加茂佳子

ボクシングライター。 ボクシングWEBマガジン「TheBoxers」https://t…

加茂佳子

ボクシングライター。 ボクシングWEBマガジン「TheBoxers」https://theboxersworld.com 「不動心坂本博之」(共著)

マガジン

  • 比嘉大吾VS堤聖也

    すべてを失った元世界王者・比嘉大吾の復活と、その復活を阻みにいく堤聖也の一戦のストーリーです。友人対決でもありました。

  • 熱い男たち。細川バレンタインとチームバレン

    ボクサー細川バレンタインと彼のチームの奮闘物語です。

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「次元の違う王者」井岡一翔(志成)に挑む、遅咲き叩き上げボクサー・福永亮次(角海老宝石)の覚悟①

トレーナーの奥村健太がその報せを伝えるため電話をかけたとき、福永亮次は現場仕事の真っ最中だった。 型枠大工。職人歴は今年20年になる。15歳で見習いになり、職人時代を経て、今は一人親方として仕事を請け負い、工事を采配している。 25歳でボクシングを始めて27歳でプロになってからは、工事の進捗次第で計量日や試合当日も現場に出た。日本、東洋太平洋、WBO-アジアパシフィックと三冠王者になったあともその二重生活は変わっていない。 その日も品川にあるマンションの建設現場でハンマー

    • 「世界中がお前には無理だと笑っても、俺だけは世界王者になると信じてるんですよ!!」 そう叫び続けた渡部あきのりが志半ばで引退を決意したその理由。

      2022年10月20日、後楽園ホールで二人の元ボクサーの引退式が行われた。元スーパーライト級王者・細川バレンタイン(角海老宝石)と元日本及び東洋太平洋王者ウェルター、スーパーウェルター級チャンピオン・渡部あきのり(角海老宝石)。 試合がすべて終わり後楽園ホールを出ると、記者たちの取材を受けている渡部がいた。話が終わるのを待ち、声をかける。 「加茂さんじゃないすか。お久しぶりです!!」 顔をくしゃくしゃにして笑う渡部のその笑顔が懐かしく、そして、ああ、こういう顔が見られる日

      • 明日、大嶋が僕に勝ったら心から賛辞を送りますよ。日本バンタム級タイトルマッチ堤聖也対大嶋剣心②

        メインイベンターの、明日の主役が入り口に姿を現した。 纏う空気に刹那、部屋に緊張が走った。 まるで試合直前のような緊迫感。できれば誰とも言葉を交わさず視線も合わせたくない。堤聖也は全身にそんなバリアを張り巡らせていた。 そのバリアに挑んだ男がいた。挑戦者・大嶋剣心だ。 「遅かったじゃん!」 まるでデートに遅れてきた彼女に向けたような、甘い親しみを感じさせる口調。顔を見れば本当に嬉しそうだ。 親しい者同士の戦いは珍しくないが、計量ではさすがにお互いに一線を引く。

        • チャンスをあげて、今はチャンピオンになれんことをわからせてあげようと。日本バンタム級タイトルマッチ 堤聖也VS大嶋剣心①

          計量会場に着いたのは1時半だった。計量の開始は2時だが、すでに翌日出場するボクサーの多くは早めにやってきていて、予備計量をしたり、ドクターチェックを受けたりしている。トレーナーと小声で何やら話をして頷き合うボクサーがいて、うつろな目でなんとなくスマホをいじっていたり、乾ききった体に水を含められるまでの時間を、目を瞑って耐えているボクサーがいる。 入り口の端に立って中を見渡すと、パイプ椅子が三列並んだ最前列に、明日、日本バンタム級王者・堤聖也(角海老宝石)に挑戦する大嶋剣心(

        • 固定された記事

        「次元の違う王者」井岡一翔(志成)に挑む、遅咲き叩き上げボクサー・福永亮次(角海老宝石)の覚悟①

        • 「世界中がお前には無理だと笑っても、俺だけは世界王者になると信じてるんですよ!!」 そう叫び続けた渡部あきのりが志半ばで引退を決意したその理由。

        • 明日、大嶋が僕に勝ったら心から賛辞を送りますよ。日本バンタム級タイトルマッチ堤聖也対大嶋剣心②

        • チャンスをあげて、今はチャンピオンになれんことをわからせてあげようと。日本バンタム級タイトルマッチ 堤聖也VS大嶋剣心①

        マガジン

        • 比嘉大吾VS堤聖也
          13本
        • 熱い男たち。細川バレンタインとチームバレン
          5本

        記事

          もう笑える日など来ないと思っていた。勅使河原弘晶物語①

          もう一生笑える日など来ないと思っていた。お前に生きている価値などないと刷り込まれた幼少期、勅使河原弘晶は恐怖と絶望感以外の感情を失った。自己肯定感など微かにも持てなかった少年は、だが今、僕は幸せでしかたがないと満面の笑みで言う。 勅使河原弘晶(てしがわらひろあき) 元ボクサー。32歳。 元WBOアジアパシフィック・バンタム級&OPBFスーパーバンタム級王者 2022年4月引退。 通算戦績は27戦22勝(15KO)3敗2分。 虐待のかなりきつい描写が含まれています。閲覧にご

