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<書評>『眼と精神』

 『眼と精神 Eloge de la Philosophe L’oeil et l’esprit (原題を忠実に訳せば、「哲学をたたえて、眼と精神」)』 モーリス・メルロポンティ著 Maurice Merleau-Ponty 滝浦静雄・木田元訳 みすず書房 1966年発行 原書は、Editions Gallimard, Paris, 1953 et 1964 パリのガリマール書店が1953年及び1964年に出版した。

『眼と精神』

 著者モーリス・メルロポンティの、コレージュ・ドゥ・フランスでの三つの講演記録、「人間の科学と現象学」、「幼児の対人関係」、「哲学をたたえて」に加え、生前最後の出版物としての「眼と精神」を合わせたものの翻訳である。

 この本は、私が大学一年のとき、「芸術論」の先生が読むべき本として紹介してくれたものだった。この他にはミシェル・フーコーの『言葉と物』があったが、私は二つとも生協ですぐに購入して読んでみた。しかし、さすがに内容は難解だった。それでも、『言葉と物』では、ベラスケスの絵画「ラス・メニーナス(侍女たち)」の説明に感動したし、『眼と精神』では「幼児の対人関係」の鏡像認識の箇所に感動した思い出がある。

 そして、今じっくりと読書する時間ができたので、改めて読み返してみることにしたのだ。19歳当時からは、少しは教養を積んでいることもあり、本書を理解できる下地ができたことも背景にある。そして、実際に読んでみてまず感じたのは、実に読みやすいものが多かったということだった。でも、その理由は簡単だ。本書の書き下しの論文は最後の「眼と精神」だけであり、講演記録であるが綿密な原稿を基にした「哲学をたたえて」を除けば、メルロポンティが学生相手に行った大学の講義(会話)を記録したものであるからだ。つまり、ここに書かれているのは、「書き言葉」でなく「話し言葉」であり、また学生に向けて語りかけていることから、言葉の一つ一つが難解さを避けるように使用されており、また意味を捉えやすいように使われている。

 もちろん、訳者による解説に書かれているように、メルロポンティは書いたもの=文章になると、講義のようにわかりやすいものではなく、むしろ難解さが増してしまうが、それでもいわゆる哲学書としては、実は画期的といっても過言でないくらい、わかりやすいものではないかと思う。少なくとも、私が読んだ哲学書の中では最も読みやすい優れたものだと思った。

 また、前半の講義録の内容を踏まえてから、「哲学をたたえて」と「眼と精神」を読むと、たぶんいきなりこの二つの論文を読むよりは、かなり理解しやすい頭になっていることを知った。つまり、自分の頭(思考・理解)が、最後の二つの論文を読むための準備を、初めの講義録によってさせてもらっていたように感じたのだ。そういう観点でも、本書は秀逸だと思う。

 そして、メルロポンティの述べる現象学の世界は、私には理解しやすく感じたし、また「眼と精神」における絵画論は、「芸術論」の先生が推薦するだけの理由があると納得した。さらに、メルロポンティが本書で最も多く言及している画家はセザンヌだが、私の好きなクレーやデュシャンへの言及(特にクレー)が多くあり、さらにロダンやジャコメッティの彫刻まで言及しているので、芸術論の初学者には難解かも知れないが、芸術について真摯に考えたい人たちには、本書は最上の啓蒙書になるのではないかと思う。

 そういうわけで、本書はやはり私にとって、レヴィストロースの『野生の思考』とともに、常に座右に置いておきたい良書の双璧となっている。そしてそれが、19歳の頃と65歳の今も変わらないことを確認できたのがなにか嬉しい。

 ところで、本書の中で、自分の視点・観点から内容に共感した箇所や、再読によって改めて気づかされた箇所がいくつかあったので、それを抜粋したい。また、私が良書と判断する理由も、この抜粋から類推できることと思う。(注:原文にはない行替えを読みやすさのために行っている。)

『人間の科学と現象学』
P.81
 ・・・真に厳密な哲学といえども時代の問題には解答を与えることになるでしょうし、それは当代の理念を構成して、他の時代と同じ程度には、いやいかなる時代にもまして、この時代を考えるに違いなく、したがって、それはまさしく「永遠の哲学」であることによって現在の哲学でもあるだろうからです。

 もしそんな哲学は作れっこないのだという口実のもとにそれに背を向け、世界観の問題に没頭するようなことにもでもなれば、それは真の哲学を弱めることになり、課せられた問題の学問的解決を遅らせることにもなりましょう。

