをさせている明石の上をはじめ、過去に縁を結んだ五節の舞姫などもこの新しい邸に迎えて世話をしようと考えているのです。
源氏はその旨を紫の上に話し、普請のための絵図を見せました。
大きく四つの区画に仕切った壮大な建築です。
それぞれの棟は春夏秋冬になぞらえて室内の装飾から庭の造作まで行う予定です。
「あなたはどの季節が好きかな?」
源氏はまるで少年のように目を輝かせて紫の上に問いました。
「そうですわね。わたくしは生命が彩られる“春”が好きですわ」
「そうだな、あなたには“春”がふさわしい。この院の女主人としても春の御殿がぴったりだね」
「秋好中宮はやはり“秋”ということで、元の邸宅の場所がなじみがあってよかろう。となると花散里の君は“夏”の御殿になる。残る“冬”の御殿はこれまた明石の上がふさわしいものよ」
意気揚々と語る源氏は紫の上の瞳に宿る虚ろに気付かないようです。
春夏秋冬になぞらえた女人達を集めた御殿、殿方の目から見ればこれは夢のような御殿です。
「あなたの父上(現在は式部卿宮、かつての兵部卿宮で藤壺の宮の兄)は来年五十歳の御賀だね。いっそこの新しい邸で盛大に執り行ってはどうだろうか?」
紫の上は思わぬ申し出にほんの少し顔を明るくしました。
いろいろとありましたが、やはり唯一の肉親である父と親しくできることは嬉しいことなのです。
「そうなると忙しくなるな、邸を早く完成させなければ。調度品や庭のことなどもある。あなたにも手伝ってもらわなくては」
「もちろんですわ、あなた」
紫の上は穏やかに頷きます。
完成を夢見て源氏は楽しそうにしておりますが、紫の上の目にはこれはまた新しい大きな檻にしか見えないのでした。

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