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不良の音楽

全然知らないわけじゃない。でも、ほとんど知らない。

気にならないわけじゃない。でも、どこからどう手をつけたらいいのかわからない。

スターウォーズ作品を見始める時のような、マーベル作品を見始める時のような、エヴァンゲリオンを見始める時のような、ガンダムを見始める時のような、ドラゴンボールを見始める時のような、そんな感じだった。

歴史が長ければ長いほど、複雑であればあるほど、追いかけるのは難しい。

だからなかなか手を出せずにいた。が、この度SNSでニューアルバムの情報を入手したことにより私の中で動き出した。

町田直隆。

以前から私の周辺ではよくその名前を聞くことがあったにもかかわらず、長い間きちんと聴いてこなかった。

ライブで一度拝見した事はあるけれど、失礼ながら目的が別にあってあまり集中できていなかった。

周囲から届く情報により、ロックな人だということ、素敵なボーカリストだということは認識していた。

でも、25年も歌っている人をゼロから知ろうとするのは難しい。

どこからどうしたら…?


ふにゃふにゃ考える前に、ニューアルバムを聴いてみることにした。


しっかりと聴いてみて最初に出てきた感想は

あれ、想像と違う。

だった。

もっとこう、なんというか、ガサガサしていてドカドカしていてギュインギュインしているのかと思いきや、とても繊細で軽快で表情豊か。

強い歌だなと思ったら弱い歌もあったりする。

真っ直ぐな歌だなと思ったらくねくねした歌もあったりする。

王道だなと感じるメロディーもあれば、懐かしいような新しいような面白いメロディーもあったりする。

若いのかなと思う瞬間があったり、やっぱり渋いなと思う瞬間もあったりする。

ひとつのアルバムの中にこんなに沢山の表情が見えるものなんだろうか。

感情をあっちやこっちやに振り回されて、酔いそうになる。

あ、もちろん良い意味で。


この一枚で、私は一気に町田直隆という人に引き込まれていった。

引き込まれすぎて、これは一度ライブに行かなければいけないという謎の使命感に襲われた。

そして突然フッ軽女子が発動。

弾き語り&2マンではあったけれど、2日後にライブがあるという情報を入手。何も知らないまますぐに予約をした。


当日。

会場に入ってすぐ自分の失敗に気付いた。

知識ゼロの私がひとりで行くには少し玄人向けなライブだった。

気がする。

こんな失敗ってあるんだろうか。

私の中のフッ軽女子がシュゥゥっと萎んで、いつもの私がプゥゥっと膨らんで、急激に恥ずかしい気持ちになった。

でも、逃げ出すわけにはいかない。私は町田さんの歌を生で聴かなければいけないんだ。

その謎の使命感だけを頼りにその場に留まった。

膝は逃げ出したいと震えていた。

ライブの後半。

登場した町田さんを、氷の溶けてしまったハイボールを片手に見届けた。

目の前で歌を聴いて最初に出てきた感想は

あれ、想像と違う。

だった。

2回目の。

アルバムの音源から軽快でポップな歌声だと思いきや、実際に聴いてみると、とても厚みがあって、鈍器でぶん殴られたような衝撃だった。

なんというか、こう、身体全体で歌を歌っているような、身体全体で伝えたいことを表現しているような、そんな熱量。

その熱量を何かに変換したり、お洒落に飾り付けたりすることなく、そのままの形でこちらにぶつけてくる。

あ、もちろん良い意味で。

こちらもそれを受け止めるために目を見開いたり耳の穴をでっかくしようとしたり、身体の表面積を最大にしようとしてしまう。

なんだそれ。

ちょっと不思議な体験だった。

フォークのようでもあったし、ポップスのようでもあったし、ロックでもあった。

全てのジャンルを掻き集めて圧縮して固めると、町田直隆という人になるのかもしれない。

よくわからないけれど、それって実はめちゃくちゃロックなのかもしれない。

そうかと思えば、おしゃべりをするとなんだか愉快な人で、寒暖差で身体が痒くなるそれと同じような感覚に陥ったりもする。

不思議すぎる。


そんな不思議空間の中で最後に歌った歌が、アルバムの最後にある"不良の音楽"だった。

2日前に急遽チケットの予約をした事や、会場に入ってすぐに失敗したのかもしれないと恥ずかしく思った事、目の前で聴く想像と違う歌声や、愉快なおしゃべり。

この日やこの日に向けての事をいろいろと思い出しながらそれを聴いた。

全身で歌う町田さんを見ながら、その声をぐぅぅっと聴きながら

私はこの歌を聴くためにここに来たんじゃなかろうか。ここに留まっているんじゃなかろうか。

そんな気持ちになった。

共感するだとか、自分に置き換えるだとか、そういうのとも少し違う。

ただ、全部がこの曲のためにあったんじゃなかろうか。

そんな気持ちになった。


ライブの全部が終わり、ぽわーっとした状態でぬるくなってしまった残りわずかのハイボールを飲むと、冷静になった私の中に急激に"恥ずかしい"という感情がぶり返してきた。

それはもうソワソワを超えてゾワゾワ。

タイミングがあれば、ご本人に"アルバム聴きました。最高でした"と伝えたい。

とかなんとか偉そうに考えていたことも、まるで無かったかのようにスンとグラスをカウンターへ返却した。

そして、逃げるように会場を後にした。

なーにやってんだ私は。

なんて小走りをしながら考えて、少しニヤついた。

夜の駅前は思ったよりも明るかった。


私は町田さんのこれまでを全く知らない。

このアルバムの音楽たちがいつ作られたもので、いつから歌われているもので、どのように歌われてきたものかも知らない。

だからといって、これまでを遡って知ろうともしない。

でも、私はこの人のこれからを知りたいと思った。

この人がこれから歌う歌を聴きたいと思った。

これからを聴くことで、自然とこれまでを聴けることだってあるかもしれない。

これまでの何かがこれからどうにかなるのだとしても、これまでのことは知らないままで、これからを見ていきたい。

あ、もちろん良い意味で。



家に帰ってから、新たにライブ情報を入手した。

どう考えても私が行くべきは絶対にこっちだったと思う。

なーにやってんだ私は。

まぁ、仕事で行けないけど。

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