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【掌編小説】こどくの飼い方

 こどくを飼うことになった。
 こどくは暗くて寒い場所を好むらしいので、わたしは冷蔵庫をこどくの住処に選んだ。食事はいつも冷凍食品か外食で済ませてしまうから、部屋の冷蔵庫には時々飲むビールくらいしか入っていない。手のひらにのるサイズのこどくは冷蔵庫の隅でじっとしている。
 えさには甘いものを、と聞いて、わたしは百円のプチシュークリームを買ってきてはこどくにやった。けれどこどくはうつろな目でそれを眺めるばかりで口にしようとはしない。わたしは不安になってこどくをくれた人に電話をかけ、
「病気じゃないのかな」
 と相談した。相手は、
「こどくは病気なんかじゃないよ。そのまま放っておいたって死んだりしないから大丈夫」
 と応えて、すぐに電話を切った。わたしは通話終了後のツーツー音をしばらく聞いてから、こどくの前に置かれた消費期限ぎりぎりのシュークリームを口に入れた。安っぽいシュークリームは懐かしい味がした。シュークリームを選んだのは、こどくをわたしにくれた人が好きだったからだ。安物でも、買ってくれば喜んでくれた。
 食べ物の他には、剃刀を与えるといいと教わった。わたしは五本入りのピンクの安い剃刀を買ってくるとこどくの前に置く。こどくは習性に従うようにためらいなく剃刀を右手に持って自分の左手に当てた。あっと思ったときには、開いた傷口から新しいこどくが生まれてきていた。もう一度切ればまた生まれる。
 シュークリームの賞味期限を切らせたり、時々自分で食べたりしながら、わたしは冷蔵庫のこどくを見守った。こどくは毎夜手首を切って、ねずみ算式に増えていく。ビールを置く余裕さえなくなってしまった。
 ある日ふと思い立って、こどくを二匹冷蔵庫から取り出した。
「本当はさ、もう寂しくなんかないんじゃないの」
 わたしはそう呟いて、二匹のこどくの右手と左手を繋がせてみた。ほら、と呟く。こどくは顔を見合わせて、それから跡形もなく消えてしまった。わたしは何かに憑かれたように、冷蔵庫からこどくを二匹ずつ取り出しては手を繋がせて消していった。
 夜が明ける頃には、こどくはいなくなっていた。冷たい剃刀と冷蔵庫の奥で腐ったシュークリームの残骸だけが残されて、わたしはまた、部屋にひとりになった。


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