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ラムネのオトヤ #シロクマ文芸部

 ラムネの音弥おとや、知っとるか、とオッサンは言った。
 オッサンというのは、別にぼくの叔父さんというわけではない。オッサンはオッサンだ。昔からオッサンと呼んでいる。別に怒られたこともないし、最初からそう呼んでいるので、気にしたことはない。
 オッサンは見た目が怖い。そらそうだ。オッサンは割とマジもんのアレだ。よくあんな怖そうな人と話せるね、と友達なんかは言うけれど、別に実害を被ったことはない。
 どうしてぼくが、マジもんのアレのオッサンと知り合いなのか、と言えば、ベタな話だけどオッサンを助けたことがあるからだ。

 小学生の時、塾をサボってビルとビルの間の隙間みたいなところでゲームをしていたら、オッサンがよろよろ入り込んできて、ぼくに気づいた。
 ぼん、ちょっとオッサンのお願い、きいてくれへん。
 と、オッサンは関西弁で言った。ドスの利いた声だったらチビっていたかもしれないが、猫なで声だった。
 いいよ、とぼくは上の空で答えた。その時はなんのゲームだったっけ、サバゲーじゃないのをしてたかな。モンハン?スプラ?ドラクエだったかもしれない。来年受験生だからと取り上げられていたNintendo Switchをこっそり親の部屋から持ち出して、塾に行くフリで時々そこでゲームをしてたんだ。
 あんなぁ、なんや怖いオッサンらぁが来たら、こっち来てへんで、あっち行ったでー、言うてくれへん?
 オッサンはぼくを拝むようにして、案外軽い身のこなしで奥に向かって走って行った。
 うんーとぼくが気のない返事をしてゲームに没頭してたら、本当にスーツの人たちが2人来て、誰か来なかったかというので、オッサンの言う通りに返事をした。きみこんなとこで何してんのというから、ゲーム、親と待ち合わせ、と言ったら去って行った。しばらくしたら、オッサンが帰ってきて、えらい助かったわとぼくの隣に座ってダラダラ長話をした。
 僕の塾は週4回で、それからしばらくの間、そのうち1回はゲーム、1回はオッサンに費やされた。オッサンは意外と頭が良くて、塾の宿題を手っ取り早くやってくれたので、ぼくは残りの時間をオッサンとゲームしたりして遊んだ。誰かに言うとめんどくさいことになると思って誰にも言わなかったが、そのうち塾のサボりがバレて、そこには行けなくなった。
 受験だからもうこないよ、とオッサンに言うと、あーそうなんや、偉いなぁぼん。なんや寂しいわ、頑張ってなと手を振った。

 再会したのは中学三年、また受験生だった。あれだけ塾をサボっていたら受験がうまく行くはずがない。公立中学に進み、塾生活も相変わらずで、結局また小学生の頃みたいにビルの隙間でゲームをした。今度は少し成長したので、ゲーセンにも行くようになった。
 オッサンはゲーセンで遊んでいた。隣り合わせて、あ、ってなった。なんやぼん、懲りないやっちゃなとオッサンは笑い、対戦した。
 勉強嫌いなんやねぇとオッサンが言って、ぼくは自分が勉強が嫌いなのかどうか、初めて考えた。そんな根本的なことすら、考える暇がなかった。勉強、オア、ゲーム。ぼくの人生はこの二択でできていた。勉強とゲームの間にすき間がない。どうでもいいけど、考える暇がない勉強ってなんだろうな。勉強って考えるためにするんじゃないのかな。
 オッサンこそなんでこんなとこで遊んでんの、と小学生のときには聞かなかった質問をした。
 そらおまえ、逃げるのが仕事やからな、ワシ、逃げるプロやねん、と言う。へえ、いい仕事だね、ぼく得意かも、と言うと、オッサンは、確かにぼんは逃げの筋がええで、と笑った。

 何回かゲーセンで会ううち、ラムネの音弥の話になった。
 知ってるかと聞かれたけど、知ってるはずがない。なんだそれ。
 オッサンはときどきこういうふうに、自分の知っていることや人は、みんなが知っていて当然だ、みたいな話し方をする。最初のころはイエス・ノーで答えていたけど、だんだん、オッサンは僕の返事なんか求めてないんだな、ただそのことやその人のことを話したいだけなんだとわかったので、ふーん、くらい言って、そのままオッサンの話を聞くことにした。うっかり知らない、などといえば、なんやぼん、知らんのかいな、有名やで、はー、ええとこの子が、はあ、知らんのかい、とかなんとか言って馬鹿にしてくるからだ。
 単に馬鹿にしたいから聞いているのかもしれず、そうだったら馬鹿にされてあげたほうがいいんだろうかと思うこともある。オッサンが、何かというと、ワシはいつも人にバカにされるんや、家も素行も悪い、学歴もない、ケーキの切り方も知らん、あいつらみんな人を見下すことにかけては天下一品やからな、と、うつむき加減に、ちょっと焦点合わない感じで言うからだ。
 中学受験の問題を難なく解いていたんだからもうちょっと自信もっていいと思うけど、と言ったことがあるけれど、そうなんか、あれガッコの宿題とちゃうんか、けど問題なんかいくら解けたってええとこのガッコ出ちゃうからな、世の中はそれで決まっとるんやで、ぼんは勉強嫌いやからしゃーないけど、勉強よりガッコやで、と今度は鼻を上に向けて言った。涙をこぼさないようにしているみたいだった。
 勉強よりガッコ。いい学校に入らなければ将来高いお給料をもらえるいい仕事に就けない。いい学校っていうのはつまり東大に何人も入るような「上」の学校。なんなら東大。東大に入ったら人生はバラ色。せめてあそこかあそこかあそこに入らないと。親もそんなことを毎日言う。でもなんか変じゃないか、それ。ぼくはそう思うけど、口にはしない。ぼくは親の敷いたレールを歩くのを拒否ってる。きっと後で後悔するって親は言う。そうなのかもな。でもオッサンが「あいつら」って言うたびに、ぼくは自分の母親を思い出す。

