シェア
加茂佳子
2020年10月18日 18:50
9月10日、元WBC世界フライ級王者・比嘉大吾のAmbitionジム移籍第一弾の試合発表があった。出席者は比嘉と野木丈司トレーナーの2人。Zoomでの会見だったが、こういう状況でなければどこかの会場で対戦相手とともに開かれていたかもしれない。相手は堤聖也(角海老宝石)。5戦4勝1分の日本ランキング13位。16勝16KO1敗。WBA世界バンタム級9位及びWBC世界バンタム級8位の比嘉と比すれ
2020年10月19日 19:21
2ヶ月前、ボクシング・マガジン誌に、比嘉大吾についての記事を書いた。約2年間ボクシング界から姿を消すことになった背景から、今年2月の再起戦、ジムとの契約解除と移籍、恩師とのチームの再結成。2年の間に比嘉の身に起きた事柄や当時の胸中などを駆け足ながらまとめたものだった。その後Webに転載された記事をどれだけの方が読んで下さったのかわからないが、その中の一人に堤聖也がいた。彼に取材をしたときに知っ
2020年10月21日 00:00
「10月26日、比嘉大吾VS堤聖也決定」狐につままれたような気分だった。堤は取るものも取りあえず、LINEを返した。「ほんとですか!?」「本当!」「ほんとのほんとですか!?」「ほんとうのほんとう!」「マジすか!?」「勝つぞ!!!」3度確認し、石原トレーナーの「勝つぞ!!!」の文字に、これは現実、正真正銘の現実なのだとようやく理解した。次の瞬間、生まれてこのか
2020年10月22日 00:09
現況、海外に相手を求めるのは難しい。相手の名を聞くまで、比嘉は次戦の相手に国内バンタム級トップの幾人かを想定していた。堤聖也はその予測の中になかったから「おー、堤がきたか」と思ったが、驚きはなかった。「俺がバンタムに上げて、可能性はあるなと思ってましたよ」決定に何の異論もなかった。そもそもデビュー戦から17戦、比嘉は相手に関して、返事を待って貰ったり、希望を述べたことは一度もない。「俺
2020年10月24日 10:43
勝った先に得られるはずのもののために、この試合に向け、死に物狂いでやってきた。だが、目的は、比嘉にあって自分にないものを奪う、それだけではない。あの比嘉大吾と戦うことが純粋に楽しみなのだ、と堤は言う。「驚異的な強さじゃないですか。研究対象としてフライ級時代の動画を見たら、見えてきたものがまた違った。あいつのパンチは力任せと言う人もいるけど、違う、攻めの技術がめちゃめちゃうまい。プレッシ
2020年10月24日 21:48
東洋太平洋ウェルター級王者・長濱陸にとって比嘉大吾は、かつて所属していた白井・具志堅ジム時代の、堤聖也はその後移籍した角海老宝石ジムでの後輩にあたる。長濱はジムを移った後も週に2度、野木トレを継続してきた。現在進行形で、2人と練習をともにしている唯一の人物だ。試合が決まった日、堤はまず、自分たちのどちらも可愛がってくれているこの先輩に報告した。「大吾と決まりました」……。間が開
2020年10月25日 21:39
「今回、楽な戦いにはならない」と言ったのは格上である比嘉大吾だ。「堤はしょっちゅうスイッチしてくるし、ボクシングに関して頭もいい。頑張り屋さんだし、んー、やりやすくはないですね。器用とも言えないけど、あいつのスタイル、なんて言えばいいのかな。ナジーム・ハメド不器用バージョンみたいな?」 どういう作戦でくるか読めないから対策のとりようがない、と言うその表情に、だが困惑は見られない。「だか
2020年10月26日 13:30
今年2月、野木丈司トレーナー不在のまま、比嘉大吾は1年7ヶ月ぶりのリングに立った。その三日前だった。ミット、持ってもらえませんか?比嘉が野木トレーナーの元にやってきた。ボクシングに復帰すると決めてから、比嘉は「階段」を含め野木トレーナーのフィジカルトレーニングに参加していた。だが計量失格の責任を取りジムを辞していた恩師とは、この先一緒にリングに上がることができない。なんとか道を探
2020年11月7日 21:43
「瞼の傷口が深く、ダメージの心配もあるので堤陣営は今から病院へ向かうそうです。従いまして、堤聖也選手の記者会見はなしということで」比嘉大吾の会見が終わると同時に、テレビ局のスタッフだろうか、関係者からそうアナウンスがあった。新聞記者たちがプレスルームへと急ぐ中、帰り支度をし、エレベーターで一階に降りた。ビルの出入り口の横にちょっとした人だかりが見える。近づくと、一足先に降りていた雑誌やW
2020年11月14日 11:48
堤聖也は試合が決まった日から、毎夜、頭の中で比嘉大吾と仮想対決してきた。全勝全KO。フライ級時代のザ・破壊者としての強烈な記憶。4年前、スパーリングで手合わせしたときに感じた、まだ開けられていないが確実に存在する比嘉の「引き出し」の数々。練習中は無心でいられた。だがジムから戻り1人になると、不意に心細さが襲ってきた。寝る前のルーティン。戦いのイメージトレーニングはどうやっても自分のハッピー
2020年11月20日 18:31
僕、ジャブの差し合いが得意なんです、と堤は言った。得意な事を話すときの口調、ではなかった。この1戦に向け、一層磨きをかけてきた。その最も自信のある武器が勝機を掴む鍵になるはずだった。「理想はジャブをポンポン当てて比嘉の顔を腫らす。眼窩底を折ってやるぐらいのイメージをしてたんです」試合前、比嘉より上回るものはないと自認していた堤だが、ジャブの差し合いだけは負ける気がしなかった。「
2020年12月4日 19:52
連載の続きをなかなか書き進められずにいた。比嘉大吾について、どこまでどう書くべきか判断をつけ難かったのだ。頭を悩ませていたのは、彼の心のありようについてだった。それはボクサー比嘉大吾の本質、強さの根源に関わる重く大きな問題であって、書くことに躊躇してきたのは、言うまでもなく彼が現役だからである。堤聖也との試合。比嘉は防御スキルや堤が「大誤算」と言った高精度のジャブなど、これまで披露しなかっ
2020年12月31日 13:39
引き分けた堤聖也との試合。後日、あの日の、らしさのない戦い方について尋ねたときだった。「ボクシングだけでやっていこうという覚悟がまだできなかったんじゃないですか。それがあの日のボクシングに出たんじゃないですか」と比嘉大吾は言った。攻めの姿勢を欠いている自覚はあった。ただジャブがうまく機能しているという感触があったから、このままリスクを冒さず判定で勝てばいいと思っていた、と言い、そういう