大きな壺のインスタレーション(大巻伸嗣展、国立新美術館)
先々週のことです。日曜日の朝にNHKのEテレで放送されている「日曜美術館 アートシーン」で、大きな壺のようなものから光が発せられる作品が紹介されていました。その時は流して見ていただけでしたが、後で気になってウェブで調べたところ、国立新美術館 で開かれている企画展とわかりました。展覧会のパンフレットを見ていたはずなのですが大きなインスタレーション作品とは気がつかずスルーしてしまったようです。テレビがきっかけで興味がわいてきました。
会期が12月25日までなのでどうにか時間を探して、やっと今週になって六本木の国立新美術館へ来ることができました。2階の会場で開かれている「大巻伸嗣 真空のゆらぎ」展 です。
Gravity and Grace
最初の作品は 《Gravity and Grace》 です。入り口でもらった作品リストには解説も載っています。『重力と恩寵』という意味だそうです(注1)。
そこにあったのがテレビで見た 大きな壺 でした。この部屋の天井高は8メートルもあるということで、その高さをフルに活用しています。光源は壺の中でゆっくりと上下に動き、天井近くになると部屋全体が明るくなります。壺の中の光源が明るすぎて、映画『未知との遭遇』のようになっていました。
作品リストにあった解説には上下する光源は最大84万ルーメンにもなる強烈な光とありました。どのくらい強いのだろうと、比較のために自宅にストックしていた40W型相当のLED電球を見てみました。440ルーメンでした(注2)。その約2000倍もの光の強さが使われているのです。
この壺には鳥や花、葉っぱが描かれ、壁や床に移った影が光源の動きに合わせて揺らいでいます。壺を見ることに集中しているとまわりの影の動きで宙に浮くような感覚におちいりそうになるほどでした。
隙間からのぞくと反対側の模様を裏側から見ることもできました。
そして、人の影が映っている床に何か書いてあることに気がつきました。
けっこう踏みつけられているのでしょうか。文章らしきものが書かれていることはわかるのですが、見えない文字もあって、なかなか判別できません。周囲を見渡し、やっと読める文章を探しました。
Are our shadows our afterimages?
「私たちの影は残像なのか?」という意味のようです。
日本語の文章も見つけました。
それはどんな色の香りですか。
周りに関連するような別の文章があるのかもしれませんが、私にはみつけることができませんでした。
次の部屋は《Gravity and Grace - moment 2023》 。印画紙に直接モノを乗せ、 Gravity and Grace の強い光源で感光させたフォトグラムです。光があたったところが黒くなりますので、光と影の白黒の関係が感覚とは逆になります。一番手前の作品は印画紙の上に直接 人が立ち、足裏が一番白く映っているのだろうと想像できます。それぞれがどのように作成されたかを考えながら作品を見ていきました。
フォトグラム作品エリアの出口で、係りの人が「こちらにも作品があります」とむかって右側の部屋へ誘導していました。いつもの展覧会であれば休憩室として使われている場所です。
その小さいエリアにディスプレーと椅子が置かれ、舞台芸術とコラボした映像が流れています。そしてその横には大巻伸嗣さんのメモやノートが展示されていました。その中には、さきほどの Gravity and Grace の構想が描かれたノートもありました。
この会場の模型もありました。Gravity and Grace は天井の高さをフルに利用しただけではなく、会場の奥行きも有効に使っていたことがわかります。
そして、これから向かおうとする部屋は黒塗りされています。かなり広いスペースを利用した作品だと予想できます。
Liminal Air Space - Time : Vacuum Fluctuation
「Vacuum Fluctuation」は作品リストの訳だと「真空のゆらぎ」で、展覧会のタイトルにもなっています。
解説によると、大巻さんは「ビニール袋が水たまりに落ちて、沈むと見えなくなった」という経験から、「見えていないけれど存在するものがある、あるいは、逆に、見えているものは実際にはそれとは違うのではないか」と考えるようになったそうです。
