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『探求する精神』(大栗博司 著 幻冬舎 2021)読書感想文

大栗博司氏の著書は、『強い力と弱い力』や『大栗先生の超弦理論入門』など、これまでにも何冊か読んだことがあった。その度にいつも「なるほどなぁ」と学びながら、「学界をリードする研究者であり、かつ、こんな文章を書けるなんて、スーパーマンだな」などと思っていた。そんな大栗氏の新刊ということで、本書を手に取った。

本書は、大栗氏が半生を振り返りながら、研究や科学、大学や教育などについて自身の考えを記したものである。なので本書は大栗氏の回顧録のようなものでもある。バリバリ現役の彼がなぜこのタイミングで回顧録?ということも少し頭をよぎったがその答えは本書の冒頭に記してある。気になる方はぜひ本書を手に取ってみてほしい。

さて、本書では大栗氏の幼少時代から現在に至るまでの経験談やキャリアが描かれている。そのキャリアを読んだ感想は、一言で言っていしまえば「やっぱり、すごい人だなぁ」だ。履歴書を見ただけでも同様の感想を頂くかもしれない。しかし、本書ではそのキャリアの場面場面で彼がどんなことを考えていたのか、などについても書かれている。だから、「すごい人」の背景について知ることができる。

若手研究者時代のキャリアの積み方やその時々で考えたことの話はやはり迫力がある。自身の研究プロジェクトとどう向き合っていくかという態度の話もとても参考になる。

また、それだけなく、アメリカの大学や研究所のマネジメントの話もとても興味深かった。その辺の経験が彼のマネージャーとしての能力の背景なのだろうな、と感じた。

さらに、随所に散りばめられている彼の教育観も興味深かった。例えば、彼が考える「大学までの勉強の三つの目標」と「大学院でつけるべき三つの力」をここでは紹介しよう。

まず、「大学までの勉強の三つの目標」は「自分の頭で考える力を伸ばす」「必要な知識や技術を身につける」「言葉で伝える力を伸ばす」である。

特に三つ目の「言葉で伝える力を伸ばす」がアメリカの教育では徹底されているようで、大栗氏もその点を強調されていた。また、それがなぜか、ということについては、別項で書いていた。詳しくは本書を参照のこと。

次の「大学院でつけるべき三つの力」は「問題を見つける力」「問題を解く力」「粘り強く考える力」である。

ここでも三つ目が強調されていたと感じた。「粘り強く考える力」については、大栗氏が東京大学からプリンストンの高等研究所に移った際の以下のようなエピソードが書かれていた。

彼らの日常的な議論がそれほど鋭いわけではありません。黒板に数式を書きながら「ああでもない、こうでもない」と悩んでいる姿を見ると、私の東京での日常と変わりませんでした。
しかしそれを考え続ける体力は全く違いました。次の日も、その次の日も、同じ黒板の前で「わからない、わからない」と頭をひねり、誰か通ると捕まえて「どう思う」などと聞いています。かと思うと研究室にこもって朝から晩まで長い計算をしています。同じ問題をあきらめずに考え続け、最後には解いてしまう。そうやって物事を底の底まで深く理解するまでしぶとく考える耐久力の強さには感服しました。(p143-p144)

この「粘り強く考える力」が優秀な研究者になる条件なのだろうと思う。簡単に手に入るものではないけれども、意識的になって、僕もこういう力を備えられるようになりたい。

冒頭にも書いたが、僕は大栗氏に「スーパーマン」のような印象を持っている。だから、これを読んで真似できる人はそう多くはないと思う。しかし、研究者がどのような視点を持って考え、行動してけば良いのか、という面で大変参考になる考えや経験談が書かれている。

若手研究者はもちろんだが、研究者になりたい人、研究者に興味のある人におすすめの本だと思う。

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