歌うたいのロボット

森の中を多脚戦車を連れた中隊が進んでいく。
無線通信をする歩兵A。
歩兵A「こちらエコー。旧市街を抜けて北東の森を進行中。多脚戦車のレーダーに検知は無し。このまま進行する。」
歩兵の1人が何かに気がつき、手を挙げ進行を止める。
歩兵B「なにか聞こえません?」
歩兵C「ん?あぁ…微かに…」
森のどこかで古びたラジオのような音が聞こえてきた。
歩兵B「通信は?」
歩兵D「U/V共に反応無し。国V、Vガード、Uガードモニター中です。」
歩兵A「レーダーも反応無し。どこからだ…?」
歩兵Aが通信を行う。
歩兵A「こちらエコー。位置289の046にて異音を確認。壊れたラジオのような音である。レーダー、U/V共に反応無し。指示を待つ。」
歩兵Bが双眼鏡を覗き込む。
歩兵B「あ、11時の方向に洞窟らしきものを視認!異音あの中からじゃないっすかね?」
歩兵A「まぁ、とりあえず指示待ちだな。」
そこへ本部から通信が入り応答する歩兵A。
歩兵A「了解。はぁ、おれらで確認しろだってさ。とりあえずSpot(UGV)行かせるか…」

UGVの映像を見ながら話す歩兵たち。
歩兵C「これ、古いロボットですね。周りの映像と数値を見る限り危険は無さそうですよ。」
歩兵A「面倒だが行ってみるか。」

洞窟の中には古びたロボットが一体横たわっていた。
ラジオのような音はよく聞くと音楽のようにも聞こえる。
歩兵B「なんですかねこれ?」
歩兵A「見る限り旧型の愛玩ロボットを自前で改造したみたいだな。北から来てる可能性もあるし一応記録見とくか。」
歩兵Dが手際良くロボットの記録をサルベージして行く。

ロボットの記憶。
???「…はよう…きて…起きて…ねぇ起きてって!」
視界の前にはボロい布を纏った赤毛の男の子が立っていた。
男の子「起きた!よろしくね、バラッド!」
バラッド「バラッド?」
男の子「そう!それがお前の名前だ!僕と一緒に歌う旅をしよう!」
周りを見渡すと古びた倉庫のような部屋だった。
男の子「バラッド!君は僕が作ったんだ!そして僕の名前はディアミド!歌うたいさ!」
バラッド「つまりあなたは私のご主人様?」
ディアミド「ご主人様!いいねぇその呼び方!でもディアでもいいよ?」
ディアミドは無邪気に笑っている。

その後、私はご主人と旅に出ることになった。
ご主人は歌うたいで日銭を稼いで生活をしていた。
私はいつもご主人の伴奏を担った。
歌の内容は歴史物語や今の社会の事、叙情詩なんかもあった。
特に今の社会情勢を歌った歌は、人々の情報源として重宝された。
なんせこの国は今、北と南に別れて膠着状態が続いており、紛争間際まで来ていると言われていて、私達が旅をして集めた生の情報は人々に強く求められていた。

ある日街の酒場で歌をうたっていた日のこと。
その日は雪が降っていた。
店主「ごめんねぇ。今日はあいにくの天気で客足も少なくて」
ディアミド「いいんです。こうやって歌わせてもらえる場所を頂けるだけで」
酒場は人が入れ替わり、閉店間際には人影はほとんど無くなっていた。
カウンターにはスコッチを片手に酔いつぶれている天使が一人いた。
背中には純白の羽が生えていた。
私達はその隣に座り、ご主人はアイリッシュシチューとソーダブレッドを注文した。
酒場で歌った日にご主人が注文する定番の夕食だ。
天使がカウンターにもたれながら薄目を開けてご主人に質問する。
天使「君はこの街が好きかい?」
ディアミド「好き」
ご主人はシチューを頬張りながら即答した。
天使「そう、それは良かった。」
天使は安心した顔でまた眠りに付いた。
その日は夜遅くまで雪が降り続いた。

私たちはまた南下しながら歌うたいの旅を続けた。
その日は雨だった。
その日もとある酒場で歌っていた。
前より人の出入りは良かった。
沢山の人が出入りしたのち、閉店間際にまたカウンターで天使が酔いつぶれていた。
相変わらずスコッチを脇に置いている。
私達は変わらず隣に座り、ご主人は定番の2品を注文した。
天使が問いかける。
天使「君はこの世界は好きかい?」
ご主人「…好き…」
ご主人は少し考えてから答えた。
天使「そう、それは良かった。」
また天使はゆっくりと目を閉じ眠りについた。
その日は朝まで雨が降り続いた。

