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国際政治学者としてこんな本をお薦めしたい!

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毎月、毎週、魅力的で面白そうな本が大量に刊行されています。そのようななかで、気になった本、読んで面白かった本、話題となっている本などを取り上げて、こちらでご紹介したいと思います。… もっと読む
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記事一覧

NATOの東方不拡大の「約束」はなかった ー最新の外交史研究の成果から

メアリー・サロッティ教授によるケンブリッジでのオンラインでの講演がありました。サロッティ教授はいまもっとも評価が高い米国人の外交史家の一人で、ドイツ統一や冷戦終結についての優れた研究があります。そしてこの講演の中で、「NATO東方不拡大の約束はない」と明言。 あまりにもタイムリーで充実した内容で、これからCentre for GeopoliticsのYouTubeチャンネルで動画がアップされます。Not One Inchと題する彼女の最新刊についての講演。以下、「約束」はな

谷一巳『帝国とヨーロッパのあいだで ーイギリス外交の変容と英仏協商 1900−1905年』(勁草書房、2021年)

おそらく日本語でのイギリス外交史研究の著書史上、もっとも装丁が美しく品格がある(私の主観)、谷一巳博士の初めての著作、『帝国とヨーロッパのあいだで』(勁草書房)がまもなく刊行されます! 谷君は、10年少し前に私がプリンストン大学に在外研究に出ているときに、日吉で、私の代わりに講義をお願いしておりました君塚直隆さんの洗練された西洋外交史の講義に完全に魅了され(あまり話すのが得意ではなかった谷君には、君塚さんの講義でのトークは圧倒的であった)、君塚さんの演習も履修し、その後君塚

吉留公太『ドイツ統一とアメリカ外交』(晃洋書房、2021年)

吉留公太さんのこちらの新刊本を手に取って、あらためてドイツ統一と冷戦終結が歴史となったのだと実感しています。 今年は、「9・11テロ」の20周年であると同時に、ソ連崩壊、冷戦終結から30年。カブール陥落と米軍のアフガン撤退によって前者ばかりが注目されておりますけれども、後者もまた歴史的には大きな事件です。こちらの著作はおもに、アメリカ外交を軸に、1990年のドイツ統一に至る国際政治と外交交渉を包括的かつ緻密に論じておられます。 吉留さんとはほぼ同世代で、東欧革命、ドイツ統

アフガニスタンの混迷と、研究者としての来歴と

われわれの過去20年間は、「タリバーン政権の崩壊」に始まり、「タリバーン政権の復活」に終わった はたしてわれわれは、この20年をどのように回顧すればよいのだろうか。 私が大学院博士課程を修了したのが、2000年3月。大学教員としてこの年の春から教え始め、翌年の2001年9月11日はちょうど夏季休暇を利用してロンドンに史料収集に行っていた。 一週間ほどロンドンに滞在して、キュー・ガーデンにある国立公文書館(The National Archives)に通い、次の研究のテー

阿部圭史『感染症の国家戦略』と日本経済新聞編『パクスなき世界』

夏休みの寛いだ時間を過ごしておられる方も、まったくそのような贅沢がなくむしろ普段よりも忙しいという方もおられると思います。この季節は、ふだんゆっくりと読書をできない中で、なかなか読めない本を読む貴重な時間が得られるという方も多いかも知れません。今回は、2冊お薦めの本を。 一冊目は、前WHO健康危機管理官を務めた、阿部圭史さんのはじめてとなる単著で、『感染症の国家戦略』。阿部さんは北大医学部を出た後に医師になり、その後ジョージタウン大学大学院で国際政治を学び、帰国後は厚労省勤

岩間陽子『核の一九六八年体制と西ドイツ』(有斐閣、2021年)

オリンピックでの選手たちの華やかな活躍が、われわれにいっていの爽快感を与えてくれていますが、他方で以前から楽しみにしていた本が刊行されることもまた、この制約の多い生活の中でも大きな潤いや喜びを提供してくれます。 岩間陽子先生のこの一冊はまさにそのような著書だと、喜びとともにページを開いております。 岩間先生は、京都大学で高坂正堯先生に学ばれたドイツ外交史、ヨーロッパ安全保障などをご専門とする国際政治学者で、おそらく高坂先生が晩年に、まるで実の娘のように、最もかわいがられた

飯田洋介『グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争 ービスマルク外交を海から捉え直す』(NHKブックス、2021年)

『ビスマルク』の著者、飯田洋介さんが、またとてつもないご本を刊行されました。以前から、こちらのフェイスブックで執筆や構成の進捗状況を示唆されておられ、どのようなご著書になるか刊行を楽しみにしていたところ、想像を上回る圧倒的な水準のご著書に。 最近はなかなか、このような迫力があり、緻密で、独創的な著書を、新書や選書などで出されることも減っているような気がします。読みやすい、口述筆記のような、雑誌の編集者出身の方や、ジャーナリスト出身のかた、サラリーマンの方などが一般向けの通史

