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【ショートショート】漫才保存委員会

 時は西暦2XXX年、やっぱり人々はテカテカ、ピチピチのスーツを身につけ、空に張り巡らされたチューブの中を車輪の無いカーで移動する本来21世紀初頭に到達する予定であった夢の未来人生活に至っていた。
そしてわが国の人々は自分で色々考えられる様になり笑い所も自分で分かるので「ツッコミ」はいらなくなり、漫才は古典芸能となっていたのだった。

 とあるビルの中、第4会議室と言われている場所に漫才の保存と継承の為の委員会の役員を担当する事になったリサと、コメディー俳優のジョンとスタンダップコメディアンのデイブがいた。彼等は漫才を再現する為に四苦八苦していたのだ。
近く行われる神社の奉納行事で野球と漫才が行われる事になっている。
どちらも途絶えて久しく、当時は公的な物ですら記録は改ざん、散逸、廃棄等の酷い時代だったので個人所蔵の映像や資料を見ながら手探りの状態であった。特に野球に関しては小さく硬い玉を凄い速度で投げるという危険行為だったので、安全確保の為に時間を要して漫才の方の準備が遅れてしまっていた。

ジョンとデイブの2人は一通り自分達で考えた漫才をリサに見せた後にデイブは言った。

「やはり、彼のツッコミと言う立ち位置に対する理解が僕達は出来てないんでしょうか?」

「うーん。それだけでは無いのよね。まずはオープニングなんだけど、もっと腰を低く小走りで入ってくるのが良いかなぁ。手を叩きながら“ハイードモー”と言うと良いと思うわ」

「ハイードモーですか?」

「ドーモという昔の挨拶の最上級よhigh domo arigato mr. …」

2人はその通りやってみた。

「もう少し腰を低く、目線はオーディエンスを見てるのか宙を見てるのか分からない感じで笑顔で入ってくると良いんじゃないかしら?」

2人はその通りにやり直した。

「そんな感じで。後ねぇ、マイクの少し前まで来たら肩幅くらい足を開く感じで立って前で手を組んで、それでマイクに顔を近づける感じでトークを始める。マイクが1つなのは不便かと思うけど伝統芸能だから。技術的に未発達な時代なのでハウリングのトラブルを避ける為とも言われているわ。もう技術的には問題無かったがそれでやっていたという説もあるわ」

2人は言われた通りにやってみた。

「トーク中の視線も同じ様に宙を見てるのかの様にトークするのが良いわね。アイカタの顔も見ないでアイカタから45から135度くらいの辺りを見てトークすると良い感じね」

ジョンは少し焦って聞いた。

「あっ、アイ・カーターって誰でしょう?えっと、小道具か何かが他に必要でしたか?」

「一緒にやるパートナーの事よ。この場合はデイブね。彼が話している間、君の方はアイカタ顔を見つめる。人によってはアイカタを見てない人もいる」

「見てないなんて仲が悪かったんでしょうか?」

「そういう人達がいたという説もある。あと、資料館から借りてきたんだけど、これ、ハリセンでって言うのよ。これを使ってジョンはデイブを叩くの」

2人は驚いてリサが持ち出したハリセンを見た。
ジョンは手を前に出して拒絶した。

「そんな、暴力的な。昔の刑罰か何かですか?」

「このハリセンはそんなに痛くないのよ。でも叩いた時の音が良いので使えるわ。昔の人は素手で叩いたりもしたのよ」

「素手で?危ない!」

「ちょっとやってみてくれる?」

ジョンはハリセンでデイブの肩を叩いた。

「パサッ」

デイブは肩を撫でながら笑顔で言った。

「全然痛くないですね」

リサは顔に手を当て申し訳ない表情で言った。

「頭よ」

2人は顔を見合わせて戸惑った。

「頭を叩くのよ。バシッと音が出るほどの力で。それで侮蔑的な言葉を投げかけるの。バカ、アホ、マヌケ。2、3文字の吐き捨てる様に短い言葉が良いわね」

ジョンは激しく拒絶した。

「そ、そんな事できません!エレメンタリースクールの時に反省文提出してる子いましたよ。彼にそんな酷い事…昔の人って本当にそれで笑ってたんでしょうか?」

重い空気がその場に流れ、しばらく3人は沈黙していたがデイブは決心しジョンに言った。

「やってよ。僕、大丈夫だから」

「いや、僕は君の事をとても尊敬してるし。そんな酷い事は…」

「やろうよ。クラシックを理解しないと」

ジョンは思い切ってデイブの頭をハリセンで叩いた。さっきより大きい音がしてデイブは少し驚いた表情だったがすぐ元の表情へ戻した。ジョンは思い切ってデイブに言葉を浴びせた。

「バカ!アホ!マヌケ!ハゲ!ドジ!グズ!デブ!シネ!」

その場に再び重い空気が流れた。デイブはゆっくり頭を下げて肩を落とした。

「デイブ、大丈夫かい?」

「大丈夫だよ。僕はデブでハゲでノロマなトンチキ野郎だから…死ねとか…大丈夫だから」

「デイブ、僕はノロマなトンチキ野郎なんて酷い言葉は言ってないよ。君は最高のコメディアンさ」

「ありがとう、僕も君のシットコムは大好きでいつも観てるよ。ストーリーに愛があって…デブもハゲもいなくて…誰も死ねとか言わない…」

デイブは肩を落としてうつむいたままだった。
そんな中リサがこう言った。

「こういう場合、昔の人は呪文を唱えていたわ」

ジョンは不思議そうな顔でリサを見た。
リサは咳払いを1つすると呪文を唱えた。

「ワローテ!モローテ!トクヤナイカー!」

ジョンはキョトンとした顔でリサに聞いた。

「誰かの名前ですか?」

「分からないわ。でも容姿差別があった現場にいた人がよく言っていたらしいの」

「ワローテとモローテって可愛らしい名前ですね。何かのキャラクターでしょうか?ワローテ!モローテ!トクヤナイカー!」

「ワローテ!モローテ!トクヤナイカー!」

「ワローテ!モローテ!トクヤナイカー!」

その後しばらくの間、第4会議室内に謎の呪文が響きわたっていた。












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