 したがって、目ざされるべきものは知恵ではなく哲学であり、世界観ではなく世界学なのです。かくてフッサールは、世界観の哲学者とは反対の結論に達しました。彼らは争うことはあっても、それは決定的解決を得るためではなく、フッサールの言葉を借りて言えば、「有限なところに目的を置き、それに従って生きる時間が十分とれるように手っとり早く体系を作り上げようとする」だけなのです。

『幼児の対人関係』
P.138-139
 ・・・(癒合的社会性とは)自己と他人が共通の状況に融け合い、分かれていないということです。次に、自己の身体を客観化するということが起こり、それによって他人と自己との間に壁や仕切りのようなものができ、そのおかげで、以後はもう<自分>というものと<他人が考えていること>、特に<他人の私について考えていること>とを混同することがなくなります。また同じように、私は<他人>というものと<私が考えていること>、特に<私が他人について考えていること>とを混同しないようにもなります。そのとき、他人と私とが、あらゆる人間の中のただ二人の人間として構成され、対応させられることになるのです。

 最初の自我は、このように自分というものについて何も知らないし、それだけ自分の限界もわかっていないわけですが、それに反して成人の自我は、自分自身の限界を知っておりながら、同時に本当の意味の共感によってそこを越え出る能力をも合わせ持った自我になっていきます。この共感は、少なくとも比較的な意味では当初の共感と異なっているはずです。当初の共感は、<他人知覚>よりはむしろ<自分に対する無知>にもとづいていたわけですが、成人の共感のほうは「他者」と「他者」との間に起こるものであって、自己と他者との相違が消滅することを前提にして成り立つものではないからです。

P.162
 幼児にあっては、鏡像の了解とは、鏡の中に見えている姿をおのれの姿と認めるところにあります。幼児の世界に鏡像が入りこんで来るまでは、身体は幼児にとって、強烈に感じられはしても混沌とした現実なのです。自分の姿を鏡の中に認めるということは、幼児にとっては、自己自身の視像がありうるということを学ぶことです。そのときまで、彼は自分を一度も見たことがなかったのであり、そうでないとしても、せいぜい身体の目に見える部分を眺めるという形でいわば自分を盗み見たことがある程度です。

 ところが鏡の中の像を通して、彼は自分自身の観客たりうるということになります。幼児は、鏡像の習得によって、自分が自己自身にも他人にも見えるものだということに気づきます。内受容的自我から可視的自我への移行、つまり内受容的自我からラカン氏(注:ジャック・ラカン、精神分析学者)のいわゆる「鏡の中の私」への移行は、パーソナリティの或る形態・或る状態から別な状態に移ることなのです。

 鏡像が出現する以前のパーソナリティは、精神分析学者が成人において「自我(エゴ)」と呼んでいるもの、つまり漠然と感じられる衝動の全体です。ところが、鏡の像、それが自己自身についての反省を可能にしてくれるわけですが、その鏡像とともに、自己自身の理想像、精神分析学の用語で言う「超自我」の可能性が出現してきます。

P.164―165
 鏡像の習得は、世界や他人に対する認識関係の問題であるばかりか、存在関係の問題でもあります。
 ・・・この生きられる自我、直接に生きられている自我の上に、構成された自我、遠くに見える自我、想像的自我、つまり精神分析学者たちの言う超自我が、積み重ねられることになります。
 ・・・鏡像は、幼児を実際に<ある>ところのものから転じて、自分をこうであると<見る>そのおのれの姿、あるいは自分をこうであると<想像する>その姿に振り向けるという意味で、非現実化機能を果たすわけです。

P.184
 「私」なるものが入りこんでくるのは、人々が彼に向かって言う「お前」が、自分にとっては「私」だということがわかったときです。つまり「私」という語が使用されうるためには、視点というものは相互的なものだという認識がなければならないわけです。

『哲学をたたえて』
P.245-246
 哲学はあらゆる事実やあらゆる経験に接しながら、或る意味がおのれを自覚するようになる稔り豊かな諸瞬間を文字通り掴まえようと試みるのであり、また哲学は<真理の生成>、ただ一つの歴史とただ一つの世界との存在を予想するものでありながら、また逆にそのことを成り立たせている<真理の生成>を回復し、あらゆる制限を超えてそれを推し進めるのです。


P.257
『眼と精神』
 実際のところ、<精神>が絵を描くなどということは、考えてみようもないことだ。画家はその身体を世界に貸すことによって、世界を絵に変える。この化体(けたい)を理解するためには、働いている現実の身体、つまり空間の一切れであったり機能の束であったりするのではなく、視覚と運動との縒糸(よりいと)であるような身体を取り戻さなくてはならない。

