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小説

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生き恥を晒しています。
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植木鉢に私を半分やる事にした話

植木鉢に私を半分やる事にした話

202303052342

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植木鉢に私を半分やる事にした。
大した理由はない。毎朝通勤時によく見る植木鉢が三回連続で風に煽られて倒れていたからだ。それだけ。
今朝三回目の助け起こしのち修復をやってのけた後、急に思いついた。

「いいかい、よく聞いて。君に私を半分あげるから、これからは倒れそうになったら、半分の私でエイッと踏ん張るんだよ」
早速植木鉢に言い聞かせる。
「君は不服に思うかもしれな

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『』

『』

201902261427

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相も変わらずよくこんな話ばかり書くと思う。

とにかく人が起き出す前に書かなくてはいけないと必死だ。
時刻はもう少しで5時。

本当はもっと早い時間にしたかったのだが、気付いたらもうこんな時間になってしまっていた。
少し動揺していたのかもしれない。

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午前3時

夏季休業中。
寮の自室。

ここ数週間で癖になった自堕落な昼夜逆転の生活。
外が明らむまで起きて

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あかい、くに

あかい、くに

202101192000

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死にたくて堪らない男がふと目を覚ますと、そこは異空間だった。
どうやらこの空間にいる者は皆先の大火災で死んだらしいのだが、何だか黄泉の国へ行けない蟠りが有って皆々ここに留まっているらしい。
周囲は阿鼻叫喚で、肉か血か分からないピリリと鼻を焼くむせかえるような臭気が漂っている。
しかし男は実に陽気だった。
二十何年間生きてきて今日が最高の日だったのだ。
なにせ、よう

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わくらば 後編

わくらば 後編

202007131052

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ハッと気付いて部屋を見回した。
ざあっと血の気が引いて、部屋の温度が固く冷えていく。
このピンポン、確かに鳴っているのじゃないか。
しかも気のせいでなければさっきも一度鳴っていなかったか?

おそる、おそる玄関に向かって、途中で気が付いて念のために包丁を、出しかけて、取られて子どもに万一があったら下手に出さない方が、と考えてやめて、結局盾にも使える一番使い慣れたフ

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わくらば 中編

わくらば 中編

202007131052

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蝉の声が五月蝿くて目が覚めた。
子どもができてから蝉の声が苦手だ。0歳育児の頃を思い出すのだ。
ああまた泣いてる、早くオムツを替えて、いや授乳か、何でもいい、とにかく早く起きなきゃ、でないとあの人が来る、と心臓がバクバクしながら飛び起きて、ああもうあの男は居ないんだった、と複雑な気持ちで暫し呆然とする。
ハッと気付いて横を見て、三歳児がまだ寝てくれている幸運に胸を

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わくらば 前編

わくらば 前編

202007131052

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ピン、ポン

掃除機をかけていたり、テレビの音楽番組を流して洗い物をしていたり、ふとした瞬間子どもの声がサラウンドのように意味を成さないわあわあと襲いくるだけの音声になったりする時、
その裏にうっすらとピンポンの音が鳴ったような、気のせいか気づかれかも分からない一瞬が有って、その瞬間、
ぞおっとあの男の姿が脳裏を過ぎって、もう怖くて恐ろしくて堪らなくなるのです。

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傷をつける

傷をつける

201904212036

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自傷行為をする人間が、理解できなかった。

何故わざわざ痕が残る様な傷を付けるのか、神経が知れないと思っていた。
土台痛いじゃないか。傷痕を見るだけで眉間に皺が寄る程、傷を付けた時の痛みが想像できて、不快。

本当にどうかしていると思っていた。
若く潔癖な頃には、心の弱さ故だといっそ嫌悪していた。
何の益も無いどころか、傷痕まで残ってその後の人生に影響を及ぼす様な

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イルミネーション、やってるらしいよ

イルミネーション、やってるらしいよ

202212032342

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街の様子がおかしいのだ。
こちらの通りには人っ子一人居ないのに、確かに遠くの方に人の騒めきがある。恐らくは四百や五百くらいの人数がひとところに拡散している気配がするのだが、歩けど歩けど誰も居ない。

ビル街を次々に抜けていくと、ビルの狭間に少し開けたところがあって、四十メートル四方の空間だけ木々に電飾が点いている。
なかなか見事だが誰も居ない。
と、ふと耳に入って

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世界が桜の花びらに包まれたみたいにふわふわひらひらに黴びてしまう話

世界が桜の花びらに包まれたみたいにふわふわひらひらに黴びてしまう話

桜黴

202103282051
202211122022

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最初の桜黴は、そこそこ人気だった。よくあるふわふわの刻みチョコをトッピングしたような廃工場の壁が発見されて、瞬く間にSNS映えする写真スポットとして広まった。淡い桃色が可愛らしいし、ふわふわ散る黴が幻想的でとても綺麗だったので、「桜黴」と命名された。

おかしな事になったのは二週間経った後だった。
それまでは何ともなかったのに、桜

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男が春画の女に囚われる話

男が春画の女に囚われる話

春画のある風景

202102251956

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ある男が中世の春画を買って家に飾った。
絵に特段興味がある訳でもなかったが、何か惹かれるものを感じたのだ。
毎日見て慣れ親しむ内に、はじめは変な顔だなあと思っていた女の顔と肢体が妙に色っぽく魅力的に思えてきた。なるほど、昔の人もこんなふうに想像を働かせたに違いない。
ある日、夢に春画の女が出てきた。朝見ると夢精していた。
それから毎晩のように春画

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スマホに謎のもやもやが住み着く話

スマホに謎のもやもやが住み着く話

202211022104

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夜中夜勤明けの昏睡から覚めると、スマホの液晶画面に得体の知れないもやもやしたものが住み着いていた。

寝ぼけて見る幻覚の類だろうとさほど気にせず放っておいたが、なかなか消えない。
もやもやはどろりとした粘体で、ほぼ透明に透けている。ぱっと見た印象では美容液の類のようにさらふわりとくびれて見えるのに、動きがやけに鈍いのだ。
意思を持った生命体の類では無いように思えた

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靴底の温もり

靴底の温もり

202002110526

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地下の温度はひどく鈍く重たい。

行き交う人々の華やげで気安げなさまを見ると、げに人の世は眩しく。
今の自分はいっそ幽霊か何かであれば良いと思う。
この臭気さえきっと届かないでいればと。
そうやって消え入りそうに沈む反面、
おのれ私だって、という気持ちもある。
今通り過ぎたサラリーマンの時計は、私が愛用していたブランドの廉価版だ。
今はもうこの手に無いけれど。

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出されなかった手紙

出されなかった手紙

202210302048

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兄弟へ

この手紙を読んでいるとき、私は上手くいけばこの世にいないだろう。なぜなら私は三日後に死ぬことになっているからだ。死因はアナフィラキシーショックである。
実は二十年ぶりに父母と会う事になった。私が昨年短い私小説で賞をとったのを聞きつけて出版社づたいに連絡をとってきたのだ。彼らは私のアレルギーを覚えているのかいないのか、そば屋を指定してきた。
勿論それだけな

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路傍に菊

路傍に菊

202012141818

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交通事故の現場に菊花を供え続けたらどうした事か根を張り毎年毎年咲くようになった。花も悼んでいるのねえ、と近所の人の間でちょっとした名所になったけれど、内心冷や汗。
だって誰も死んでいないのだ。
あそこは私が憎きあやつを殺してやろう、いつ殺そう、いつか殺そう、きっと殺そう、と、願掛けのつもりで、そうつまりイメトレのつもりで毎日欠かさず菊花を供え続けた「交通事故現場(

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