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【24】女性は科学が苦手? 「やりたいこと」の性差(2)

「理系」か「文系」か、というよりも

 前回述べたとおり、日本の大学では主に理系とされる学部には男性が多く、文系とされる学部には女性が多い。海外ではどうなのだろうか。その前に、この「理系」か「文系」かという区分をここではやめることにしよう。日本では受験科目で数学や物理や化学などが重視される学部を「理系」、国語や英語や日本史・世界史などが重視される学部を「文系」とみなすのが一般的である(そのため医学部や薬学部は「理系」とされる)。

 でも、これはかなり雑な分け方だし人を必要以上に理系か文系か(または体育会系か)に分類したがるのも日本特有の慣習であろう。海外で女性が少ないことが問題とされるのは、日本の「理系」とはやや範囲が異なる「STEM(ステム)」と呼ばれる分野であることが多い。

 「STEM」とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の頭文字をとったもので、要は科学技術の発展に関わる分野のことを指す。具体的にどの学科までを含めるのか、きっちりした定義はないようだが、日本で言う「理系」から医学や薬学を除いたもの、というイメージで良いと思う。

OECD諸国でも女性のSTEM人口は少ない

 そして、このSTEM分野を専攻する女性は多くの国で男性と比べてかなり少ない。OECDの2017年の統計では以下の通りである〈1〉。

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 一般に日本より男女平等が進んでいるとされる、ドイツ、イギリス、フランス、ベルギーといった西ヨーロッパ諸国でも(日本ほどではないものの)女性の割合は低く、最も高そうに見えるイギリスでも目測で40%いかないくらいだろうか。
 男女平等先進国とされるフィンランド、スウェーデン、ノルウェーの北欧3か国でも状況はたいして変わらない。フィンランドでは他の国よりむしろ少ないくらいである。ノルウェーではそもそもSTEM分野を専攻する学生の割合が16%しかおらず、日本の19%よりも少ない ※。

※ このグラフは以下のProf.Nemuro氏の記事で見つけたのだが

この記事冒頭の

OECDがこのような情報を発信しているが、男女平等先進国とされる北欧でもノルウェー16%、デンマーク20%、スウェーデン21%と少ない。

という記述はグラフの読み間違えによるものだと思う。”OECD average” の箇所を見る限り、グラフの右側の数字は「全学生に占めるSTEM分野専攻者の割合」であって、その中での女性の割合ではない。

途上国の方が女性のSTEM人口が多い

 ところが、意外なことに新興国や発展途上国の中では、STEM分野の女性比率が先進国と比較して高かったり男女比が逆転している国が多い。まとまった統計は見つけられなかったのだが、いくつかの本やネット記事から数字を拾うと例えば以下のようにである。

・アルジェリアではSTEM分野で学位を取得した人の41%が女性〈2〉
・ボリビアでは全科学者の63%が女性〈3〉
・中央アジアでは全科学者のほぼ半数が女性〈3〉
・インドでは工学部にいる学生の3分の1は女性〈3〉
・新興国の方がエンジニアに占める女性の比率が高く、コスタリカ、ベトナム、UAEでは31%、アルジェリア 32%、モザンビーク 34%、チュニジア 41%、ブルネイ 42%、マレーシア 50%、オマーン 53%〈4〉

 一般に先進国よりも途上国の方が男女平等の意識が低く、様々な領域で女性の進出が遅れていることが多い。にもかかわらず、なぜかこうした逆転現象が起きている。

豊かで自由な社会では女性は「やりたいこと」をやる

 これは結局、経済的に豊かな国の女性ほど自由に進路を選べることの現れではないだろうか〈2〉〈5〉。

 途上国ではインフラが未発達なこともありSTEM系労働力の需要が大きい。収入の高い仕事の多くは科学技術関連の職で占められている(そのため、人文科学や社会科学系の勉強をしてもあまり高い収入は見込めない)。

 そうした社会で大学に進学できる能力を持つ女性は、自分自身の経済的自立のために、また親や周囲の期待に応えるために、自分が本当に興味のある分野よりも、良い仕事に就ける見込みの高いSTEM系の進路を選択する傾向が強いのではないだろうか。
 途上国では通常、高等教育に進める若者自体が少ないので、社会からのプレッシャーも大きいことが想像される。国によっては、以下のようにほとんど強制的に専攻が決定されるケースもあるそうだ〈4〉。

