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【年齢のうた】My Hair is Bad その1●20代に別れを告げる「花びらの中に」の美しさ

今日は3月30日。ようやく、あたたかい日でした。
午前中の外出は冬の上着を着てたので、ちょっと汗かきましたね。

先だっては音楽系のドキュメンタリー映画の試写に行きました。
『シド・バレット 独りぼっちの狂気』です。

ヒプノシスのストーム・トーガソン(彼は2013年に逝去)が生前から制作していた作品。ロジャー・ウォーターズをはじめとしたピンク・フロイドのメンバーはもちろん、シド・バレットの元カノ数人にまで取材していたのは、なかなかの突っ込みぶりでした。
精神を病んでしまったシドの姿がすっかり変貌したことは、僕も音楽雑誌のニュースで見たのを覚えていました。それがとても悲しいものでしたね。
ただ、ひたすらシドのことが語られる映画だったのですが、彼の才能は誰もが絶賛していて、人間としては愛されていて。そしてどんどんドロップアウトしていったことに関して、誰も悪いふうに言っていないのが心に残りました。もしかしたらネガティヴな話はカットしているのかもしれないけど。
残酷な現実を描きながらも、偉大なアーティストとしての彼を讃える作品でもありましたね。


さて、今回はMy Hair is Bad。通称でマイヘアと呼ばれている日本のロック・バンドです。

椎木知仁が意識していた20代の終わり


My Hair is Badの椎木知仁は、かなり生々しい歌を書くアーティストだと認識している。自分のリアルを、私生活のことまでも包み隠さず、ストレートに唄う人。僕はインディの頃からそんなイメージを持っている。

昨年、当【年齢のうた】を進める中でリサーチをしていたところ、マイヘアの曲に行き当たることが何度かあった。椎木は年齢についての曲を書いていたのである。

今回取り上げるのは一昨年、2022年リリースのアルバム『angels』に収録されている「花びらの中に」。
これは、自分の20代が終わることを唄った曲である。

この曲がリリースされる時期に、マイヘア、とくに椎木は、数多くのインタビューに応えていて、いくつかのメディアに当時の彼の言葉が掲載されている。そのいずれでもこの「花びらの中に」の話がされていて、となると当然のように、20代の終わりの話題になっている。
おかげでおおむね似たような話になっているが、せっかく調査したので、そのひとつずつを紹介しようと思う。

なお、椎木は2022年の3月に30歳の誕生日を迎えていて、この歌が書かれたのはその前ということになる。そしてアルバム『angels』がリリースされたのはこの年の4月13日だ。

まずは『ロッキング・オン・ジャパン』の2022年5月号。

「本当にみんなの二十代の終わりを書こうと思ったわけでもなくて、誰かに伝えたいと思って書いたわけでもなくて。なんか--自分の今までの二十代の思い出が美化されて、きれいになったりすればいいかな、ぐらいの感じ。間違ったこととか失礼なこととかしてきたけど、それもそれでって言っちゃおうかな、花びらのなかに埋めちゃおうかな、みたいな(笑)。振り返ったら許せなくなるから、振り返るのやめようかなっていう曲でもある」

「みんなに対して、二十代の僕らは死にましたよ、というか。もうそのまんまなんですけど、歳をとったので。いきなり過去はなくならないですけど、切り替えますよっていう」


花びらの中に埋めちゃおうかな、という言い方が強く残る。たしかに歌詞でそうした表現がされている。

続いて、『音楽と人』の5月号より。

「19から20歳になる時も、なんとなく20歳になったなーみたいな節目はけっこう感じたんですよ。でもそれよりも20代から30になるってことがけっこう……マイヘアにとってまたとない節目な感じがして」

「青春っていうとアレですけど、さっき言ったみたいに節目というか、20代で何かひとつ終わるっていうか。それをまとめておきたい。その気持ちもありましたね、20代のうちにアルバムを作りたいっていう」


節目であること、そして20代で何かひとつ終わると、ことさら20代ということを意識しているのがわかる。

次は『MUSICA』の5月号。

「10代の終わりとか20歳になる時の曲はいっぱいあるけど、20代の終わりをはっきりとした言葉で書いてくれてる曲ってあんまりないなと思ったんで、一緒に浸りながら20代の終わりを確かめてもらえたらいいな。今若い子達もいつかこのタイミングに来た時に、あんな曲あったなって思い出してもらえるような曲になったかなと思います」

たしかに20代の終わりを唄った曲は、世にあまりない気はする。

次はWEB媒体のインタビューである。最初はリアルサウンド。

椎木:全曲いいんですけど、強いて選ぶなら「花びらの中に」ですかね。この曲は今の自分にしか書けなかったし、3人でスタジオで鳴らしている時も、今までのことを思い出して切ない気持ちになって。デモができた時、メンバーだけではなく、「この曲どうかな?」って同い年の友達にも送ったんですけど、それで気持ちを聞けたのはすごく面白かったし、思い出深い経験になりました。

ーーその時話したことで印象に残っていることはありますか?

