記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

舞台 「Secret War ーひみつせんー」 観劇レビュー 2022/06/18

【写真引用元】
serial number Twitterアカウント
https://twitter.com/serialnumber601/status/1534388984247635968/photo/1


【写真引用元】
serial number Twitterアカウント
https://twitter.com/serialnumber601/status/1534388984247635968/photo/2


公演タイトル:「Secret War ーひみつせんー」
劇場:東京芸術劇場 シアターウエスト
劇団・企画:serial number
作・演出:詩森ろば
出演:三浦透子、坂本慶介、宮崎秋人、松村武、森下亮、佐野功、北浦愛、ししどともこ、大谷亮介
公演期間:6/9〜6/19(東京)
上演時間:約120分
作品キーワード:戦争、科学、考えさせられる
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


映画「新聞記者」の脚本を担当し、舞台・演劇以外でも活躍の場を広げる詩森ろばさんが主宰する演劇ユニット「serial number」の舞台作品を初観劇。serial numberは、1993年に「劇団風琴工房」という劇団名で旗揚げされているが、2018年に今の「serial number」に名前を変更している。
今作は当演劇ユニットの新作公演であり、映画「ドライブ・マイ・カー」にも出演され、今最も勢いのある若手女優といっても過言ではない三浦透子さんを主演に迎えての公演となっている。

今作は戦争と科学をテーマとした反戦舞台。
物語は、第2次世界大戦中に人体実験を含む戦時研究を行っていた登戸研究所をモデルとした登沢研究所を舞台に、そこに勤める研究者たちと村田琴江(三浦透子)という若き優秀な女性タイピストについての話である。
村田はこの登沢研究所で、どのような実験が行われているかを知らされず、ただただ指示された内容について正確にタイプライターで文書を作成していた。
一方46年後、中国北京の王浩然(大谷亮介)という科学者の元に、津島遥子(三浦透子)という科学ジャーナリストがやってきて登沢研究所に関しての取材が始まり、過去と現在の2つの時間軸が行き来しながら、登沢研究所で行われていた戦時研究の真相とその後に迫っていく。

科学も芸術もエンタメも全てが戦時中は戦争のために作られ、それに伴って映画監督といった創り手や研究者たちは荒んでゆき、戦争の足音だけが大きくなっていく。
戦争の恐ろしさと、そんな状況下で私生活が厳しく制約されて苦しむ人々の姿をひしひしと感じながら観ていた。
そして、科学の進歩を推し進めたのは戦争も一役買っていたという事実も改めて心に突きつけられた。

ただ脚本と演出のクオリティという観点で観ていくと、どうしても少々ありきたりで結末もおおよそ予想出来てしまう上、最後は少し説明しすぎな部分を感じて、もう少しオブラートに包みつつ余韻を残す形で終わって欲しいなと感じてしまった。
昨今は分かりやすい脚本が万人ウケするので、あえてそのような演出になっているのだろうと思うが、個人的にはそこは好みではなかった。

三浦透子さんの芝居を初めて拝見したが、こういうジャーナリスト役が物凄くハマっている知的な女優さんだと感じた。
その他、カムカムミニキーナの松村武さんが演じる貫禄があって味のある軍人役も格好良かったし、クロムモリブデンの森下亮さんの奇策な演技も初めて拝見したが見応えがあった。

ウクライナ情勢で世界中が冷え切っている昨今、こういった舞台作品は観て欲しいと感じるし、登戸研究所という恐ろしい戦時研究所が日本にあったことも是非多くの人に知ってほしいと感じた。

【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/480916/1836728


【鑑賞動機】

serial numberは、以前から定評のある演劇ユニットだったので、一度舞台を観に行ってみたいと思っていたのと、三浦透子さんをはじめ、カムカムミニキーナの松村さん、クロムモリブデンの森下亮さんなど演技を拝見したいキャストも多数出演されていたから。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

登沢研究所、そこは人体実験を含めた戦時研究を秘密裏に行い、戦争兵器の開発に取り組む場所だった。そこには、研究者の市原和真(坂本慶介)、桑沢誠次郎(宮崎秋人)、そして同じく研究者の山喜大悟(森下亮)と2科責任者の伴野繁明(松村武)、それから陸軍中野学校から派遣された将校である浦井静一(佐野功)が勤めていた。
また、登沢研究所にはタイピストも働いており、そこには村田琴江(三浦透子)という女性がいた。彼女らタイピストは、そこでどんな恐ろしい戦時研究がなされているか教えられていないまま、ただ指示された内容をタイプライターで文書に起こしていた。