          もう笑える日など来ないと思っていた。勅使河原弘晶物語①

          対戦前日、計量ではあまり見ない光景を見た。日本スーパーバンタム級タイトルマッチ。古橋岳也vs久我勇作

          計量ではあまり見ない光景を見た。 待ち時間も、ツーショットの撮影中も目を合わせなかった二人が、一連の儀式を終えたときだった。 まるで旧友に会ったような柔らかな表情で、明日戦う相手にちいさく会釈する久我勇作を見た。後ろを向いていた古橋岳也の顔は見えなかったが、間違いなく、いつもの目がなくなるほどの笑顔を見せていたはずだ。 大人の男たち、を見た、と思った。二人が互いをどう思っているか、その感情、関係性が見えた気がした。 現日本王者と前日本王者。彼らが戦ったのは一年前のことだ

          対戦前日、計量ではあまり見ない光景を見た。日本スーパーバンタム級タイトルマッチ。古橋岳也vs久我勇作

          強み?本気で捨て身になれるとこちゃうかな。俺には失うもんも守るもんもないんでね。福永亮次②

          夢だの、志だの、目標だの、きらびやかな未来だの、思い描くことのなかった10代だった。 いつも、何か苛立っていて、些細なことでキレた。憑かれたように喧嘩に明け暮れる日々。 その頃に何があったか、理由や背景について、福永は多く語らない。 「ただ家庭環境は……関係なくはないんちゃうかな思います」 両親が離婚したのは中学1年のとき。母は一人で家を出た。父と兄、妹と残った家に、ほどなく「おばちゃん」が住まった。父のその再婚相手とは折り合いが悪く、異母姉妹が生まれてからは、家はただ居心

          強み?本気で捨て身になれるとこちゃうかな。俺には失うもんも守るもんもないんでね。福永亮次②

          生まれたからには生きてやる。胸に刺さった歌詞そのままに生きてきた。古橋岳也

          撮影 山口裕朗 foto finito 18年前、高校生だった古橋岳也(川崎新田)はある歌に救われた。 「役立たずと罵られて 最低と人に言われて──」 ザ・ブルーハーツの「ロクデナシ」を初めて聞いたとき、これは俺だ、と思った。 ものごとが人並みにできない。バイト先で歌詞そのままに面罵されることもあった。 俺は誰にも必要とされない人間。 長く自己否定しか出来ずにいた古橋は、だからこの歌を聞いたとき、初めて誰かに自分の存在を受け入れてもらえたように思えた。 歌はこう続

          生まれたからには生きてやる。胸に刺さった歌詞そのままに生きてきた。古橋岳也

          俺たち、勝って、まだまだバレンさんとボクシングがしたいんです。2021.7.3伊藤雅雪VS細川バレンタイン後編

          奥村健太をトレーナーとして起用したのはバレンタインだった。麻生興一(三迫)とのタイトルマッチを控えて、トレーナー未経験の奥村で大丈夫なのか、と不安視する周囲に対し、俺が見込んだ男だから大丈夫だとバレンタインは太鼓判を押した。 田部井要は、バレンタインがボクシングを始めた宮田ジムでのジムメイトだった。小学五年生から後楽園ホールに通い、専門誌を愛読し、のちに自身もプロデビューした田部井には膨大な知識の蓄積があり、加えて洞察力と分析力を備えていた。バレンタインは早くから個人的に影

          俺たち、勝って、まだまだバレンさんとボクシングがしたいんです。2021.7.3伊藤雅雪VS細川バレンタイン後編

          40歳の僕がいまさら石橋叩いて渡るようなマッチメークしてどうするの。2021.7.3伊藤雅雪VS細川バレンタイン前編

          ノンタイトル戦である。それでも熱い注目を集める大一番がいよいよ今夜に迫った。 元WBO世界Sフェザー級王者・伊藤雅雪(横浜光)VS元日本スーパーライト級王者・細川バレンタイン(角海老宝石)。前戦で敗北した両者どちらにもとっても再起戦になる。 井上浩樹(大橋)、吉野修一郎(三迫)戦同様、今回も圧倒的不利と予測されているのは細川バレンタインである。 「伊藤優勢? 誰がどう見てもそうでしょ!元世界王者ですよ? 運動神経があって高い技術も持っていて、力が落ちているわけでもない」 