私達が南下の旅を続けていたある日、紛争は現実のものとなってしまった。
南部の国境付近では厳戒態勢が引かれ、街は混乱に陥っていたという。
幸いにも私たちの旅していた街まではその影響は届いていなかった。
相変わらず酒場で歌う日々を送っていた。
この日は晴れだった。
酒場もそれなりに人が出入りし、ご主人の歌う紛争の最新情報に人々は耳を傾け、酒を飲み交わし、国家の存亡や宗派の対立について語りあっていた。
時には殴り合いがあったりもしたが私たちは気にもとめず歌い続けた。
閉店間際、またいつもの天使がカウンターで酔いつぶれていた。
相も変わらず隣に座り、ご主人はシチューとブレッドを注文する。
いつも通り天使が質問をする。
天使「君は自分の人生が好きかい?」
ディアミド「好き」
答えると共にご主人のシチューを食べる手が止まっていた。
天使「ふふ。そうかい。」
天使は柔らかな目でご主人を見つめていた。
天使「なら君に歌を授けよう」
そう言うと天使は歌を口ずさみ始めた。
歌は想い人への愛を歌ったバラッドだった。
歌い終わったあと天使は何も言わずに酒場を出て行ってしまった。
ご主人の食事をする手は止まっていた。
その日は街中で喧嘩をする男たちの声が酒場まで響いてきていた。

南下の旅を続けて行く程に紛争の影響は大きくなり、徐々に街が廃れ始めた。
そんな折、ご主人は流行病に倒れた。
街のボロい病院のベットに横たわり咳をするご主人。
私は横で座っているだけで何も出来なかった。
そんな僕の後ろからあの天使が話しかけてきた。
天使「よう、元気かい」
ご主人「………」
天使「つれない顔をしているね」
ご主人はじっと天使の目を見ている。
天使「最後に質問をした時、君はどうして嘘をついたんだい?」
嘘?あの時ご主人は嘘をついていたのか。
ご主人は自分の人生が嫌いなのだろうか?
ディアミド「嘘をついたつもりはなかったんだ。ただ、信じていたかったんだよ。自分の人生は良いものだと。自分は幸せ者だと。ただただそう信じていたかったのさ。」
天使「信じるものは救われる。それで君は救われたかい?今の人生が幸せになったかい?」
ディアミド「………」
ご主人はベットの上で黙っている。
天使「じゃあ最後に君を救うとしよう。それが僕の定めだからね。」
そう言って天使は僕の横で天へと消えていった。

次の日、ご主人と同じ病室に1人の少女が入院してきた。
少女は綺麗な金髪とグリーンの瞳をしていた。
ご主人は一目みてその少女に目が釘付けになっているのが分かった。
少女「こんにちは」
少女は優しく微笑みかけてくれた。
ディアミド「あ、えと、こんにちは」
少女「綺麗な赤毛。私赤毛って好きよ。赤毛のアンとかよく読んで育ったわ。」
ご主人は目に見えて照れている。
少女の名前はウナというらしい。
その後も2人はたわいもない話をしてすぐに仲良くなった。
そして少女が治療でベットを離れた時に、ご主人はお母様の話をしてくれた。
ディアミド「僕の家庭は貧しかった。父親が幼い頃に病死して、母さんが1人で僕を育ててくれたんだ。いつも僅かなジャガイモを2人で分けて生活する日々が続いていた。たまの贅沢はアイリッシュシチューとソーダブレッド。今でもあの味は覚えている。」
そうか、だからご主人はいつもその2つを頼むんだ。
ディアミド「僕は愛されていた。そして自分が貧困であることに気がついていなかった。母さんはそんな素振りは一切見せずに元気に普通の子供として育ててくれたんだ。でもある日母さんが病に倒れた。」
ご主人の顔が暗くなる。
ディアミド「母さんの治療には莫大なお金がかかる事が分かった。だから母さんは治療を諦めた。僕が一人前になるまで見届けられたから悔いは無いって、ベットでいつも僕にそう言い聞かせてくれた。その時頭を撫でてくれる母さんの手の温もりは今でも忘れられない。」
ご主人は自分の手を見つめている。
ディアミド「程なくして母さんは死んだ。僕は泣いた。だって僕にとって唯一の家族だったから。唯一の命の繋がりだったから。泣いて泣いて泣き疲れた時、倉庫の奥に埃をかぶってしまってある古いロボットを見つけたんだ。それははるか昔に父親が購入したものだったみたい。僕はそれを3年かけて修理した。僕の大好きな音楽が出来るように改造もした。それが君だよバラッド。僕には新しく家族が出来たんだ。」
家族…その響きがどこかくすぐったく感じた。
でも、とても暖かい気持ちになった。
ディアミド「そんな母さんにね、そっくりなんだ。」
ご主人は空になった少女のベットを見ながら言う。
ディアミド「綺麗な金髪に透き通るようなグリーンアイ。まさに母親の生まれ変わりみたいだ。あの天使の仕業かな?」