現代、中国北京の科学者である王浩然(大谷亮介)の元へ、一人の若い女性の科学ジャーナリストの津島遥子(三浦透子)がやってくる。
津島は、登沢研究所のタイピストによって作成された文書の一部が保存状況が良い状態で公開され、登沢研究所で戦時中どのような実験がされていたのかが初めて明らかになってきたことに非常に興味を持っていた。そこで、当時の登沢研究所のことについて詳しいであろう王の元を訪ねたのだった。
津島が王に対して、登沢研究所のことについて詳しく話を聞こうとすると、王は昔はこのことについて知る者も多かったから、おおっぴらに話しをする訳にはいかなかったけれど、最近は周囲には若者ばかりで人目を気にして話す必要もないと言って語り始める。

登沢研究所のとある朝、市原と桑沢は資金力的にはアメリカに及ばない日本であるが、頭脳でならアメリカに打ち勝つことは出来ると士気を高めながら研究を行っていた。その時、ガラス窓にはタイピストたちが研究所から帰っていく姿を見つけた。彼らはこんな朝早い時間に帰っていくとは?と疑問に思っていたが、きっとあの女性タイピストは学校に通うために研究所を後にしているのだと察する。
村田には、同僚のタイピストに織本ゆき(北浦愛)という女性タイピストがいた。織本は、自分がタイプライターを使って文書を作成すると、漢字間違えがあっていつも先輩タイピストの古川伸子(ししどともこ)に叱られると嘆いていた。タイピストとしていつも正確で優秀な村田に対して、どうしたら自分は漢字間違いをしなくなるのかと相談する。織本は、そんな優秀な村田を尊敬していた。
そこへ、村田の元に市原と桑沢がやってきて、学校に通うために朝早く研究所を出ていくのは君かと話しかけられる。

村田は一人映画館で映画を観ていた。そこでばったり市原と一緒になる。市原は、村田がこういった映画が好きなのかとさぞ興奮して、彼女と映画の感想について語りたいと喫茶店へ誘う。村田は彼についていく。
村田は、今日観ていた映画の映画監督が好きでよく観ていたのだが、今回の映画は好みではなかったと話す。日本が戦争に突入したことによって、監督も戦争を肯定する映画を創らざるを得なくなり作風が変わったことが原因だった。市原もその意見に同調する。映画監督だけではなく、研究者もそうであると。映画監督や研究者が戦争のために廃れていく一方で、戦争だけは勢いを増していくのだと話す。
村田は週末によく映画を鑑賞するらしく、そのために普段仕事をしているようなものだと話すが、市原が村田に対してこういった映画に対して否定的に感じたことから妙な偏見を持った印象を感じたと話すが、村田はたった一度きりで人を判断しないで欲しいと強く彼にあたり、コーヒーを飲まずに喫茶店を出ていく。

現代、王と津島は話をする。
科学はいつも国家権力によって利用されてきたと王は言う。戦時中の日本も、戦争で敵国に勝つために必死で戦争兵器として使える技術の研究開発を進めてきたのだと。当時の研究者たちは、そういった戦争のために必死で知恵を絞って研究に没頭していた。その結果研究者たちはどんどん荒んでいったと言う。
津島はそれに対し、今でも戦争ではないものの科学は権威のあるものによって利用されていると話す。例えばプラスチックの製造だが、本来ならプラスチックの製造は地球環境の破壊に繋がる悪しき研究開発であるが、実際プラスチック製造がないと食べていけない人々が沢山いるため、プラスチックを製造しなければならない状況になっていて、決して現代でも他人事ではないと話す。

戦時中に時間軸は戻る。
古川伸子の家は豪邸であり、日中は登沢研究所のタイピストとして働くが、夜は料亭として働いていた。そこへ登沢研究所の伴野と山喜はやってくる。そして2人で酒を呑みながら楽しそうに語り始める。

ある日、村田は古川に呼び出されて、この前喫茶店で市原と2人で会っていたことに関して忠告を受ける。この研究所において男女の恋愛は禁止されている。タイピストとして励んで欲しいと。古川にとって、村田はタイピストの中でも頼りにされている存在であるため、期待に背くことはしてほしくないと言う。
一方で古川のことについて村田は尋ねると、古川は裏口でこの登沢研究所で働くことになったのだと言う。母が元々この研究所と縁があって、試験に合格して優秀で配属されている訳ではないのだと。

