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拾遺(仮)

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記事一覧

(荒野:抄)

間欠的に鐘の音が聞こえる。
荒野は日が暮れかかっている。
バジルはかじかんだ耳を両手で覆いながらも、音に耳を澄ませている。
オレガノはきょろきょろと音の方向を探しながら、バジルに向かって言う。

オレガノ:日が暮れちゃうね。どうしようか
バジル:良く晴れているからきっとうんとすごい星空だね

オレガノ:さむい
バジル:このままだと凍えてしまうだろうな

オレガノはかがんで火を熾す準備を始めた。近く

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(無姫)

 『無姫』
 メモにはただこれだけ記されていた。
 すれ違った教師が早く下校しなさいと言った。
 日は西のへりぎりぎりのところにある。
 胸が苦しかった。
 起こると予想などしていなかったが当然起こりうる事だけが未来の中を埋め尽くしていて、尚その隙間を通り抜けてゆくことは容易ではなく、またそんなことをしてみても何の意味も無いことは明らかなことで、眩暈をしたようになって風景がふわふわと動き、四五往復

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(スノユギ=ロドン=アの百年に及んだ大喧嘩が終結したことで町は活気だっていた)

 スノユギ=ロドン=アの百年に及んだ大喧嘩が終結したことで町は活気だっていた。ここだけじゃないさ、もう半年も国中がお祭り騒ぎだ。肉屋の親父はそう言うと私に霜降りの上等のをひとつ放って寄越した。持って行きな。彼はそう言うと歯をむき出してにっと笑った。私は彼に礼を述べようとしたが、彼は大げさに手を上げてそれを制した。いいんだって、何てったってお祭りなんだ。三年は続くだろうな。全く今日は良い日だ。向こう

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(母なる星の体内より -地球の生命に憧れて-)

 夏なのに 冬みたいに空気が澄んだ 夕刻でした。
僕は犬と散歩しながら 空を見上げました。
その空の西側は雲が炎みたいに朱く染まっていて、
それでいて空のそのものは水色をしていました。
そして東側の空は海の中みたいな暗い青で、
それが西側の朱と対象的で とても美しかった。
  その日は冬のような空気だったけれど、大気中には草のにおいが
感じられて、思い切り吸い込むと なんだか自分まで澄みわたるよう

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(美しい言葉)

「美しい言葉というものを人はすぐに忘れてしまうのですよ。」

誰かが、こう言ったのが始まりだった。

以来、人々は「美しい言葉」をノートに記録するようになる。

こうして自称“詩人”達が世にあふれ、

言葉は世界中に氾濫した。

それらの言葉は本となって出版され、テレビによって放送され、新聞によって報道された。

街中に言葉があふれ、文字は都市のあちこちに堆積した。

人々はやがて有り余る言葉に興

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(そら)

1
少女は隻翼であった。生まれつきなのか、それとも事故か何かで失ったのか僕には分からない。ただ、初めて出会ったときから彼女は既に隻翼だった。

2
少女はめったに翼を広げなかった。そのせいか、翼を広げたときのその不安定なシルエットは僕を不安な気持ちにさせた。しかし彼女は何時だって、屈託のない笑顔で楽しそうに跳び回っていた。

3
少女はよく空を見ていた。時にはほとんど1日中、まるで他の記憶は一切失

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(炎上)



炎上が怖くて、凍結する人々。
言葉が凍結して壊死。
広がった先々は根腐れ。
やがて幹は灰色になって枯渇。
大きな「うろ」が空いて、崩落。
炎上する先端は空気分子を散らす。
煙は風に乗って拡散。
無呼吸と颱風。
津波は遠い沿岸を洗う。
削りだす水分子は石走って浸透。
循環する大気と降雨。
森林火災を濡らす。
根を張り巡らせ。
虫虫はかしましく繁殖。
月経血ながれる中天の名月。
そそり昇がるイナ

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(M・エンデ『モモ』より)

 タタタタタタタタ。駆けて来たのはMomo。(これがこの物語の主人公の名前。覚えておいて! 上唇へ下唇をくっつけて、鼻の内側を響かせながら口から――ォと息を出す。それを2度。も。も。)
 辺りは草、草、草。Momoは耳をすます。耳をすます。

 耳! 耳!
 すると――
 花!

 Momoはにっこりと笑って花を見つける。彼女はくしゃくしゃの頭を揺らして、花へしゃがんだ。じっと見、じっと見る。
 

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("A Thousand Winds" より)

私の墓に立って泣くのはお止め。

私はそこには居ない。

眠ってはいない。

私は千の風の隅々に居るし、

雪の白銀の輝きの中にも居る。

麦がたわわに実れば、そのひとつひとつの輝きが私だし、

あの穏やかな秋雨だって私なのだ。

君が静かな光の中で目を覚ませば、

私はちょうど上空に向かって

鳥たちをくるくると延び上がらせている所だし、

日が暮れれば、

私は柔らかな星の瞬きとなる。

私の

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(俺の知らない人が死ぬ)

俺の知らない人が死ぬ。
俺に無断で死ぬ。
俺に無関心なまま死ぬ。
俺の方も見ずに死ぬ。
俺にあの親しい視線を投げかけてくれない。

君は死ぬのに、
君は死ぬのに俺がれんびんをはねつける。
君は死ぬのに俺からは何も受け取らない。
君は死ぬのに俺に助けを求めず命乞いをしないのはなぜだ。
知らない人が知らない所で死ぬ。
知らない人人の間で死ぬ。
俺はそれを知っているのに。
君は知らないふりをする。
君は

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