ゆらいでいるのはビニール袋というよりは、ポリエステルの半透明の大きな布でした。そこに空気が送り込まれ、風の強弱で布が浮かびあがったり、沈んだりします。天井と手前側の2か所からライトがあてられ、形が変化していく様子が光るように見えます。時々聞こえる送風機(?)の音の効果もあって、私には波が打ち寄せる海岸にいるように感じられました。作品とは反対の壁には長椅子が置かれていて、そこに座って波の変化をゆっくりと見ることもできます。
Linear Fluctuation
前の作品では Fluctuation を「ゆらぎ」と訳していましたので、Linear Fluctuation は ”直線のゆらぎ” ということになるのでしょうか。なんとなく矛盾しているようにも思うのですが…
作品をみると少しわかってきたような気がしました。外出が制限された時期に窓からの眺めを水彩で描いた作品が並んでいます。水彩画と同じ目線で見るとよりはっきりするのですが、絵の中心が一直線になるように配置されています。ですが、何か整然とはしていない、バラバラな感じがします。
絵の大きさが統一されてなく、額縁の枠の大きさもそれぞれ違っているのでそう感じるのだと思います。
突き当りを右に曲がると17分20秒の映像作品が流れており、さらに次の部屋には様々なドローイング作品もありました。
展示会の後で
展示会のショップを出たのがだいたい午後3時ごろ。展示室の出口正面近くの風景です。太陽がほぼ水平に近い高さにありました。
ということは…。振り向くと出口近くの壁に西日が差していました。ほとんど冬至のこの時期、陽が沈んでいくのが早い。
美術館の壁面も建物の陰になってしまう部分が時間とともに増えていきます。
帰途につきました
美術館の帰り、地下鉄に乗るために外苑東通りまでやってきました。ちょっと寄り道になりますが六本木の交差点をさら進みます。そうすると東京タワーが見えてくるのです。11月に開業した麻布台ヒルズはこの通り沿いにあります。現在は日本一高いビルディングの麻布台ヒルズ森JPタワーが東京タワーと並んで見えました。
国立新美術館、六本木周辺の概況
参考資料
展示会の作品リスト
それぞれの作品に解説が添えられています。
文化庁のウェブサイト
「大巻伸嗣のインスタレーション ー 展覧会に寄せて」(2023年10月25日)
https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/diary/diary_109.html
文化庁はこの展覧会の主催団体の一つです。
(注1)《Gravity and Grace》 というタイトルは作品リストの解説によると、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユの箴言集『重力と恩寵』に由来しており、ヴェイユは「重力によって縛られた私たちは、真空を受け容れることにより、神から恩寵を得られる」としています。
(注2)LED電球40W型相当の外箱です。440ルーメンと書いてあります。
(2023年12月21日)
(追記)
Gravity and Grace の床にあったフレーズが気になって、この記事をアップした後もいろいろと調べていました。
やっと、わかりました。
大巻伸嗣展では企画するにあたり、詩人、作家、翻訳家として活動している関口涼子さんに詩の作成を依頼していました。作品と同名タイトルの詩の一部が、会場に散りばめられていたということです。
アップした写真にあったフレーズは次のようなものでした。
Are our shadows our afterimages?
「わたしたちの影はわたしたちの残像でしょうか。
それともわたしたち自身がわたしたちの影の残像なのでしょうか。」
を英訳した一部分でした。
それはどんな色の香りですか。
「残像に咲く花には香りがあるのでしょうか。」
に続く文章でした。
調べるのに図録が参考になると思ったのですが、美術館のショップでは完売。ショップの 完売お詫び の中で国立新美術館3階にあるライブラリーが紹介されていたのですが、すでに冬季休業期間に入っていて閉まっていました。
そうなると頼りになるのが、以前にも展覧会図録を探したことがある蔦屋書店。予想はあたり、代官山店の書棚に2冊ありました。
もし、図録を手にする機会があれば詩の全体を読んでみるのもおもしろいかもしれません。
出典
「大巻伸嗣|真空のゆらぎ」
国立新美術館図録兼書籍
求龍堂
関口涼子さんの詩「Gravity and Grace」はp.94~97 にありました。
(追記は2023年12月25日)
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