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期待外れは、期待外れなりのスピーチでいい。のび太にしか紡げない言葉がある。

冠婚葬祭のスピーチは、どんな優れた脚本や感動的な作品にも勝ると言われているそうです。来春、友人の結婚式でのスピーチを頼まれているのですが、ああ、大丈夫かしら。

映画『STAND BY ME ドラえもん2』では、のび太が、あの野比のび太が、自らの結婚式(花嫁はもちろんしずかちゃん!)にて、余りにも感動的なスピーチ披露をやってのけます。のび太のくせに、です。

現在公開中の本作、あらすじは以下の通り。

ある日のび太は、古いくまのぬいぐるみを見つける。それは、優しかったおばあちゃんとの思い出の品だった。「おばあちゃんに会いたい!」ドラえもんの反対を押し切り、タイムマシンで過去へ向かうのび太。 おばあちゃんは突然やってきた少年を、のび太と信じ、受け入れてくれる。 そして、「あんたのお嫁さんをひと目見たくなっちゃった」おばあちゃんのこの一言から、ドラえもんとのび太の大冒険が始まる。
おばあちゃんに未来の結婚式を見せようとするのび太たちだったが、しずかとの結婚式当日、新郎ののび太が逃げた!? のび太を探すジャイアンとスネ夫。信じて待ち続けるしずか。おばあちゃんの願いを叶えるために、家族、友だち、そして、大好すきなしずかちゃんの想いに応えるために、時をかけるのび太とドラえもん。過去、現在、未来をつなぐ、 涙と絆の物語をお贈りします。

2014年公開(もう6年も前とは!)の『STAND BY MEドラえもん』の続編として製作されていまして、前作は「のび太の結婚前夜」と「帰ってきたドラえもん」プラスオリジナルストーリーという構成でしたが、今作は「おばあちゃんのおもいで」と「ぼくの生まれた日」の融合作と言えるでしょうか。

そう。前作を観た時にも思いましたが、これって今までの名作の切り貼りでしかないのです。しかも、そこに組み合わされるオリジナルストーリーは、何というのかな、とても「狙いに行っている感」が強くて、泣ける映画というよりは泣かす映画を目指しているのかな、八木監督、山崎監督、、と感じざるを得ません。

前回も今回もね、そうやって斜に構えて観進める訳ですが、結局はドラえもんに、のび太に泣かされてしまう。青ダヌキしてやったり、です。「たかがドラえもん、されどドラえもん」の台詞が、大山のぶ代さんの声で脳内再生されております。

のび太は、絶対的に愛されることを知っている男

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さて、今回のストーリーを一文で表すなら、「いつも通り、のび太がドラえもんを頼りながら、過去と未来を行き来する中で、自らが愛されていること、愛されて生まれ育ったことを実感し、周囲にも愛を分け与えるお話」とでも言えるでしょうか。

マリッジブルーに襲われた大人ののび太(女々しい)は、結婚式当日に逃げ出します。もちろん周りはてんやわんやする訳ですが、何だってこんなことが出来てしまうのかを考えると、のび太には、何をやらかしてもどうにかなるだろう、きっと許されるだろう、ドラえもんが助けてくれるだろう、という甘えが根底にあるからだと思うのです。

責任感を持って約束を遂行すること、目的達成の為に努力し続けること、周囲に迷惑を掛けないことは何よりも大切ですが、のび太はそれが出来なくても自分は許されることを知っている。誰かが助けてくれることを信じて疑わない。

それは、自分が愛されていることを知っている、ということとイコールでもあります。のび太は、つくづく幸せ者です。

しずかちゃんは「のび太さんはそのままで良いの」と、いつでも丸ごと受け容れてくれるし、おばあちゃんも「約束を守るためにがんばってくれたことが嬉しいんだよ」と、のび太をもはや盲目的に信じ切っています。のび太のパパやママがのび太を心から愛していることは言うまでもなく、ツンデレジャイアンの「(結婚するなんて)のび太のくせによお」にも愛がダダ洩れ。ドラえもんも、ぶつくさ言いながらもいつでものび太に手を差し伸べてしまう。

そんなに愛情を一身に受けているのに、のび太は自信がない。打たれ弱い。自身を喪失する度に、誰かからの肯定の言葉を求めてしまう。完全なるメンヘラです。かまってちゃんです。女々しい程にちゃっかりしている男な訳です。そこがのび太の良いところであり、才能でもあります。

ドラえもんは、のび太の未来をより良くする為に彼の前に現れた訳ですが、結果としてのび太の他力本願根性を助長している様な気がするので、ドラえもんの存在意義は何なのか考えたくなってしまいますね。幸せ=苦労せずに生きて行ける、とも違う気がしますから。

真面目で責任感の人一倍強い方、これまで血の滲む様な努力と苦労を重ねて来られた方、素晴らしい人格者の方なんかは、恐らくのび太の言動の一つ一つに苛立ってしまうのではと推察します。でも、私ももれなくのび太寄りの人間なので、そんな彼に親しみを持って、どっぷりと応援したくなってしまいます。まあ、のび太や私の生き方が褒められたものかどうかは甚だ疑問ではありますが。