 中受で親の望んだ「ガッコ」に落ちた時、母親は本当にこの世の終わりみたいな感じだった。なんでうちの子が六中に行かなくちゃいけないの、なんかの呪いぃぃ?と母親はヒステリックに叫んだ。友達が筑駒だの開成だの麻布だの渋渋だのに受かって続々と母親のもとに報告が入るたびに、最初から都立目ざせばよかったとか、何が悪かったのとか散々喚いた挙句、友達の親に「開成合格おめでとう。うちの子、バカでやらかしたの。全落ち」とLINEして、恥ずかしくてあわせる顔がないと関係を断ち切っていた。もはや狂気。おかげでぼくも友達を無くした。
 全落ちじゃない。親の望んだ学校じゃないとこには受かってたけど、親はそこに通わせるのは死んでも嫌だと言った。そこの制服着てるぼくを毎日見るくらいだったら地域の公立の方が100倍マシ、といわれ、はあ?と思った。
 ぼくは親のエゴと見栄のために学校にいくんじゃない。
 気が付くと、左手でポケットに入れた古いDSをきつく握りしめていた。switchは受験失敗のとき取り上げられてぶち壊されたし、スマホは厳しく管理されているのでゲームができない。家では親の留守中にPCでサバゲ―をするけれど、外出先では仕方なく、友達からDSを借りていた。
 学校では、裏でこういうDSが数多く出回ってる。裏DSだ。DSは小さいから、switchより貸し借りしやすい。もちろん古いDSだからスーパーマリオくらいしかできるゲームがない。でもぼくは熱心にマリオと遊んだ。僕が学校に行く理由はただひとつ。DSを借りるためだ。DSを貸してくれる友達を作るためだ。つまりマリオと遊ぶためだ。

 それで聞いとるんか、音弥の話や、そうオッサンがいう声に我に返った。ああ、聞いてる聞いてる、と適当に返事をした。
 ラムネの音弥はな、ええとこのガッコの、インテリやったんやけどな、爆弾づくりが趣味やったんや。そいでな、あるときなんかの組織の幹部の偉い人から頼まれて、テロの爆弾づくりを手伝うて、容疑者になったんや。ん?テロは未遂や。そらそうや。
 あ、なんでラムネの音弥って言われるんかいうと、そんなんやったから仕事につけへんやん、テキヤになって全国のお祭りをぐーるぐる回っとるんやな。テキヤ知っとるか。お祭りで屋台あるやろ、ああいうんやな。テキヤ業界もきっついからな、組織的にきちっとしとるねん。義理通さなあかんねん。そやからほんまは音弥は、そこでも商売できるかあやしいもんやった。でも人情でな、音弥はなんとか、店切り盛りしてテキヤやっててん。ラムネも売ってたで。でもラムネ売ってたからラムネの音弥ちゃうねん。
 あるときな、チクられてパクられそうになってん。そいでな、物置みたいなところに立てこもって、囲まれて、爆弾仕掛けた言うたんや。みんな遠巻きや。そんでもドラマの爆弾処理班みたいなのが突撃して、音弥に迫ったんや。そんときにな、爆弾のスイッチ、押すで押すでってサツと競り合ってな、ついに音弥はスイッチを押したんや。そしたらどうなったと思う。
 ぼくはうっかり、ごくり、と喉を鳴らした。
 ポンッ、って、ラムネを開けた時みたいな音がしたんや。そいでな、ワシに作れる爆弾はこれくらいなもんじゃ!わかったかボケ!って、叫んだんや。結局音弥は捕まったんやけど、実刑無しで執行猶予、すぐ放免や。実際、音弥は事件の時、ろくな爆弾作れてなかったんや。趣味やからね。

 それで、ラムネの音弥?と、ぼくは尋ねた。そや。放免になってからはシャバで全国津々浦々回っとるで。こんどラムネ売っとる屋台見かけたら、ラムネの音弥さんやないですか、言うてみ。苦笑いして、ポン、いわしてラムネの蓋、開けてくれるで。
 ぼくは、そのラムネの蓋が開く音と、爆弾騒ぎを想像して、久しぶりにハハッ、と乾いた笑い声を漏らした。
 そして何とも言えない爽快な気持ちが溢れてくるのを感じていた。
 ぼくは、オッサンをストファイの2回目に誘った。オッサンは嬉しそうに、ええでー負けへんで―と言って嬉しそうにコインを投下した。

 なあ、ラムネの音弥って、オッサンだろ。心の中で突っ込む。
 オッサンの関西弁、なんかあやしいもんな。ほんとはマジもんの爆弾を作れるんだろ。
 ぼくは、ゲーム機にコインを入れて、ちらっとオッサンを見た。

 なんてことは、うん。言わないけどな。


シロクマ文芸部さんのお題は当初、今週もスキップする予定でしたが、なんでだかお話ができてしまったので投稿します。部長、よろしくお願いします。『眠る女 5』は、夜、投稿します。

なんか・・・燃え尽きてませんね。全然。

#シロクマ文芸部







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