椎木:「20代の終わりを表現してくれる曲ってないよね」「確かになー」という話になったのはすごく覚えていますし、それもあって「だったら20代の終わりに振り切って、30歳の誕生日前日に聴くような曲を作ろう」という気持ちになりましたね。〈落ちてく花びらの中に/今夜僕を埋めよう〉という歌詞が出てきた時は、「そうか、20代の自分を殺しちゃうんだ」「もう見ないことにするんだな」と自分でも驚いたんですけど、それはそれで美しいのかなと。

ーーアルバムは「花びらの中に」で締め括られますが、やっぱり“このアルバムが20代最後の作品になる”という意識は強かったですか?

山田:そうですね。僕らはバンドを始めて14年になるんですけど、やっぱり20代が一番“バンドしていた”ので、その集大成になればいいなと思いながら気合いを入れて作りました。

20代の自分を殺しちゃう、という表現には覚悟のようなものが感じられる。

今度はBARKSのインタビュー。

──山本さんと山田さんは椎木さんよりも一足早く30歳になりましたが、何か感じていることはありますか?

山田:“もう30になっちゃったんだ?”っていう感じです。バンドをずっとやっていて、自分としてはそんなに変わっていないつもりなんですけど。

山本:僕も中身が変わった感じはそんなにないです。でも、年下と話している時に、ふと“俺、30だ……”ってなることはあります。それが特に何だっていうわけでもないんですけど、一旦呼吸を置くような感覚なんですよね。

──「花びらの中に」は30代に差し掛かる頃の心情が伝わってきますが、“落ちてく花びらの中に 今夜僕を埋めよう” “若かった過ちの中に 今夜僕を埋めよう”という表現の仕方が印象的でした。

椎木:これは自分の部屋で書いて、ほぼ仮歌詞の状態のまま完成に至ったんです。1人で夜中にこういう曲を書いていると、こんな感じの歌詞になるというか。“20代のことはここで終わります。リセットします”みたいな感じになったんです。暗いわけでもなくて、かと言って誰かの背中を押すわけでもないこういう言葉は、1人で夜中に書いている感じがすごく出ている気がします。

──コロナでステイホームが推奨された時期の雰囲気も表れているのかもしれないですね。

椎木:そうかもしれないです。当たり前に飲み会ができて、夏フェスとかに出演したりしていたら、こういう書き方はしなかったかもしれないですから。

──「花びらの中に」は、20代の自分への葬送曲ですよね?

椎木:そうですね。その通りです。

──葬送曲と言ってもネガティヴな意味ではなくて、ひとつの時期を経て次の世界へ踏み出そうとしている清々しさが伝わってきます。

椎木:“時間が経つことには抗えない。だったら埋めちゃおう”っていうことなので。

(中略)

──My Hair is Badの今までの曲に関しても言えますが、“過ぎ行く時間”みたいなものは、テーマになることが多いですよね?

椎木:はい。そういうことを曲にするのは大好きですね。“いつか絶対に死んじゃうんだから”みたいな言葉遣いをメジャーデビュー当時からしていましたから。

──「告白」の“いつか死んでしまうんだ”とか?

椎木:はい。その頃から先を見据えたり、過去に浸ったりすることばかりしています。

──今回の曲から挙げるならば、少年から大人になっていく様を描いた「サマー・イン・サマー」が、そういう曲ですね。“思い出は漫画みたいになった じゃあこれはあの日の実写だね”とか、まさに時間が過ぎ行くことに対する実感ですから。

椎木:「サマー・イン・サマー」もこの年齢にならないと書けなかったと思います。

続いては、OK MUSICのインタビュー。

僕は今年の3月で30歳になったのですが、メンバーが全員30歳になる寸前にバンドの肝だったライヴができなくなって…20代はずっとMy Hair is Badをやってきたけど、急に活動が止まっちゃった気がしたし、そこに焦りもありました。だけど、“My Hair is Badとして、20代のうちに僕ららしい作品を作りきろう”という気持ちに切り替えたら、その気持ちにも背中を押されてギリギリ20代で録り終えたんですよ。

“20代のうちに、My Hair is Badらしい作品を作りきろう”と思ったという話についても訊きたいです。《さよなら 僕の二十代へ》と歌う「花びらの中に」の中で、《青かった夜明けが/朝になってしまうようです》と正直な気持ちを綴っていますが、20代が終わり、30代を迎えて、今思うことってどんなことですか?

