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⑦長濱陸の証言。大吾のボクシングにはあいつの生き様が出ている。 比嘉大吾VS堤聖也。いよいよ明日。



「今回、楽な戦いにはならない」と言ったのは格上である比嘉大吾だ。

「堤はしょっちゅうスイッチしてくるし、ボクシングに関して頭もいい。頑張り屋さんだし、んー、やりやすくはないですね。器用とも言えないけど、あいつのスタイル、なんて言えばいいのかな。ナジーム・ハメド不器用バージョンみたいな?」

 どういう作戦でくるか読めないから対策のとりようがない、と言うその表情に、だが困惑は見られない。

「だから俺は向こうが右で来ても左で来ても、攻めてきてもアウトボシングしても微妙な距離で来ても、勝てるよう練習してイメージするという感じですね」

対策のとりようがないというのは不安材料にはならないのだろうか。

「そのために引き出しをたくさん作ってるし。すべてにおいて俺が上回るボクシングをすればいいというか、圧倒しないといけないというか。ただ、今の時点では何でくるか読めないですけど、リングに上がってカーンって鳴ればわかると思うんで」


……何がでしょうか?


「堤が何をしようとしているか、わかると思いますよ。カーンと鳴ったら」



開始のゴングと同時にわかる、というのは、何がどうあって何がわかるのか。


わからない。


説明を求めたが、比嘉を困らせただけだった。

「えっ、少なくとも左か右かはわかるし、いろいろやりたいことわかりそうじゃないですか。わかると思います……」



その時のやりとりを話すと、長濱陸は「大吾らしいですね」と、ふっと笑い、「ああ、だいたいわかりますね。向かい合った瞬間、相手の構えを見れば、どれくらいの実力があるか。ほかにもいろいろ」と言った。



――構えた瞬間、ボクサーは、自分のパンチは届いて相手のパンチはぎりぎり届かない距離だとか、距離感を設定するんです。百戦錬磨の選手というのは、構えがタイトで、相手からすると打つ場所を想像できない構えをしてるんですよね。また、リラックスしているようだけど常にカウンターの気配を漂わせているとか。そこで相手のレベルはほぼ測れます。

それから、たとえばカウンターを打てる姿勢、ディフェンスできる姿勢というのは、一つの形に収斂していくので、姿勢を見れば何を狙っているかもわかるんです。


向き合った時にボクサーが放つ情報量は豊富なのだ、と言う。


「あとは表情。負けるんじゃないかとどこかに不安を抱えていたり、勝つことを信じ切れていない人は、恐怖で体が固まるのでガチガチなんです。逆に勝つことしか考えていない、勝つ確信を持って上がってくる選手というのは、集中しきっていて雑念のない表情をしている。そして体の力が抜けている。だから、相手を威圧するようなこともなく、静かな風情でリングに上がってくるような選手は、怖いです。

そしてほんとうに強い人というのは、表情や雰囲気、構えといったものからやろうとすることを相手に読ませない。あるいはわざと読ませて裏をかく。このレベルになると達人なんですが、大吾はそこが、超、うまい。読ませないんです、打ちたいのか逃げたいのか。それも大吾はナチュラルにやってると思います」


なぜなら、大吾は嘘つくのがうまいから。日常生活からして。


大吾がフライ級時代から、折に触れマス・スパーリングで手合わせしている長濱は、身をもって知っている。
こいつのボクシングには、生き様が出てる……。

「たちの悪い嘘ではなく、ドッキリみたいな感じで騙すような、なんですが、そういう時の演技力が、とにかく凄いんです。
それは小さい頃から、いたずらや悪さがバレないように親や先生の顔色を伺ったり、バレたときに怒られないようにごまかすことを繰り返してきた、習性のたまものだと思います。
ボクシングは騙し合い。大吾の人を騙す能力はものすごい強みですし、生き様がボクシングに生きてるんです。そう、大吾はボクシングにめっちゃくちゃ!フィットしているんです」


フィットしている理由は他にもある。


「普通リングでは持っている力の7、8割ぐらいしか出せない。どうしても緊張や重圧で硬さが出てしまうんですね。
ところが大吾は100%全部、余すことなく自分の力を出せる。そのメンタリティはどこから来るかというと、やはり性質。普段ののんきさやあまり物事を深く考えない性質が試合で確実にプラスに働いている」


今、大吾が置かれた状況を考えると、大吾にも野木さんにも相当重圧がかかっているはずだと長濱も言う。二人で上がる2年半ぶりの試合。ファンや関係者たちの期待は絶大であり、大吾に未来があるかどうかを見極めようとする厳しい目もあるだろう。もし負けるようなことがあれば、評価が地に落ちるのは明白だ……。

「野木さんは顔にも態度にも出さないですが、その胸中、察するに余りあります」

だが、大吾に、察するに余りある胸中、の気配は感じない。

「重圧に対して鈍感になれる、という才能もあるのだ、と思います」



本番に強いのは、堤も同じだと長濱は言う。

堤の戦略がはまるのか。大吾が封じて圧倒するのか。

長濱は、勝負の行方を予測しない。考えたくない。

ただ、

「堤の戦略、が鍵になると思います」




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ありがとうございます😹 ボクシング万歳