夢喰いガーデン

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【掌編小説】春時雨の庭で

雨が降る。銀色の水の束が絶えず落ちてくるので、わたしはそっと目を細めた。揺れる視界に、アコースティックギターを抱えたきみが映る。きみはわたしに気付くと、やあ、と言ってチューニングを始めた。
 中庭の東屋は、雨と木々に囲まれていた。その中できみは、好き勝手にギターを鳴らす。
「わたしその曲好きだよ」
 わたしの声は雨音に消されて、君に届かない。きみは曲の続きを弾き続けた。ギターを鳴らす右手は綺麗だっ

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【掌編小説】晩秋のサクラ

こたつに足を入れるとき、一度中を確認する癖が抜けない。冬になると飼っていた猫がこたつの中で、端から端まで体を伸ばして眠っていることが多かったからだ。猫がこたつで丸くなっていることなんてほとんどなくて、大体どこから足を入れても「ここはわたしの寝床だ」というように噛みつかれた。だから、いつも細心の注意を払って、彼女の邪魔にならないように暖を取らなければならなかった。
 猫は今年の春に死んだから、もうこ

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【掌編小説】夜を重ねて

足の爪を切っている。
 親指から順番に、爪切り鋏を差し込んでいく。ぱちんと、さっきまでわたしだった部分が切り落とされる。わたしは爪切りがあまり得意ではない。いつも切りすぎてしまって、小指から血が滲むことも多かった。
「ポメラニアンが飼いたい」
 隣でテレビを見ていた彼が、ぽつりと呟いた。
 わたしは手を止めて顔を上げる。最近買い換えたばかりのテレビの画面には、転がるように走り回るポメラニアンの映像

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【掌編小説】金魚の夢

毎夜、浅い眠りを繰り返す。
 深い眠りには滅多に就くことができないから、よく、夢を見た。いつも同じ夢だ。
 わたしは、深い水槽の底にいて、息のできない苦しさに喘ぎながらずっと、分厚いガラスの向こうの部屋を見ている。わたしの部屋だ。ベッドの上には、膝を抱えてこちらを睨む、わたし自身がいる。眠れないのだろう。疲れ切った表情は、わたしが一番よく知っている。
 わたしは、どうにかこの深い水槽から出ようとし

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【掌編小説】架け橋

わたしが生まれ育った町はこれと言って特徴もなく、商業施設と住宅が並ぶだけのよくある田舎だった。観光場所と言えば、市の南側の小さな島くらいだ。キャンプ場と海水浴場があって、山の上からは星が綺麗に見えた。

 高校のクラスメイトが、その島に住んでいた。本土と島にかかる大きな赤い橋を毎日自転車で渡って、市の北はずれにある高校まで一時間近くかけて通学していた。遅刻魔でサボり魔の彼女は一限から教室にいること

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【掌編小説】夢のあと

プラットホームに供えられた花が枯れている。終電の行き過ぎた地元の駅。プラットフォームはおろか駅自体にわたし以外の誰もいない。わたしはしおれた花束を拾い上げ、新しいものを同じ場所に置く。

 十月の夜の空気は冷たく、けれど刺すような寒さはまだ遠い。初秋のやわらかさを失い、冬の鋭さを持たぬ曖昧な寒さはただ「足りない」という言葉がよく似合った。
 この駅で友人が死んだ。この夏のことだ。
 いつもは閑散と

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【掌編小説】夜明け前

真夜中に目が覚めて、部屋の片付けをしようと思った。
 目についたのは本棚で、一番下の段にある手帳をすべて出して重ねる。ここ十年間くらいの手帳を、なぜかずっと大切に保管していた。でもこれはもう要らないものだと思い至ったのだ。
 ページを開いてみれば、なんと言うことはなかった。何時にどこで待ち合わせだとか、この日はあのバンドのライブに行くだとか、殴り書きのように予定だけが書き込まれていて、そこに感傷を

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【掌編小説】not eternity

廃線を歩いていた。
 わたしの少し前には、女の子が歩いている。わたしより随分年下のようにも、年上のようにも見えたけれど、そもそも自分がいくつで、一体何という名前なのかも思い出せないことにすぐに気付いた。そういえば、何にもわからない。ここがどこで、自分が誰で、彼女が誰で、わたしたちはどこから来て、どこへ行くのか。
 廃線はまっすぐに続いている。空を見上げると青く、微かに波打っているように見えた。
 

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【掌編小説】サヨナラ・ヘヴン

青い空と湖に囲まれたその遺跡には、古い石造りの墳墓が並んでいました。はるか昔、この帝国を治めていた貴族たちの墓です。かつては美しく秩序だって並んでいた墳墓はいずれも、攻め入った異国人たちの手によって壊され、風化されるままに朽ちています。それは遠い過去に滅んだ、帝国のお墓そのもののように見えました。
 滅亡した帝国の墓標と、青い空と、波一つ立たない湖。
 人によっては寂しさや悲しさを感じるのでしょう

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【掌編小説】Scars of FAUNA

母のことを、僕はほとんど覚えていない。

 僕が物心つく前に母は既に故人になっていて、だから仏壇に飾られている十数年前の母の写真にまるで見覚えはないのだ。今日は母の十三回忌で、僕はじっと正座をしたままお経を聞いている。法事も十三回目となると悲痛な雰囲気や寂寞感は薄れ、その分故人は一層遠くなってしまったような雰囲気があった。

 法要が終わってからも気忙しくしている父と祖母を置いて僕はひとり外へ出た

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