たとえば、チュニジアやヨルダンでは、高校卒業時点で生徒は全国統一試験を受験するのだが、その成績で自動的にキャリアパスが決まるという。成績のよい順に、医学部、工学部、法学部と振り分けられる。工学部専攻の女子は、自らの意志で工学部を選んだのではないというわけだ。専攻を人文系に変えることも可能なのだが、成績の低い学部に転向することになるだけでなく、子供のころからの親(とくに父親)の期待を裏切ることになるので、変える学生は少ない。

 逆に、北欧に代表される経済的に豊かで個人の自由が尊重される社会では、女性は多くの選択肢の中から好きな進路を選ぶことができる。そのため、STEM系に対して本当に意欲のある女性たちだけがそうした分野を選び、それ以外の女性たちもそれぞれ自分が好きな分野を選ぶという、ある意味健全な進路選択が行われているのではないかと考えられる。

 先進国での女性のSTEM系人口の少なさは、裕福な社会で職業選択の自由が尊重された結果、男女間にもともとある「興味の性差」あるいは「関心領域の性差」が顕在化したものと捉えるべきではないだろうか。

男性は「物」に、女性は「人」に興味をもつ

 進化心理学関連の書籍でたびたび言及されるのだが、平均的に言って男性は「物」にかかわることに、女性は「人」にかかわることに興味を持つ傾向がある〈6〉〈7〉。こうした性差はどの文化にも共通して見られ、人間が持つ生まれながらの特性なのだと考えられている(あくまで「平均的な傾向」なので個人差はある)。

 より抽象化して言うと(先ほどのProf.Nemuro氏の記事でも指摘されているように)男性は「物」も含めた「無生物」全般にかかわることに惹かれ、女性は「人」も含めた「生物」全般にかかわることに惹かれる傾向があるようだ。こう考えると、各分野での男女比の偏りがすっきりと説明できる。

 アメリカでは1980年代以降、大学進学率、学生数、学位取得者数の全てにおいて男性より女性の方が多い状況が続いており〈8〉、今や大学生の60%を女性が占めている(2021年時点)〈9〉。それに連動するように、かつては女性が少なかった生物学の分野でも学部と大学院の両方で女性が半数以上を占めるようになったという〈5〉。また、医学部でも女性の比率が年々高まり、2019年には50%を超えて男女比が逆転している〈10〉。
 ところが、工学部に占める女性の比率は相変わらず低く、2015-16年時点で約20%でしかない(イギリスでは2016-17年時点で約18%)〈11〉。
 
 これは、生物学や医学は「人」も含めた生物全般を対象にする分野である(ゆえに興味を惹かれる女性が多い)のに対して、工学はひたすら「物」を対象にする分野である(ゆえに興味を惹かれる女性が少ない)ことに由来する偏りなのだと考えられる。

 上にあげたOECDの統計で言う「STEM分野」にはおそらく生命科学系も含まれていると思われ、数学や物理学、機械工学、電気工学、コンピューター科学などの「無生物」系の分野だけを取り出してみれば、どの国でも女性比率はもっと少ないのではないかと推測される。

 経済学者や哲学者に男性が多いことにも「興味の性差」が関係しているのではないだろうか。どちらも社会や人を対象とする学問であり日本では「文系」に分類されるものの、経済学では数学を多用して理論を作り、哲学では非常に抽象的な概念や観念を扱うなど、どちらも「無生物」度合いが高い。男性の方がそういう思考を好む人の割合が高いのだと思う。

数学が得意な女性も「物」関係の職には進まない

 アメリカでは、デイヴィッド・ルビンスキとカミラ・ベンボウという2人の研究者が、全国実施の適性検査で数学の能力が高かった中学1年生を選び出し、その後の進路を追跡するという調査を行っている(1992年発表)。