細谷雄一『迷走するイギリス ーEU離脱と欧州の危機』(慶應義塾大学出版会、2016年/Kindle版2021年)

ちょうど今日、『迷走するイギリス ーEU離脱と欧州の危機』のKindle版が発売です!といってもこちら、5年前に紙のものを刊行しており、時間が経ってからのKindle。でもちょっと嬉しいです。イギリスは迷走し続け、5年経ってもまだ読んでもらえそうで。でもイギリス外交を学んできた者として、本当は悲しむべきかも? こちらの本は、すでにほかのところで書きましたが、2016年6月23日のイギリスのEU加盟継続を問う国民投票での離脱の結果を受けて、急いで2ヵ月ほどで書いてまとめて、1

山本健『ヨーロッパ冷戦史』(ちくま新書、2021年)

今からもう12年も前のことになりますが、日本国際政治学会が学会設立50周年を記念して、全四巻の「日本の国際政治学」というシリーズの本を刊行しました。私は、第四巻の編集を担当して、「歴史の中の国際政治」というテーマで、組むことに。そうそうたる方々にご執筆を頂きましたが、そこで最年少でLSEで博士号を取得して帰国された山本健さんに、「ヨーロッパ冷戦史」というタイトルで、一章を書いて頂きました。 英仏独のアーカイブを使い、冷戦史と欧州統合史の最先端の研究を行っていた山本さんこそが

網谷龍介『計画なき調整 ー戦後西ドイツ政治経済体制と経済民主化構想』(東京大学出版会、2021年)

私の同世代のヨーロッパ政治史研究のエース、網谷龍介さんが、とてつもない学術書を刊行しました。チャールズ・メイアーや、篠原一先生を彷彿させるような歴史研究と政治理論研究の融合。そして通説への果敢な挑戦。網谷さんの30年間の誠実にして堅実かつ勤勉な研究の果実であり、あまりにも重厚で、深みのある分析です。 序章を読み始めてふと感じたようなノスタルジーのようなものは、私が大学院生のときに読んでいた、東京大学出版会が刊行する政治学の学術書の質の高さを思い出したのかも知れません。北岡伸

堤林剣・堤林恵『「オピニオン」の政治思想史 ー国家を問い直す』(岩波新書、2021年)

私の勤務先での尊敬する同僚、堤林剣先生の、奥様との共著が刊行されました。堤林先生は、研究者として卓越した能力を有するのみならず、私の勤務先では、私の数倍の大変な事務処理業務を日々になっておられ、さらには高校時代にイギリスで過ごされたそのジェントルマン教育の精神から素晴らしい人格です。 ちょっと褒めすぎのような気がしますが、実際に今、政治学科の1年生向けに政治学基礎という科目をご一緒しているのですが、堤林先生と一緒に担当していると、自らの研究者、教育者、大学行政者としての能力

岩田清文・武居智久・尾上定正・兼原信克『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』(新潮新書、2021年)

机の横に積み重なった新刊書の数々を手に取って、中を開いて堪能し始めました。こちらの一冊、学者外交官であり、戦略思想家である兼原さんが、「平成の名将」を集めて縦横無尽に、現在の問題を語り合っておられます。今、日米間で緊迫した課題となっている「台湾危機への対応」の章もあり、まさに時代を先取りして、問題の本質に迫っておられます。 とりわけ、冒頭の兼原さんの「はじめに」は必読。現在の中国から来る圧力を近代史のなかに位置づけて、「この圧倒的な圧迫感は、日本が明治時代に帝政ロシアに怯え

千々和泰明『安全保障と防衛力の戦後史1971-2010 ー「基盤的防衛力構想」の時代』(千倉書房、2021年)

防衛研究所主任研究官であり、戦後日本の防衛政策史についての第一人者ともいえる千々和泰明さんによる、新著が刊行されました。これはすごい。 「基盤的防衛力」という、戦後日本の防衛政策における最も重要な概念について、幅広い一次史料の利用や、インタビューに基づいて、緻密に、かつ説得的かつ論理的に議論を組み立てた成果です。 千々和さんは院生の頃から、その真摯な研究姿勢に注目してきましたが、この10年ほどのご活躍はほんとうにめざましい。少し前には、アジア・パシフィック・イニシアティブ

波多野澄雄・赤木完爾・川島真・戸部良一・松元崇・兼原信克『決定版・大東亜戦争(上・下)』(新潮新書)

最強のドリームチームによる『決定版大東亜戦争』。私がご指導を頂いた方ばかり。 戸部先生、赤木先生、波多野先生、庄司先生の三先生は、それぞれ防大教授、そして防衛研究所研究官を務め、防衛省内で膨大な軍事史関連資料を読まれた専門家であり、軍事史学会で会長職などを務めた権威。 大変な量の軍事史資料がありながらも、日本の歴史学の世界ではなかなか、軍事史的な戦争史および軍事史研究(歴史学の世界では、社会史的な戦争史研究はありますが)は市民権を得ずに、防研系の歴史家によって研究がなされ