【3分小説】不倫は罪ですか? #ショートショート
――2027年。
芸能人のスキャンダル、殺人事件の加害者、いじめの加害者…。
全ての罪は“ネットで裁判”されることになった。
法廷での裁判と同じく、
その人が「有罪か」「無罪か」ネット投票で決まるのだった。
もちろん有罪となれば、私刑となれば、
その様子はネットで全国に配信されるのだった。
それは、突然だった。
芸人を目指して上京した僕・田辺は、相方の矢野と貧乏生活を経て、やっと全国区のお笑いレースで優勝。
やっと夢だったテレビ進出が叶ったのだった。
夢が叶った僕らは少し油断していたのかもしれない。
突然「数年前、矢野が不倫していた」という情報がネットに広まったのだった。
きっかけは、あるツイートだった。
そのツイートは瞬く間に拡散された。
そして、週刊誌やらなにやらから「詳しくお話聞かせてもらえませんか?」というコメントが並び、コメント欄には「最低」「不倫男は死ね」などの言葉で溢れた。
矢野「ごめんなぁ、迷惑かけて」
そのことに関して、事務所に呼び出された後、
エレベーター前で矢野は見たことのないような顔でそう呟いた。
そう、昔とは違う、噂や情報が本当かどうかは重要ではない、矢野はこれから裁かれるのだ。
そのことに緊張感を感じた。
ただ俺は、このツイートがデマだと知っていた。
…というか信じていた。
矢野は顔はいいのだが、俺とお笑いばかりやってきた。そして貧乏生活を一緒にしてきたせいか、金もなく、女の子に手の出し方も知らないような奴だった。つまり全くモテてこなかった。
そして、最近、矢野に初めての彼女ができた。
だから俺は「矢野が不倫なんてありえない」そう思っていたのだ。
ただ、ネットを見ているとそんな自分がおかしいのではないか、となぜだか錯覚してしまう。
そして、信じているものの半信半疑なのには理由があった。あるツイートに、矢野が女性とホテルから出てくる写真があったのだ。
俺は俺の見た矢野を誰よりも知っている。
だが、写真がある以上、全てを信じ切ることがオレにはできなかった。
「もしかして一度だけ不倫関係があったってことなのか…?」と思ってしまう程、矢野のイメージはテレビやネットに固められてしまったのだった。
そして、間もなくして、
“ネット裁判”というアカウントで
の投票が始まった。
もちろん、投票のほとんどは「有罪」だった。
矢野がこの投票をしている人たちに何をしたんだろうか?
単純にそう思った。
俺たちは笑いを届けていたはずなのに、
おもしろおかしく人間のストレス解消のショーに使われているような、そんな気持ちだった。
俺はというと当然「すみませんでした」と
一言だけ自身のアカウントでツイートした。
正直、俺は誰に何を謝っているのだろう、と思ってしまった。
そしてその夜、「有罪」が90%になる頃、
矢野が飛び降りたという連絡があった。
ーー「一緒に世界中の奴を笑わせようぜ!」
そう誓った矢野は、傷だらけで包帯巻き。
集中治療室に入っている矢野は、まるで矢野ではなかった。
そう書かれたネット記事がすぐに配信された。
そして、ネットでは
「死んで償うんじゃん?ww」
「禊になってねぇよww」
「やっぱ不倫ガチだったんだな」など
それはまぁ好き勝手に書かれていたのだった。
そして、その書き込みが沈まないまま、
矢野は死んでいった。
たった数日のこの出来事でわかったことがあった。
やっぱり、矢野は不倫をしていなかった。
矢野の部屋には俺が初体験用にプレゼントしたコンドームがまだ未開封だった。
「あいつ…まだ使ってねぇのかよ」
そう思ったが、つまりは不倫はしていなかったのだろう。
俺の予想は恐ろしい程に正しかった。
瞬く間に広がったツイートの中にあった、矢野の不倫写真。
あの写真は合成写真だったことが証明された。
そして一番最初の炎上の原因になったツイートをした男は、俺たちのお笑い養成所の同期の男だったことがわかった。
つまり何からなにまでデタラメだったのだ。
人を笑わせることに誰よりも一生懸命で、血の滲むような努力でお笑いをやってきた男の最後がこんななんて、いいわけがない。
矢野はネット裁判によって殺された、そう思った。
悲しみを悲しみと思えない程、痛い。
起きても生きている心地がしない。
そんな中、あるニュースが飛び込んできた。
それは「ネット裁判」を正式なものとして
世の中に導入する、というものだった。
意味がわからない、おかしいだろ。
全部デタラメだったじゃないか。
そしてその翌日。
その記事には「ネット裁判で裁かれた矢野は果たして天国で反対しているのだろうか」などと書かれていた。
そして、その翌日には
矢野のそれをおもしろおかしく報じた週刊誌の会社である女が殺傷事件を起こした。
矢野の初めて付き合った彼女だった。
なんていう一週間だ、最悪という言葉でも足りないくらいだった。
こんな世の中、もう生きてる価値なんかないんじゃないか、俺はそう思った。
ただ、最後にそんな世の中に伝えたいことがあった。俺は死ぬ覚悟で配信を行うことにした。
俺は「矢野が潔白であること」「不倫はしていないこと」「ネット裁判は負の連鎖であること」を配信で訴えた。
もちろん、俺の意見に耳を傾けてくれる人は少なかった。
俺の配信の後、すぐに矢野のツイートを上げた男のネット裁判が行われていた。
何をしてもやっぱり止められなかった。
そして、翌年、
「ネット裁判」が正式に国会で成立。
人々は好き勝手に誰かをネットで裁判できるようになったのだった。
――ハッ!
目が覚めると
矢野「大丈夫か?ナベ~。おまえ、めっちゃうなされてたぞ~」
そう言われるのと同時に俺は矢野に抱き着いた。
矢野「なんだよ、きめぇわ」
2024年。
俺たちはまだ売れていない。
これからお笑いで売れていくのだ。
どんな世界になっても、人を笑わせていけるのか…
そう不安に思ったが、俺は夢で見たような世界にだけは絶対にしたくない、そう思った。
どんなに売れなくても、一緒にお笑いをして、
笑い合って、ぶつかり合う、矢野が隣にいる。
そして、俺らが売れた時、ネット裁判なんかよりもおもしろいエンタメを作れる男になろう、そう心に決めたのだった。
田辺「矢野。ぜってぇ売れような!売れて、悲しむ奴がいない世界作ろうぜ!!」
矢野「…今日のナベ、まじきもいわ」
そう言って、俺らはハイタッチをした。
矢野とハイタッチをした同時刻。
俺らの知らないところでは
「ネット裁判」の導入が検討されていた。
―――あなたはネット裁判に賛成?反対?
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