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40歳の僕がいまさら石橋叩いて渡るようなマッチメークしてどうするの。2021.7.3伊藤雅雪VS細川バレンタイン前編


ノンタイトル戦である。それでも熱い注目を集める大一番がいよいよ今夜に迫った。
元WBO世界Sフェザー級王者・伊藤雅雪(横浜光)VS元日本スーパーライト級王者・細川バレンタイン(角海老宝石)。前戦で敗北した両者どちらにもとっても再起戦になる。

井上浩樹(大橋)、吉野修一郎(三迫)戦同様、今回も圧倒的不利と予測されているのは細川バレンタインである。
「伊藤優勢? 誰がどう見てもそうでしょ!元世界王者ですよ? 運動神経があって高い技術も持っていて、力が落ちているわけでもない」 

そう言ってこの当事者はやはりゲラゲラ笑う。
「腹なんて立たないですよ。でもね、予測の判断材料は過去の二人でしょう。リングに上がるのは未来の二人。どちらが勝つかわからないよ。だからどうか、みんな、試合を見て、と思ってます」

格上、強者に挑むという図式は、もはや細川バレンタインの十八番といっていいかもしれない。
「時間がいくらでもある若いボクサーなら、再起戦に手頃な相手を持ってくる選択肢もありますよ。でも40歳の僕がいまさら石橋叩いて渡るようなマッチメークしてどうするの(笑) 伊藤にはほかの選択肢はあったと思うけど、僕にはこれ以上はない理想の相手。今の俺の商品価値的にも、俺が燃える、という意味でも」

このカードの反響は大きかった。チケットは発売2日で完売。チケット、どうにかならないか、試合が楽しみだという声か途切れない。そのことにバレンタインは大喜びし、深く安堵する。
「大方の人がバレン無理でしょ、と思う中で、いやわからないよ、バレンなら、とかすかにでも期待してくれる人がいる。それがめちゃくちゃ嬉しいの。ああ、俺はプロボクサーとして成立してるんだ、まだプロボクサーでいていいんだと自信が持てるから」

常々、バレンタインは生涯ボクサーでいたいと言ってきた。
だが、ただボクサーでいられればいいといっているわけではない。
「もう進歩がない、ボクシングの階段を駆け上がる意志を持てない、これ以上やれば危険だと判断したら、自分で辞めます。その覚悟は持っています。ただ、日本のボクシング界は、負けと引退を直結させる風潮があるけれど、その発想だけはない」


37歳の定年を越え、特例ルールでライセンスを保持するバレンタインは、現状維持、では〝プロ〟の資格がないと思っている。40歳なのに頑張ってるよね、も駄目だ。
だから当然、自分で定めたルールに厳格でいるため、自分に課す努力は、きつく厳しい。
「自分の体は旬を超えた」と自覚しはじめた数年前から、その厳しさは増している。

「正直きついのよ、きつい。でも耐えられるのは、やっぱりボクシングが好きだから。そして苦しいけどやっぱり楽しいんですよ。ひたすらジャブだけ打つことも、スパーリングでやられたら、よし、じゃあ今日はこうしてみようかと考えることも、一つ一つ全部が」

なぜ、ボクシングを始めたての練習生のような新鮮さを保ちつづけられるのか。
「人間、誰もが、いつ死ぬかわからないじゃないですか。たとえが良くないかもしれないけど、死期を察した人は、与えられた時間、それまで以上に必死に、慈しんで生ききろうとすると思うのね。今の俺、そんな感じに近いのかもしれない」
ぼそりと呟くように言うと、バレンは永遠に生きそうってよく言われるけど、俺もそう思うけど、と笑い飛ばした。

「元ボクサーたちがよく言うでしょ、ボクシングを辞めて離れて初めて、気づくことや見えてくるものがあるって。だから今、現役に戻れたら昔より絶対に強いと思うって。そういう気づきをね、俺は一つでも多く、〝今〟気がつきたいと思う」

それはボクシングに限らない。離れて、あるいは失って初めて気づく、当たり前だと思っていた幸福、がある。
この二年の間に、バレンタインには、それを痛感する出来事があった。

井上浩樹戦の前に、取材者は記事を書いた。

https://note.com/yoshikokamo/n/nb068b54a15f4


自分はチームで勝つ、とバレンタインは言った。チームバレンならあの高い山を登れるんじゃないか。

その絶大な信頼で結ばれていたチームバレンを、浩樹戦のあと、バレンタインは失った。

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