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勇者。俺が人生で何より欲しい称号はそれなんです。とバレンタインは言った。2019.4.6 VS井上浩樹 後編

新しい環境を求めて移籍した。「寮生たちは朝練でかなり鍛えられていると聞いて」寮に入り、マンションは売った。
会社を辞めたのは、初防衛戦の前だ。その試合も挑戦者デスティノ・ジャパン(ピューマ渡久地)優位と見られていた。
「スーパー悩みました。人からしたら会社を辞めるのは賢い選択じゃない。でも、もし二足のわらじで、次負けたら、何をしても取りかえせない悔いが残ると思ったし、今リスクを取る人生の決断をしなかったら、永遠にリスクを怖れる人間になると。そんな男には絶対になりたくなかった」
だから俺、仕事を辞めた自分がめっちゃ好きなの!とバレンタインは破顔した。そういう決断ができた自分が超好きなの。昔の自分だったら絶対できなかった。
「今の俺、ものは何もない。でも幸せなんです」
 ものはないが、お金では買えない、無二の存在がそばにいる。
 トレーナー未経験の奥村健太をトレーナーに起用したのはバレンタインだった。熊本のジムから角海老宝石に移籍し、その第一戦で左急性硬膜下血腫によりボクサー生命を絶たれた悲運の元ボクサー。人生を賭けてきた夢を突然奪われ、だが、断ち切れぬ思いを抱え、彼は毎日練習を見学しにきていた。
「ミット持ってくれよ」
 声をかけると目を輝かせた奥村は、だがミットをはめた瞬間、目の色を変えた。真剣勝負の男の目。パンチがミットを逸れ、奥村の身体や顔にあたっても、「自分打たれても平気なんで、流れを止めずに思い切り打ってください」と構え直した。
「胸にびしびし伝わってきたんです。あいつが本当に持ちたいのはミットなんかじゃない。ボクサーとして戦いたいという心の叫びや無念さや、行き場を失った情熱が、ほんとにね胸に迫ってきた。で思った。この思いと向き合うためには、俺はありったけの本気を出しきらなきゃだめだ。こいつは俺の本気を引き出してくれる、と」
その場で決めた。こいつと組む。こいつとなら俺は絶対強くなる。
麻生興一への日本タイトル挑戦が決まったとき、奥村は「バレンさん、僕がいけなかった場所に連れて行ってください」と言った。奥村がどんな思いでそれを口にしたか。「たまらんかった」バレンタインは、答えた。
「二人で行こうぜ!!」

 心のトレーナー奥村、そして、その後加わった参謀・田部井。宮田ジム時代からの長い付き合い、バレンタインの性格を知り尽くしている「戦略家」田部井は、常に「絶妙のタイミングで最適な指示を出してくれる」。そしてニューメンバーの洪トレーナー。
バレンタインはその三人とリングに上がり、ともに戦う。

細川バレンタインって絶対諦めないよな。挑戦する男だよな。そう認められる男になれたら、最高に幸せだとバレンタインは言う。それが俺にとってのチャンピオンベルトだ、と言う。
「勇者。俺が人生で何より欲しい称号はそれなんです。戦うことは本当に怖い。そこから逃げない勇敢な男になりたくて、俺は毎日必死にあがいて、もがいてきた」
37歳。あがきの日本王者は言う。
あの浩樹に勝てば、その称号を、本当のチャンピオンという称号を貰える気がする……。

厳しい戦いになる。覚悟はできている。

細川バレンタイン対井上浩樹。
今日、ゴング。

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ありがとうございます😹 ボクシング万歳