 対象の中学生たちは第二派フェミニズムの時代に生まれ、親から才能をのばすことを奨励され(全員が、数学と科学のサマープログラムを経験し)、自分の学力を十分に自覚していた。しかし研究者の問いに対して、女子は人間や「社会的価値」や、人道的・利他的な目標により関心があると答え、男子は物や「理論的価値」や、抽象的・知的な探求により関心があると答えた。女子は大学で人文科学や芸術や科学の幅広いコースを選択したが、男子のほうは数学と科学一筋だった。そして案にたがわず、数学や物理学や工学の博士をめざした男子が8パーセントだったのに対し、女子は1パーセント以下だった。彼女たちは医学や法学や人文学や生物学のほうに進んだのである〈12〉。

 他にも似たような研究がある。ピッツバーグ大学のミンテ・ワンの研究チームは約1500人の学生を対象に追跡調査を行った。ワンのチームはまず、大学進学適正試験(SAT)の点数にもとづき、「高い数学力と高い言語能力の両方をもつ学生」と「高い数学力をもつが中程度の言語能力しかない学生」を区別した。

 すると、前者の集団の3分の2が女性だったのに対し、後者の集団の3分の2が男性であることがわかった。つまり、数学力が高い女性の多くは他の面でも優秀であったのに対し、男性の多くは数学や科学だけが得意な傾向が強かったのである。前者の学生は概して(数学だけが得意な学生よりも)人と接して働くことへの関心が高く、物を相手にすることへの関心が低かった。

 卒業後の進路をみると、後者の集団(大半が男性)は物理科学や工学の分野での仕事に就く割合が非常に高かったのに対し、前者の集団(大半が女性)はそうした分野の仕事を選ぶ割合が低かった。これらの職業選択は、学生たちが調査の初期の段階で自ら語った興味と一致するものだったという(2013年発表)〈13〉。

 これらの研究が示すとおり、高い数学力を持ち(かつ、それを自覚し)能力的にはSTEM系の職を選択することが可能な女性たちでさえ、そうした道にはあまり進みたがらないのである。

 理工系の世界で女性が少数派であることの最大の要因は何か? 答えは単純である。「それを仕事にしたい」と思うほど理工系分野に強く惹かれる女性がそもそも少ないのだ。
〈次回に続く〉



〈1〉OECD東京センター 公式Twitter https://twitter.com/OECDTokyo/status/1182423144142913538?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1182423144142913538%7Ctwgr%5E%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fnote.com%2Fprof_nemuro%2Fn%2Fn651affde2101
〈2〉『男女平等が実現されるほど、女性は科学や数学の道を選ばなくなるという研究結果』GigaziNE、2018.2.22
https://gigazine.net/news/20180222-fewer-women-in-stem/
〈3〉アンジェラ・サイニー『科学の女性差別とたたかう』東郷えりか訳、作品社、2019、p.16
〈4〉『世界のIT人材事情–女性の活用』Daijob HRClub
https://hrclub.daijob.com/column/3990/
〈5〉ウィリアム・フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか —進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略—』濱野大道訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019、kindle版、No.3003-3023
〈6〉前掲書、kindle版、No.2954-2964
〈7〉スティーブン・ピンカー『人間の本性を考える —心は「空白の石版」か—(下)』山下篤子訳、NHKブックス、2004、p.137
〈8〉亀田温子『アメリカの高等教育にみるフェミニゼーションの進行 —1980年以降を中心に—』
https://rihe.hiroshima-u.ac.jp/search/attachfile/49152.pdf
〈9〉『大学に進学する男性は女性より少ない… ニューヨーク大の教授は新たな「危機」につながると指摘』BUSINESS INSIDER、2021.10.1
https://www.businessinsider.jp/post-243085
〈10〉『アメリカの医学部では、女性の比率が5割を突破した』COURRiER JAPON、2020.1.21
https://courrier.jp/news/archives/188588/
〈11〉『コロナと女子と教育と。いま改めてジェンダーギャップを考える』Forbes JAPAN、2021.1.22
https://forbesjapan.com/articles/detail/39332/2/1/1
〈12〉スティーブン・ピンカー『人間の本性を考える —心は「空白の石版」か—(下)』山下篤子訳、NHKブックス、2004、p.143
〈13〉ウィリアム・フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか —進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略—』濱野大道訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019、kindle版、No.2984-3003

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