          40歳の僕がいまさら石橋叩いて渡るようなマッチメークしてどうするの。2021.7.3伊藤雅雪VS細川バレンタイン前編

          勇者。俺が人生で何より欲しい称号はそれなんです。とバレンタインは言った。2019.4.6 VS井上浩樹 後編

          新しい環境を求めて移籍した。「寮生たちは朝練でかなり鍛えられていると聞いて」寮に入り、マンションは売った。 会社を辞めたのは、初防衛戦の前だ。その試合も挑戦者デスティノ・ジャパン(ピューマ渡久地)優位と見られていた。 「スーパー悩みました。人からしたら会社を辞めるのは賢い選択じゃない。でも、もし二足のわらじで、次負けたら、何をしても取りかえせない悔いが残ると思ったし、今リスクを取る人生の決断をしなかったら、永遠にリスクを怖れる人間になると。そんな男には絶対になりたくなかった」

          勇者。俺が人生で何より欲しい称号はそれなんです。とバレンタインは言った。2019.4.6 VS井上浩樹 後編

          俺が欲しかったのって、本気で生きる、という生き方なんじゃね? 2019.4.6細川バレンタインVS井上浩樹 中編

          2年前にA-SIGNのホームページに書かせていただいた記事を加筆訂正を加えここに転載します。当時日本スーパー・ライト級王者だった細川バレンタインが、井上浩樹(大橋)を迎え、3度目の防衛戦を戦った、その直前の記事です。  ナイジェリア人の父と日本人の母との間に生まれた。父の祖国で家族五人暮らしをしていたバレンタインが、単身、宮崎県の祖父母の元にやってきたのは7歳のとき。ナイジェリアの不安定な情勢がさらに悪化し、三人の息子たちの将来を憂いた両親が下した決断だった。誰か一人でも日

          俺が欲しかったのって、本気で生きる、という生き方なんじゃね? 2019.4.6細川バレンタインVS井上浩樹 中編

          もうすぐ38歳。自分の体が決して〝旬〟じゃないことはわかってる。だから必死なのよ、とバレンタインは言った。2019.4.6 VS井上浩樹 前編

          本日、伊藤雅雪(横浜光)vs細川バレンタイン(角海老宝石)ライト級10回戦が正式発表になった。7.3@後楽園ホール。 前Sフェザー級世界王者の伊藤雅雪は、昨年12月三代大訓(ワタナベ)に、細川バレンタインは昨年9月、日本、東洋太平洋、WBOアジア・パシフィック3冠王者の吉野修一郎(三迫)に敗れており、両者どちらもこれが再起戦になる。 この試合に向けての取材がまだできていないため、2年前にA-SIGNのホームページに書かせていただいた記事を、石井一太郎会長の許可を頂きここに転

          もうすぐ38歳。自分の体が決して〝旬〟じゃないことはわかってる。だから必死なのよ、とバレンタインは言った。2019.4.6 VS井上浩樹 前編

          比嘉大吾の〝希望〟を潰した。それが勝因でした。4.24 比嘉大吾VS西田凌佑

          比嘉大吾(Ambition)にとって2度目の地元沖縄凱旋だった。 前回の3年2ヶ月前は、世界王者として凱旋した。152秒でのKO防衛に、15 連続KO国内タイ記録の樹立。まるで太陽のような輝きを放つ我らがヒーローに、沖縄の観客は沸きに沸いた。誰もが彼の未来がさらに輝かしいものになると確信した夜だった。 だが。 その次戦、王者は計量失格しその場で世界王座は剥奪。体調不良のまま上がったリングで初敗北し、そのまま表舞台から消えた。突然の転落だった。 1年10ヶ月後、ライセンス停

          比嘉大吾の〝希望〟を潰した。それが勝因でした。4.24 比嘉大吾VS西田凌佑

          ⑬まだ覚悟ができてなかったんじゃないですか。と比嘉は言った。比嘉大吾VS堤聖也

          引き分けた堤聖也との試合。後日、あの日の、らしさのない戦い方について尋ねたときだった。 「ボクシングだけでやっていこうという覚悟がまだできなかったんじゃないですか。それがあの日のボクシングに出たんじゃないですか」 と比嘉大吾は言った。 攻めの姿勢を欠いている自覚はあった。ただジャブがうまく機能しているという感触があったから、このままリスクを冒さず判定で勝てばいいと思っていた、と言い、そういう自分にずっと違和感を覚えていた、とも言った。 「最初から最後まで、何か違う、違う

          ⑬まだ覚悟ができてなかったんじゃないですか。と比嘉は言った。比嘉大吾VS堤聖也

          ⑫あの頃のようにまた青春がしたい、と比嘉は言った。比嘉大吾VS堤聖也

          連載の続きをなかなか書き進められずにいた。 比嘉大吾について、どこまでどう書くべきか判断をつけ難かったのだ。 頭を悩ませていたのは、彼の心のありようについてだった。それはボクサー比嘉大吾の本質、強さの根源に関わる重く大きな問題であって、書くことに躊躇してきたのは、言うまでもなく彼が現役だからである。 堤聖也との試合。比嘉は防御スキルや堤が「大誤算」と言った高精度のジャブなど、これまで披露しなかったスキルを見せた。堤によって引き出された引き出しと言えるかもしれない。 だが、誰

          ⑫あの頃のようにまた青春がしたい、と比嘉は言った。比嘉大吾VS堤聖也