浦井将校は、伴野、山喜に対して牛を使った動物実験に関する報告を行った。登沢研究所で開発された毒物を使ってその効果を確かめるために、牛を使って実験した。
まずは牛の口腔に毒薬を与えたが、牛は一向に効果を表さなかったので、今度は牛の鼻の粘膜にその毒物を与えた。すると、毒物を与えた牛は全て死に至った。
しかし、その牛の実験場から100m離れた所で飼育されていた牛も同じく死亡してしまった。その原因は調査中であるが、おそらく今回の毒物実験が影響していると考えられ、毒薬の製造工程でその毒がどこか漏れてしまい100m離れた牛にも害を与えてしまったのだと報告する。
伴野は、毒物実験は秘密裏にやられている実験だから何か外に漏洩するような事故を起こしてはまずいので、細心の注意を払うようにと警告した。

桑沢の元へ浦井将校が現れる。浦井は、韓国の釜山で牛を使ってこの登沢研究所で開発した毒物が果たしてどの程度効果のあるものなのか確かめる実験を行う旨を伝えた。釜山には三角州があり、そこが実験には非常に好都合な立地なのだと言う。そこへは市原に行ってもらうことになっているのだと。
しかし浦井がメインで伝えたかったのは釜山の話ではなく、もう一つの南京での実験の方だった。南京では、捕虜が十数人いる。その捕虜にこの毒物の実験を実施して欲しいという桑沢への依頼だった。

ここからは、市原と桑沢がそれぞれ釜山、南京へ赴き、そこでの毒物実験の実況を交互に行う形でストーリーが展開される。
市原が赴いた釜山の方では、三角州に到着するとそこにはのんびりと草を食べる牛たちがいた。まるで牛たちはこれから動物実験によって殺されることを知らず、のんびり過ごしていたと。牛たちに毒物を与えると、数日後に全ての牛に40度近い高熱の症状が現れた。牛の平均体温は38度ほどなので高い。そして、牛は苦しそうな様子で全て数日後には死に至った。
一方桑沢が赴いた南京では、十数名の捕虜に毒物を与えた。捕虜は「マルタ」と呼ばれた。全ての「マルタ」が数日以内に体内の異変に気が付き苦しんだ。数日以内で死んだ「マルタ」もいれば死ぬのに10日以上かかった「マルタ」もいてばらばらだった。

市原は釜山から、桑沢は南京からそれぞれ登沢研究所に戻ってきた。市原は釜山は非常に良い所で、海も近くでもっと長く滞在したかったと言っていた。一方で桑沢はずっと元気がなく項垂れていた。

村田は昼間に研究棟内で大きな爆発音を聞く。一体何事と様子を伺うと、何か実験で使っていたガスのようなものが爆発したのだと聞く。不穏な様子を察知する村田。
村田は山喜から、今度はハルピンへ赴くという話を聞く。気球のようなものを製造して海を渡り、敵国に気球を侵入させて頭上で爆発させるのだと。そうすると、そこにいた人々は日本軍を恐れるだろうと。こんな凄い兵器を開発してしまう日本は恐ろしいと思って。

夜、村田は向こうの研究棟で偶然桑沢が首を吊って自殺する所を目撃してしまう。桑沢の元へ周囲の研究者たちは集まる。
村田の元に織本がやってくる。織本は自分が桑沢を追い込んでしまったんじゃないかと自分を責めていた。どうやら織本は桑原から仕切りにデートの約束をしようと要求されていた。しかし、織本にはいいなずけがいるのでそれは出来ないと断っていた。しかし、こんな状況になってしまったと泣き崩れていた。
村田は優しく織本を慰める。

登沢研究所にいる研究者たちは、頭上にB29が飛び去って行くのを目撃し、広島に原爆が落とされたことを知る。研究者たちは、これでやっと今まで日本が無謀な戦いをアメリカとしていたということを知る。原爆は普通の爆弾と異なり、ガンマ線を放出する。ガンマ線は人体に浴びるとその瞬間で悪影響を及ぼすだけではなく、皮膚が回復していく元となる細胞を破壊してしまうので、時間が経ったときに一体どのくらい人体に影響が出るのか分かっていない。原爆を開発出来てしまう科学技術力を持ったアメリカには叶わなかったと。