P.261
 ラスコーの洞窟に描かれている動物(注:約2万年前の後期旧石器時代の人類によって描かれた洞窟壁画)は、石灰岩の亀裂や隆起がそこにあるのと同じようなふうにそこにあるのではないのだ。といって、それらの動物がどこか<ほかのところ>にいるというわけでもない。これらの動物たちは、それが巧みに利用している岩の少し手前、あるいはその少し奥に、しかもその岩によって支えられながら、そのまわりに放散しており、目に見えないその繋索を引きちぎることはないのだ。

P.282―283
 私は空間をその外皮に沿ってではなく、内側から見るのであり、そこに包み込まれているのだ。要するに、世界は私のまわりにあるのであって、私の前にあるのではない。・・・もはや問題は空間や光について語ることではなく、そこにある空間や光に語らせることなのだ。

・・・奥行とは何か、光とは何か、存在とは何か――これらは、身体から切り離された精神にとってではなく、デカルトが身体に拡がっていると言った精神にとって何ものなのか、――そして最後に、それらは、われわれを貫き、われわれを包んでいるのであってみれば、単に精神にとってだけではなく、それら自身にとって何ものなのか、と問うことが出来よう。

 ところで、これから探求されなければならないこうした哲学こそ、画家が生気をあたえているものなのだ。もっとも、画家が世界についての意見を述べている時ではなく、彼の視覚が行為となる瞬間、つまり、やがてセザンヌが言うであろうように、画家が「絵の中で考える」時にである。

P.289
 私が水の厚みを通してプールの底のタイルを見るばあい、私は水や反射光があるにもかかわらずそれを見るというのではなくて、まさにそれらを通し、それらによって、このタイルを見ているのだ。仮にこの歪み、この日光の縞模様がないとしたら、つまり私がそうした肉づけなしにタイルの模様の幾何学だけを見るということになれば、そのとき私はそれをあるがままに、それのあるところに、つまり場所の同一性を一切越えた所に、見ることを止めてしまうことになろう。

 私は、水そのもの、水の力、シロップのような眩い媒体、それが空間の<なか>にあるとは言えない。水はどこかほかのところにあるわけではないのだが、しかしプールのなかにあるのでもない。水はプールに住みつき、そこで物となっているのだが、そこに<封じこめられて>いるわけではない。

 糸杉のスクリーンに水の反射光が網の目をなして戯れているのを見上げるとき、私は水が訪れていることを、少なくともそこに水がその活動的な生きた本質を送り届けているのを、否定するわけにはいかない。<見えるもの>のこの内的躍動、この放射こそ、画家が奥行・空間・色彩という名のもとに求めているものなのだ。

P.297
 およそ目に見える一つ一つの物、目に見える物としてのすべての個体は、次元としてもまた機能する。それらは存在の裂開(注:切り開く行為)の結果として与えられているからである。と言うことは結局、<見えるもの>の特性は、厳密な意味では<見えない>裏面、つまりそれが或る種の不在として現前させる裏面をもっていることだ、ということを意味する。

P.300―301
 新しい発見とは別の探求を呼び求めるものにほかならない。普遍的絵画とか、絵画の全体化とか、完全に実現された絵画といった理念は、かくて意味を失うのだ。

 けだし、われわれが絵画においてもまた他の場面でも、文明の段階を決定したり進歩を論じたりできないのは、何らかの運命がわれわれを後に引き留めているからではなく、むしろ、或る意味では絵画の最初のものが未来の果てまで歩みつくしてしまったからなのである。

 たとえいかなる絵画も<絵画そのもの>を完成せず、いかなる作品も絶対的な意味で仕上げられるということはないにしても、それぞれの創作は他のあらゆる作品を変え、変質させ、明らかにし、深め、確かなものにし、高め、創り直し、前もって創り出すことになるのである。

(私的見解)
 『眼と精神』の絵画論は、絵画を論じていながら、哲学=現象学としての哲学を論じている。そして、その絵画論=哲学には、東洋的なまた禅の世界に似た、自己と世界との一体感を感じる。世界=空間は私とともに在る。そして、時間=過去・現在・未来も、私とともに在る。そこには、私と空間・時間を遮るものはない。私は空間・時間の中に、ただ在ることを知るそこで見たものが、優れた芸術作品としての絵画になるのではないだろうか。これが、現時点での私なりの解釈だ。

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