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瀬戸内のマニアックなお寺で巨匠の神業を”発掘”する。美人画・鏑木清方など「近代美術展」耕三寺で開催中

しまなみ海道でちょっと風変わりな観光名所といえば、生口島(いくちじま)にある「耕三寺(こうさんじ)」(広島県尾道市)です。

耕三寺は、初代住職が亡くなった母親のために30年近くかけて建てたお寺。「お母さんのためにここまでするなんて!」と、その愛に圧倒されるほど凝った建物の宝庫で、堂塔など15棟は国登録有形文化財となっています。

境内には、地獄と極楽が体験できる洞窟や、約3000トンの大理石を使って彫刻家が制作したという純白の山のごとき大理石庭園など、いたるところに趣向が凝らされています。檀家がないため博物館として登録されている珍しいお寺です。

そんな耕三寺で、現在「館蔵 近代美術展」が開催されています。公式ページには載っていませんが、問い合わせたところ2月末までは展示があるそうです。

総展示数は12、3点ほどで、説明書きも極めてシンプル。なのでせっかく入っても数分で立ち去ってしまうお客さんもいるのですが、もったいない! 
じっくり見ればそのすごさに震える名画がいくつもあります。

伊東深水「こたつ」 軸装・絹本着色(昭和前期)

大正から昭和にかけて活躍した日本画家の伊東深水(いとう・しんすい)。版画家であり美人画の名手とされました。

間近でじっくり観察すると、この作品にはいろいろな種類の「柔らかさ」が同居しています。

こたつ布団のふんわりした柔らかさ、
衣擦れの音が聞こえてきそうな正絹着物の滑らかさ、
しっかり綿の詰まった座布団の弾力、
日本髪のうぶな生え際、
梅の花びらの柔らかさ。

この質の違いを絶妙に描き分けているのだから、もはや筆の魔術。

一つ一つ感じ取っていると、その柔らかさに心までほぐれていくようです。世の中の悲しいニュースが続くときは特に、なんでもない日常の温かさやありがたみを感じさせてくれる作品です。

そして、深水の師匠であった鏑木清方(かぶらき・きよかた)の作品まで並んでいるところが心憎い。

鏑木清方「明月」 軸装・絹本着色 (昭和前期)

この方も、深水や上村松園と並ぶ美人画の巨匠として知られていますが、庶民の日常のワンシーンを切り取ったスナップ写真のような趣もあります。2022年には、東京国立近代美術館で「没後50年 鏑木清方展」が開催されました。

耕三寺に展示されていたのは、「明月(めいげつ)」という作品。
くつろいで読書をしているような女性が、ふと顔を上げています。風を受けたような蝋燭の炎が反対側に揺らいでいるので、視線の先は夜の空かもしれません。今まで蝋燭で明かりをとっていたが、ふいに雲が途切れて明るい月が顔を出した――そんな光景にも見えます。

想像を描きたてられるシーンですが、この作品の魅力は構図にもあるような気がします。

背景のない漫画のようなシンプルさ。花桶、座っている女性、燭台がつくる三角形とアシンメトリーな余白から、ちょっぴり緊張感もあり――。ああ、現代の漫画家なら、魚喃キリコさんにリバイバルを描いてほしいなぁ……。

はっ、妄想はさておき。

構図をよく見ると、あることに気づいてしまいました。
(以下、わかりやすいように書き込んでみました。清方さん、無礼をどうかお許しください!)

立体感を出すパースが、見事なVの字になっているんです。

女性の視線やひじ掛け、しなだれる草花は左上に向かい(青い矢印)、本を持つ手や立膝、揺らぐ炎や茣蓙は、右上に向かっています(ピンクの矢印)。そして、中心には襟元のV字が!!

きっちり同じ角度とまではいきませんが、私には意図的に揃えられたように感じられました。

考えすぎかなぁ。だとしても、シンプルな展示には「見る側がその魅力を自由に探求できる」という喜びがありますね。

皆さんもこの「館蔵 近代美術展」で、巨匠の神業を発掘してみてください。
会場は靴を脱いで上がるルールですが、板張りの床が冷えるのでゆっくり見たい方はスリッパ等を持参するといいかもしれません。



カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!