玉音放送が流れる。

終戦し、登沢研究所は閉鎖されることになった。村田の元へ織本がやってきて、彼女のいいなずけも南陽で戦死してしまったことを告げる。結果的にいいなずけも桑沢も戦争によって死んでしまったと。戦争は男女の自由な恋愛を認めず、仲を割いてしまうものなのだと。
登沢研究所を閉鎖するにあたり、村田がずっとタイプしてきた文書を全て処分することになった。秘密裏に進められていた内容であったためである。しかし、村田はその一部を持ち帰りたいと申し出る。山喜は驚き一度は反対するものの、持ち帰る許可を出す。

現代に戻る。
今世間に公開された登沢研究所で作成された文書は、津島の祖母が大事に保管していたものであった。文書を人々の目に晒すことは絶対しないように言われてきたが、終戦から時間が経って、そろそろ世に公表しても良いだろうというタイミングだと思い、祖母は公表に踏み切ったのだと。
一方市原はどうなったのかと津島は尋ねると、王は彼はアメリカにそのまま渡ったままだと言う。原爆の凄さを知った市原は、やはり研究者だったからその最先端の技術に惹かれてアメリカに渡ったままなのだそう。
たった今、アメリカの世界貿易センタービルに2機の航空機が突っ込む。これでまた戦争が始まると呟く王。戦争が始まるということは、またその戦争を推し進めるために科学が利用されるのだと嘆く。
ここで物語は終了する。

久々に舞台で戦争ものの正統派の物語を観た感覚だった。戦争に突き進む日本とそれによって利用される科学。科学が利用されるからこそ研究者たちは戦争に翻弄されてきた。
劇中で、登沢研究所に勤めていた研究者は皆エリートだったから、敵地へ赴いて日本軍として戦わずに済んだのだから恵まれている的な発言があったが、研究者は研究者で悩みを抱えていたことを強く感じた。
ただ、ラストシーンは少々説明のし過ぎで個人的には説教臭く感じてしまい好みではなかった。特に9.11を取り上げるのはちょっと蛇足感があるのではと思う。別に、9.11がタイムリーなご時世でもないし、昨今のウクライナ情勢がある以上、科学が戦争に利用されることって現代でも全然ありそうだよねって皆気がつくから誰も他人事とは考えないと思う。実際に劇中でプラスチックの例えもあったし、戦争という形でなくても企業やこの世の中の仕組みによって利用されている科学は沢山あると思う。
時代的には最後に強いメッセージ性を入れておいた方が分かりやすくなって良い演出になるのかもしれないが、個人的にはイマイチだった。
それでも、村田というタイピストを中心に描く研究所内の様子の描き方は見事だったし、釜山と南京の実験の様子はゾッとして、鳥肌が立った。素晴らしかった。

【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/480916/1836731


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

舞台装置はシンプルであったが、舞台音響と舞台照明の迫力によって物凄い緊迫感に襲われた感覚だった。ただストーリー構成が非常に映画的なので、もう少し映像などを駆使して視覚的に訴えるような演出の方が今作の場合は上手くいったのではないかと思う。演出には一切映像が使われていなかったので。
舞台装置、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
舞台上には、下手側から舞台中央に向かって細長い平均台のようなものが長く伸びていて、その手前つまり下手側手前には椅子が2つと机が一つ、上手側にも椅子が一つ設けられているくらいで、特に備え付けで用意されている舞台装置は少なかった。
平均台は、その上を歩きながら登場するシーンもあり、机というよりは一つの舞台装置として利用されていた印象。一番印象に残るのは、伴野と山喜が古川の邸宅で宴会のようなものをやっている時は、その平均台の上であぐらをかいて飲み交わしていた。
下手側の机と椅子は、主に現代の王と津島のやり取りで利用されていた印象、または市原と村田が喫茶店で映画の話をする時にも利用されていた。
上手側の机と椅子は、主に古川の席といった感じで、その席で古川から織本が叱られたり、村田が注意されていたりした。
そして一番舞台装置でピックアップしたいのは、下手側奥に度々登場する大きな3つの窓ガラス。こちらは登沢研究所のシーンになった時だけ天井から降りてくる仕掛けになっている。この窓ガラスの感じが非常に良くて、ちょっと白く曇った昔ながらの窓ガラスの感じが好きだった。また、照明効果も相まって朝日の差し込む感じとか夜の感じが非常にインスタ映えするかのような美しい景色を見せてくれた。
あとは、中央に置かれたタイプライターと机。ここで村田がタイプしながら文書を作成していた様子が印象的だった。

