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大人気のベーグル屋さんのベーグルを手に入れることができるか不安になったその先に生まれた、対話のお話。

とある土曜日。初めての土地に来て、お気に入りのカフェを見つけた。店内も可愛くて、素敵な本がいっぱいあって、美味しいマフィンを販売しているカフェ。

奥にいるのは私です。

そこでお気に入りの本を読んだり、noteを書いたりして過ごしていたら、カフェの前のお店になんだか人だかり。

何があったんだろう?と、気になってカフェの店員さんに聞いてみた。

「あの人だかりはなんなんですか?」
「最近できたお店で、ベーグルを販売しているのですが、そこがいつも人気なんです」

ふむ、ベーグル!!!大好きだぞ、ベーグル。せっかく知らない土地にきたし、ベーグルも食べたいし、私も並んでみよう!

ということで、並ぶことにした。

前にはすでに8人ほどの人が並んでいた。

11時にオープンするらしく、私が並んだのは10時50分頃。それより前に並んでいる人はいつから並んでいるのだろう。

11時にオープンし、お店は小さかったので1人ずつ入店。おお、開いたぞ開いたぞ!高まる期待。どんなベーグルがあるのだろう。ワクワク。ドキドキ。

少しずつ列が前に進んでいく中で、私の前に並んでいる人からこんな声が聴こえてきた。

「前の人めちゃくちゃ買ってない?私たちの分、あるかしら。」

!?!?!?え、もう無くなるの?ベーグル!?と衝撃だった。私も気になって少し前に出て様子を伺う。すると、前の前の前の人はなんと1人で10個以上をかごの中に入れているではないか。

大家族なのか?近所の人に配るのか?何にせよ、買えなくなる可能性が出てきた。

そんな時に、また1人、私の後ろにおしゃれな可愛いおばさまが並んだ。

私が買えなかったら私の後ろの人も買えない。

どうなるのだろう、とそわそわしつつ、並び続けるしかないので並ぶ。私の前の人が順番になり、残ったベーグルを手に取っていく。肉眼で見える限り、あとベーグルが6個、5個、4個…….

残りが4個になった。

その時。後ろに並んでいたおばさまが、私に声をかけてきた。

「私たち、買えますかね….」

この時に、ああ、このおばさまもベーグルが手に入るかきっと心配になったのだろう、と思った。

この時に、どうしたら欲しいと思っているものをお互いに買えるかを一緒に考えたいと思った私は、こう答えた。

「ちなみに、今残っているベーグルで絶対欲しいってもの、ありますか?」

おばさまは少しびっくりした顔をして、こう答えた。

「いえ、私は近所だし、いつでも買えるので、もし買えなかったとしても大丈夫ですよ」

おそらく私をいつも見ない顔だとわかったのだろう。残りのベーグルを私に譲ろうとしてくれた。続けて答える私。

「お気遣いありがとうございます。私は2個買おうかなって思っています。いま残っているのが4個、4種類あるので、どうしても買いたいもの、お互いに言い合って決めませんか?」

「え、いいんですか。私は抹茶が欲しいなあと思っています。」

「わかりました、じゃあ私はチーズベーコンもらっていいですか?」

「もちろんですもちろんです。」

そんな言葉が交わされ、4個のベーグルは、私とそのおばさまの2個ずつ分け合って完売した。

本当は、元々並んだ時から4個買おうと思っていた(友人がいたこともあり私含めて全員で4人だったので1人1個ずつ買おうと思っていた)のだが、2個でも充分嬉しい気持ちになった。

帰りの車で、あのベーグル屋さんで起こったことは何だったんだろう、と振り返っていた。

もし、みんなが平等にベーグルを買うということを目指すのであれば、例えばお店でこんなルールを作れるだろう。

・1人5個まででお願いします!
・買いに来てくれた人みんなに平等に行き渡るように配慮をお願いします!

一方で、このようなルールがもしあのお店であったなら。私とおばさまのあの対話は生まれなかったと思う。なぜなら、1人5個まで、とか、配慮する、とかが元々決まっているのだから。決まっていれば、大抵、人はそれに従う。

まあ、ルールが決まっていても守らない人もいるかもしれないけれど、少なくとも自然発生的に対話は生まれることなく、希望の個数のベーグルを手にできていたかもしれない。

でも、ルールがなかったから。
並んでいる人がいても、気にすることなく10個以上買う人もいる。
もしかしたら自分の分は無くなるかも、と不安になったりもする。
買えないまま、帰路に着く可能性もある。
並んでいる人を気にして、対話が生まれることもある。

もちろん、一番に並んだ人はきっと朝早くから並んでいるし、自分の好きな分だけ手にすることは当たり前だ、と思うことも考えられるし、何が正しくて何が正しくないか、ということを言いたいわけではない。

ただ、ルールがなかったけれども、こうして自然発生的に対話が生まれて、お互いのニーズが満たされ、帰路に着いた。

そのことが私は、何だかとっても嬉しかった。

こうやって、周りの人ともコミュニケーションを私は取っていきたいのだ。自分のこうしたい、と相手のこうしたい。どちらもを、できる限り、満たすためには何ができるのか。

おばさまも、誰かと一緒にベーグルを分け合って食べただろうか。

私も帰宅してから、2個のベーグルを、4つに割って、4人で頬張った。こんなことがあったんだよ、って言いながら。

そのベーグルは、とってもとっても、おいしかった。

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