その後、少女が戻ってきてからというもの、ご主人はこれまで見せたことの無い笑顔で毎日を過ごしていた。私の事も誇らしく紹介してくれた。
私にはわかる。ご主人はウナに恋をしていた。

ウナ「ねぇ、あなたの病気悪いの?」
ウナが聞く。
ディアミド「相当悪いみたい。最近流行りだした病気でまだ薬も出来てないんだってさ。ここが僕の最後の寝床になるかもね。」
ご主人は優しく笑う。
ウナ「私ディアが死ぬのは嫌だな。」
ディアミド「ごめんね。でも運命には逆らえない。これが僕の運命だよ。でも、最後にウナに出会えて良かった。本気でそう思ってるんだ。」
ウナ「本当?うれしい。実は私もそんなに長くは無いんだってさ。」
ディアミド「そうか。お互い大変だね。でも、ドクターが言うにはウナは僕よりは長生き出来るみたいだよ。」
ご主人は慰めのつもりで言ったのだろう。
それを聞いたウナは涙を流し始めた。
ウナ「先にディアが行っちゃうんだね。それってずるいよ。私だけ置いて。せっかく出会えたのに。」
ご主人は申し訳なさそうに謝る。
ディアミド「それは…ごめん…」
そしてご主人が話始める。
ディアミド「ねぇ、天使って信じる?」
ウナ「天使?」
ディアミド「そう。純白の羽を持った天使。信じられないかもしれないけど、僕らはその天使のおかげで出会えたんだよ」
それからご主人は僕らの旅の話と天使と出会った話、更には自分の母親の話をした。
そして、ウナに愛を伝えた。
ウナは泣いて喜んでいた。
ウナ「私も死ぬまで一生愛する。だからディアも死ぬまで愛して。」
互いの最後がわかってる状態で伝える愛が、どれだけのものなのか私は想像でしか思い描けない。
きっと2人は今この国で一番深い愛情で繋がっているだろう。
私にはそう思えてならない。
その日は夜遅くまで昔話を話し合っていた。私も一緒にいたが産まれてきた中で一番心地の良い時間だった。
次の日、ウナの病態が急変しこの世を去った。
突然のことだった。
院内は騒然となり慌ただしくドクターが駆け回っていたことを覚えている。
後からドクターに聞いた話だが、紛争の影響で頓服薬の輸送が遅れていたせいでウナは助からなかったらしい。
ご主人は丸1日一言も発さず床に伏していた。
次の日。
ディアミド「バラッド、もっと南へ行こう。紛争地まで行って、そして歌をうたおう。残された命を最後まで使うんだ。」
そう言ってご主人はこっそり病院を抜け出し南へ向かった。幸いにも季節は春で弱ったご主人の身体でもなんとか旅が出来た。
しかし、やはり無理はあった。
いくつかの街で歌をうたったのち、ご主人の体調は酷く悪化した。
仕方なく旅の途中の森にあった洞窟に避難した。
そこでご主人は最後を悟ったのだろう。
天使から教えてもらったバラッドを命が尽きる最後まで歌い続けた。
私も一緒に歌った。

今日だってあなたを思いながら
歌うたいは唄うよ
ずっと言えなかった言葉がある
短いから聞いておくれ
「愛してる」

歩兵Aが映像を見ながら隊員に問いかける
歩兵A「お前らこれ…信じるか?」
歩兵B「天使…ですか?」
歩兵D「信じるも何もこうして映像記録として残っている以上、事実であるとしか。」
歩兵A「まあ、いい。とりあえず記録は保存して本部に報告だ。このロボットも連れていくぞ。」
そう言ってロボットに近付いた時、ハッキリと映像でも聞いた歌の1小節が聞こえた。

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