次に衣装。
研究者たちが着ていた、深緑色だけど薄っすらと汚れた感じの軍服が非常に似合っていた。個人的に好きだった。少し色あせているのがポイントで、そこが戦時中を思わせて好きだった。
あとは、村田たちのタイピストたちの白いシャツと黒いロングスカートも地味で戦時中っぽさを感じさせられてよかった。また三浦透子さんが村田と津島という2役を交互に演じることから、村田のときはベージュの上着を脱いで、津島のときはベージュの上着を着ていて、それだけでも印象が随分と違うものなのだなと感じていて演出の上手さを物語っていた。これはきっと、三浦さん自身もきっちりと演じ分けていたからだと思うが。

次に舞台照明。
舞台照明は印象に残ったものとして、全体を照らす明かりとして印象に残ったものと、カットイン的に一瞬だけ差し込まれる演出として印象に残ったものの2つがある。
まずは、全体を照らす明かりとして印象に残ったものだが、やはり朝のシーンでの白く黄色い朝日を表した照明が好きだったのと、夜を想起させる伴野と山喜の宴会のシーンや、桑沢が首を吊ったシーンの紫に近い濃いブルーの照明が好きだった。特に後者は、窓ガラスとの相性もよくて不気味ではあるのだけれど、非常にオシャレにも観えてしまって個人的には好きだった。
また、市原と桑沢が交互に釜山と南京での出来事について語るシーンでのあの暗い感じを際立たせた照明も良かった。
カットイン的に印象に残ったのは、やはり原爆が落とされた時の演出。舞台上の天井からの照明だけでなく、床面に置かれた照明も上に向かって強い光量で黄色く照らす照明にはインパクトを感じた。

次に舞台音響。
基本的に音楽は使われておらず、緊迫感を煽るBGMと効果音のみ。
まずBGMだが、序盤からスピーカーの音割れが激しくなるくらい低音が強い地面が揺さぶられるほどの迫力ある音が使われた。こういう演出はもう少し劇場が小さいと効果的かなと感じた。映像と暗転があればもっと迫力があるのだろうが。
あとは、タイプライターの音は耳に残るくらい至るところのシーンで流れていた。そしてこのタイプライターの音がだんだんと不気味な物音に聞こえてくるあたりが、よく出来ている。あとは、研究所で起きた爆発音だったり、B29の航空機の物音は不安を煽るには非常に効果的なSEだと感じた。
あとは録音による音声も流れていたが、玉音放送はまだ良いものの、9.11を音声だけ流すのはいかがなものかと思った。そもそも9.11を入れるのか?という疑問も先述した通りあるが、入れるとしてもやっぱりここは映像まで入れないと迫力が出ないし、凄く軽い演出になってしまうなと思った。

最後にその他演出について。
今作で一番見事だった演出は、やはり釜山と南京のシーンを交互に市原と桑沢が実況する演出だろうか。この演出は対比という観点でも着目したくて、一方は牛を実験台にしていて、もう一方は人間(中国人の捕虜)を実験台にして並列にしている残酷さがある。特に南京の捕虜は人間であるにも関わらず「マルタ」と呼ばれてモノ扱いされていた点も、演出的に残酷さが際立ち、それによっていかに日本軍がやっていた実験が酷いものだったかが見て取れる。非常に残酷で素晴らしい演出だった。
あとは戦時中と現代という2つの時間軸が同時に描かれていて、三浦透子さんが2役を演じきるのも良かった。こういう構造って、瀬戸山美咲さんの「彼女を笑う人がいても」にもあったが、祖母と今を生きる私を同じ俳優が演じるというスタイルが流行っているのだろうか。たしかにそうすることによって、なんとなく今回であったら村田の意志を津島を受け継いでいるような気がしてみえてくる。
あとは、今作はもう少し映像を使った演出があっても良かったのかなと思う。というのは、今作の脚本的にも舞台作品として上演する必然性がないように感じていて、これだったら映画化してしまった方が映像の方が戦争の恐ろしさは訴えやすいので、そちらの方が効果的だったようにも思える。仮に舞台でやるにしても、9.11の下りや、日本軍兵器の気球は映像として映して欲しかった。視覚的インパクトをもっと欲しかった。聴覚的インパクトには限界がありすぎた。