しずかちゃんは、随一のだめんずメーカー。

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のび太の様に徹底的に甘やかされて育った人間は、どこかのタイミングで壁にぶち当たることが大抵のセオリーです。甘ったれた人間は、自活能力がとことん乏しいため、仕事やら恋愛やら結婚やらで、どうにか自分を変えないと幸せになれん!!という局面に直面するからです。かく言う私も、ユートピア的な実家でぬくぬく育った身なので、今まさに自立という課題を抱えていたりします。

にも関わらず、のび太は恐らく壁にぶち当たっていない。変わっていない。子どもの頃のまま、大人になれた。何故なら、そんなのび太を、ダメダメなのび太を肯定して受け容れてくれる人がいるから。それが、他ならぬしずかちゃんな訳です。

ダメダメなのび太を、そのままののび太を愛してくれるしずかちゃん。彼女の様な存在が現れることは極めて稀で、しずかちゃん自身がもはや奇跡。大抵は(私の様に)、ちっとも良い相手に巡り逢えない為、自分を変えることに躍起になるのです。

確かにのび太は、「人の幸せを願い人の不幸を悲しむことが出来る」心優しい青年であり、1年に1回はとんでもなく格好良いヒーローになるし、射撃とあやとりの腕前も持ち、どこでもすぐに寝られることはヴァイタリティの顕れとも言えるかもしれません。

でも、相手はしずかちゃんです。あの、しずちゃん。源しずかさん。もっともっと、他に、いくらでも良い男がいるでしょうに。どうして出木杉ではなくのび太なのでしょう、とは誰もが思うところです。

しずかちゃんは、子どもの頃から圧倒的な母性を持った女の子であり、人のお世話をすることが大好き。放っておけないのです、のび太さんを。いわば、看護師の立派な女性が、その母性と献身的な無私無欲の愛情により、売れないミュージシャンやら貧乏役者やら自称パチプロのヒモ彼氏とずぶずぶの関係を長年続けてしまっている、という様なこと、かもしれません(そこまでではないな)。

しずかちゃんの手の転がし様によっては、のび太はもっと良い男に育ったかもしれない。でも、しずかちゃんはそのままで良いと言う。だから、のび太はダメなままなのです。しずかちゃんに愛されてしまったが為に、のび太は自己成長を放棄してしまった。正に、しずかちゃんはだめんずメーカーなのです(他の男を渡り歩いているとは思い難いので、だめんずウォーカーではない)。だめんずメーカーのしずかちゃんは、駄目な男であるのび太を手元に置いて甲斐甲斐しく面倒を見ることで、自分の存在価値を認めているのかもしれません。

つい、言葉が過ぎました。この映画は、もっと純粋な気持ちで観られる作品ですし、現に私も、映画館ではすっかり涙をぼろぼろ零して感慨に浸っていたのですが、こうして言語化するに当たって、穿った角度から色々と考えてしまいました。

そんなことを考えると、しずかちゃんの生育環境が気になってしまいます。人格って、必ず何某かとの因果関係の上に結ばれるものですから。しかし、しずかちゃんのことは子どもの頃から知っているし、ご両親だって立派な方です。一体どうしてそんな女性が生まれ得るのか、つくづく疑問でございます。しずかちゃんのルーツを紐解く作品も、ぜひ見てみたいところです。

弱者だからこそ、生み落とせるものがある。

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のび太は、しずかちゃんと結婚できる時点で人生の勝ち組かもしれませんが、結局はダメダメのままですし、弱い心を抱えた人間であることには変わりありません。

今作のそもそもの始まりが、のび太の現実逃避な訳ですが、のび太やドラえもんが教えてくれるのは、「たまには逃げたって良いんだよ」ということかもしれないですね。

そんな、弱い人間に対して排除的な方向性も世の流れとしてあるかもしれませんが、のび太は、のび太だからこそ、奇跡的で感動的な瞬間を生み出すことが出来るのです。弱さを知っている人間だからこそ、弱い人間に寄り添えるし、その言葉は本当の強さを帯びるのです。期待外れだろうが何だろうが、誰しも愛されるべきであるし、実際に誰しも愛され祝福されている、そのことを身を持って示してくれます。

あののび太が、あんなにも感動的なスピーチを織り成す。ここでその多くを語ることは憚られるので、その中身はぜひ劇場でお確かめ下さい。劇場版パンフレットに、このスピーチ全文が掲載されているので、それを引用しつつ、友人の結婚式のスピーチを考えようかなあ。あ、でも、これは結婚する本人のスピーチだから使えないか。それでは、菅田将暉の『虹』を歌うのもアリかしら(ウエディングソングの新定番にぜひ推したい、神がかり的一曲。エンディングでもうひと泣きさせられることは必至)。

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