いざ30代になってしまったら、“なったんだな”と思うくらいですけど、29歳の最後のほうは“何かが終わっていく、まさに渦中にいるんだな”という焦りみたいなものを感じていました。だから、今は30代になって少し楽になった気持ちが一個あって。この先どうなるかを考えても、“良くなれ!”としか想像できないけど、少し楽になったというのが正直な気持ちですね。

20代が終わることを意識して、焦りのようなものがあったとのことである。

最後は、このバンドの地元である新潟のメディアの記事だ。

今作の曲たちはかつてないほど練り上げました。20代の終わりっていうのをあまり意識せずに作っていたんですけど、気づいたら最後の『花びらの中に』で「二十代の終わりは」とか歌い出していて、改めてアルバム一枚を通して聴いてみると20代のMy Hair is Badをきれいに昇華して今一番かっこいい作品になったと思います。新しいこともたくさん詰まっているけど、より洗練された3人だけの音で作り切りました。

●私の中でMy Hair is Badはずっと20代を駆け抜けているっていう勝手なイメージがあったので、『花びらの中に』の最後の「さよなら僕の二十代へ」っていう歌詞でなんだかしみじみしちゃいました。

椎木:この曲を書いて改めて「20代が終わるんだな、その前に何か残しておかなきゃな」って気持ちになりました。この曲が一番最後に収録されていることによってアルバムに意味が生まれたと思います。

どれも含みのある話が多い。

以上が2年前にマイヘア椎木が語った「花びらの中に」、そして20代の終わりについてである。

別れの歌であり、旅立ちの歌でもある


ここからは僕が感じたことである。

過去にこの【年齢のうた】では、30歳になる気持ち、ついに30代になってしまう思いを唄った曲を、いくつか紹介してきた。

とくにムーンライダーズの回ではボブ・ディランの時代にも言及し、60年代から70年代には若者の間に「30以上は信じるな」という言い切りがあった話に触れた。また、この言葉のことはGOING STEADYの歌の回でも書いた。

30歳になる自分への思い。お前はもう大人じゃないといけないと言われてもグウの音も出ない年齢。そこに差しかかることへの複雑な感情。その背景には、時代性もあった。

ただ、マイヘアのこの歌は、それらとは性質を異にしている。
椎木が「花びらの中に」で唄っているのは、自分たちが30歳になること、30代に突入することではない。
20代が終わってしまうことについてなのだ。

椎木が抱えていたのは、20代という10年の時間と、それが終わることへの強い意識だった。彼にとって20代とは、おそらく特別な期間であり、大切な時間だったのだろう。歌詞に学生気分という言葉があるように、モラトリアムな感覚もあったと思われる。

僕個人は、20代が終わる時、そのことについてそこまで強く意識してはいなかった。まあ今の仕事がどんどん忙しくなる段階だったから、それどころではなかったというのが正直な話なのだが。それよりも先ほどの曲たちと同じように、気持ちとしては30代になる事実のほうに傾いていた。

僕は思う。マイヘアの「花びらの中に」は、別れの歌であり、旅立ちの歌なのだと。

これは決して悲観的な歌ではないし、これから先に行く気持ちを唄った曲である。それゆえのすがすがしさすら感じる。
ただ、自分にとって大切だったものを失うこと、その時を後にすること。その20代という時間との別れを唄っているのだ。
たしかにモラトリアムな匂いはある。でも、そこから進んでいこうという前向きさもある。と同時に、青春が過ぎゆく苦みも感じる。とても美しい。

「花びらの中に」は、素敵な別れ歌で、ホロ苦い旅立ちの歌なのだと思う。


うちの家族は、俺流塩ラーメンが好きです。
僕はだいたい塩ラーメンで、
この端麗か、もうひとつの熟成かを気分によって。
どっちの味も好きですね~。
昼のランチセットだと950円です

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