【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/480916/1836729


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

今作を観劇した決めてに、魅力的な俳優さんが多く出演しているという点があったくらい今作のキャスト陣には個人的に期待するものが多かった。
特筆したい俳優さんに絞ってコメントする。

まずは、主人公の村田琴江役と、その孫の現代を生きる科学ジャーナリストの津島遥子役を演じた三浦透子さん。三浦さんはアカデミー外国語映画賞を受賞した映画「ドライブ・マイ・カー」で女性ドライバー役を演じて、今や最も売れている若手女優といっても過言ではないくらい有名な女優さんである。もちろん、彼女の演技拝見も初めて。
三浦さんの演技を拝見してまず抱いたことは、知的な女性を演じるのが非常に上手いということ。本当に今回の村田琴江役にしろ、津島遥子役にしろ三浦さんがしっかりとハマっていて、あのハキハキとした物言いだったり真面目さみたいなのが非常に伝わってきて好きだった。
それでまた、村田役と津島役をしっかり演じ分けられているのも素晴らしい。村田は戦時中というのもあるのかどこか物静かで暗い印象、だけれどタイピストとして非常に優秀でミスもなく、仕事をきっちりこなしていく姿に惹かれる。市原に対してはっきりとNOが言えるのは凄く個人的に好きだった。一方で津島はどちらかというと好奇心旺盛で、ポジティブで何でも興味を持ちそうなくらい前向きでこれもまた良き。また喋り口調もハキハキしているから仕事はすごく出来そうで良かった。終盤のシーンで、村田は戦争を通じて明るくなった的な描写があったから、きっと津島を好奇心旺盛な女性に育ててくれたのは祖母の村田で、決して戦時中の経験が後世の人々の成長にマイナスに働いていないことを暗示しているような気がして救われた感じがした。

次に、伴野繁明2科責任者を演じたカムカムミニキーナの松村武さん。松村さんの演技を拝見するのは、おそらく2020年のカムカムミニキーナの本公演「燦燦七銃士」以来4度目である。
松村さんは常に貫禄があって、堂々と落ち着いた役が非常に型にハマっている印象だが、今回も2科責任者ということで腰の座った演技が素晴らしかった。
特にこの後紹介する森下亮さんが演じる山喜とのシーンが本当にピタリとくる。古川家で山喜と酒を交わしながら談笑するシーンが好きだった。

山喜大悟役を演じるクロムモリブデンの森下亮さんは、今まで演技を一度も拝見したことはなく、CoRich舞台芸術!のYouTubeチャンネル「ゲキトク!」で度々拝見していていつか芝居を見てみたいと思っていた。
印象としては「ゲキトク!」の感じとあまり変わらなかったのだが、唯一男性キャスト陣の中でひょうきんな俳優さんなので、その個性を存分に活かされている感じがして好きだった。
今回の役も非常に良かったが、森下さんは次回芝居を拝見するときは、もっとハッチャケた役柄で観てみたいと思った。

陸軍中野学校から派遣された将校の浦井静一役を演じた佐野功さんは非常に印象的だった。
今回の配役の中で最も冷徹な役だと思う。釜山と南京の実験の命令を下すし、この研究所の戦時研究を推進しているのはおそらく彼の影響が一番大きいだろう。だからこそ非常に不気味に感じられるし、その不気味さを上手く演じられていて素晴らしかった。人間を感じさせないあたりがこの役だと凄く適していて素晴らしかった。

中国の科学者の王浩然役を演じた大谷亮介さんも素晴らしかった。大谷さんは相棒シリーズなどでテレビドラマでもおなじみの俳優さんだが、演技拝見は今回が初めて。
大谷さんも非常に昔話を語りたがる老人といった感じとその優しさが好きだった。老人と若い女性がこうやって打ち解けていくのを観ているだけでも良いなと感じる。

最後は、織本ゆき役を演じていた北浦愛さんも良かった。
個人的には、織本ゆきという人物設定が好きだった。漢字ミスばかりしていて古川に叱られ続け、優秀な村田を羨ましく思う。そしていいなずけも戦死し、デートを迫られていた桑沢も自殺してしまうという辛さが感じられて同情してしまう。
そんな悲劇的な女性なので、凄く心が動かされた。もちろん、北浦さんも素晴らしい演技だった。

【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/480916/1836733


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

私は今作を観劇して初めて、登沢研究所のモデルとなった登戸研究所の存在を知った。wikipediaによると、原子爆弾、生物兵器、化学兵器、特攻兵器、謀略兵器、風船爆弾、缶詰爆弾、怪力光線、殺人光線、電気投擲砲の開発を戦時中に行っていたとされており、中には中国の経済を混乱させるために偽札の発行まで行っていたようである。
終戦後も帝銀事件において検出された毒物が、この登戸研究所で開発されたものと考えられ、第二科の研究者を中心に捜査が行われたそう。今作で描かれていたことに近い研究開発をこの登戸研究所で実際に行われていたと考えると非常に怖くなってくる。
ここでは、戦争と科学という観点で考察していきたいと思う。

科学はいつの時代も国家権力に利用されながら発達してきたといっても過言ではない。科学技術を進歩させる上では、どうしても資金が必要となる。新しいことを試すにはお金が必要になる。その巨額の資金を得るためにはどうしても国の力が必要になる。国としても巨額の資金を提供するには自国にとって利益となるような技術開発にどうしてもお金をかけがちになる。
そうなるとそれは戦争に使える科学技術であったり、国家のインフラを整える技術開発へと限られていく。今作で最も主張したいメッセージの根幹は、そういった科学と国家のあり方に立脚している気がする。

わたしたちが今科学技術の進歩によって受けている恩恵の中にも、実は戦争があったからこそ発達した科学技術というものが数多くある。
例えば天気予報がそうである。天気予報を一番最初に行ったフランスは、クリミア戦争中に暴風に遭い艦船を失ったことを教訓に天気図を作成したことが始まりである。また人工知能の父と呼ばれるアラン・チューリングは、第二次世界大戦中に暗号解読業務に従事したことから、今ではコンピュータアルゴリズムの一つとして存在する「チューリングマシン」を開発した。この軍事的に暗号解読として開発されたチューリングマシンが、今のコンピュータの誕生に大きな影響を及ぼした(詳しくは映画「イミテーション・ゲーム」を参照)。さらに、わたしたちが使っているスマートフォンのインターネット環境も、元々はパケット通信と呼ばれていたが、この起原は1960年代のアメリカの軍事用に開発された、核兵器にも耐えられる通信方法だったのだそう。
このように、今のわたしたちの生活に欠かせない科学技術は、元々は戦争によって軍事的に使用するために開発されたものが多く存在する。そこには、戦争があったからこそ今の便利な日常生活を享受出来ているという皮肉もあるといえる。だからこそ、戦争と科学は切っても切り離せずわたしたちが絶対に知って置かなければいけない事実だと思う。

しかし、科学技術の利用は何も戦争だけに限らず、現代ではまた違った形で権力者によって利用されることもある。
例えばこの劇中でも登場した、プラスチックの話はそうである。プラスチックの製造は地球環境の破壊に繋がる決して持続可能な社会の実現にマイナスなインパクトを与えることである。しかし、そのプラスチックがないと食べていけない人、成り立たない産業は沢山ある。彼らの生活を支えるためには、どうしてもプラスチックを製造し続ける必要がある。これは、完全に権力者たちの都合によって利用された科学技術に他ならない。
火力発電もそうだろう。決して今の時代的には推し進めてはいけない発電方法であるが、それが稼働しないと成り立たない生活があるから稼働している。そうやって技術は権力者に利用されるのである。そういった点では、今も昔も変わらずこの普遍的真理は遠い未来でも変わらないような気がする。

劇中では9.11が現代を代表する戦争として取り上げられていたが、今はウクライナ情勢によるロシアとウクライナの紛争が続いている。もちろんロシアが秘密裏でどんな研究開発を行っているか定かではないが、今作のような戦争に使うための戦時研究が進められていることも十分考えられる。
そうなれば劇中にあったように、人を殺すために知恵を絞ってきた研究者たちが苦しむことになる。自分の実力が人殺しに利用されてしまうほど苦しいことはない。
そんな状況を作り出さないように早く事態が収束することを願うばかりである。

【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/480916/1836732


↓松村武さん過去出演作品


↓坂本慶介さん過去出演作品


↓宮崎秋人さん過去出演作品


この記事が参加している募集

舞台感想

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?